141話 共鳴する魂
皇城地下の厳重な封印魔法と鋼鉄製の扉の奥に、ヴァルハラ帝国の宝物庫はあった。
幾重もの階段を下りてきた一行の前で、ブリードが慎重に封印魔法を解き、重厚な扉を開ける。
「うわー、凄い...」
遥斗は思わずため息交じりに呟いた。
そこには、色とりどりのアイテム、金銀の装飾品、古の英雄が振るった武器、伝説の防具等がところ狭しと並べられていた。
薄暗い空間に、それぞれが放つ微かな魔力の輝きが浮かび上がっている。
エーデルガッシュを先頭に、遥斗、エレナ、ブリードと続いて中へ入っていく。
足音が石造りの床に響き、古の歴史を感じさせる空気が漂う。
「この辺りが希少なポーションやアイテムがあるぞ、好きなだけ見るがよい」
少女皇帝は自慢げに胸を張って案内するが、その数は圧倒的過ぎた。
ポーションだけでも数百種類が整然と陳列されており、それぞれに小さな注意書きが付けられている。
しかし、この薄暗い部屋の中では、その文字を読むだけでも一苦労だった。
「エレナ、どうしよう...」
「これを全部見ていくのは無理ね」
エレナは周囲を見回しながら提案する。
「そうだ!逆に遥斗君が欲しいアイテムがあれば聞いてみるのはどうかな?」
「...確かにそうだね。じゃあ...」
遥斗は少し考え込んでから口を開く。
「ステータスを上げるポーションはありますか?」
(加速のポーションにはずっと助けられた。ステータスは自分の数値を上げるのも有用だけど、相手のステータスを下げるのも効果が高い)
ブリードは丁寧に棚を確認し、いくつかのポーションを選び出した。
「これとこれ、これもだな」
3つのポーションを慎重に取り出す。
「ありがとうございます。確認させてください」
遥斗は意識を集中させ、静かに詠唱する。
「アイテム鑑定」
自動的に自身にしか見えないウィンドウが現れ、そこにはアイテムの詳細が浮かび上がる。
-力のポーション:使用すると力量の数字が100上がり効果は1時間持続する-
(やった!力のポーション!)
遥斗は心の中で歓喜の声を上げる。
しかし冷静に考えれば、自分で使用してもあまり効果は無いだろう。
遥斗の戦闘方法が魔力銃と生成によるステータス変化だからだ。
それでも、相手の攻撃力を下げられるのは心強い。
早速登録を行う。
次のポーションを手に取り、再び鑑定する。
-器用さのポーション:使用すると器用さの数字が100上昇し効果は永続する-
(凄い!永続効果!)
器用さはスキル習得や動作成功率に影響する。
魔力銃の命中率にも関わってくる重要な数値だ。
これも迷わず登録する。
最後のポーションに手を伸ばす。
その瞬間、遥斗の直感が何か特別なものを感じ取っていた。
-LVのポーション:使用者のLVを1上昇させ、効果は永続する-
(完全にチート...!)
レベルの上げ下げを自在に操れるということだ。
興奮する手を抑えながら登録してみる。
「ぶふぅーー!ゴホゴホッ」
突如として遥斗が激しく咳き込む。
「ちょ、どうしたのよ、いきなり噴き出して!」
エレナが心配そうに駆け寄り、背中をさすってくれた。
「ゴホッ、ゴホッ、ご、ごめん...」
(生成MPが3000も必要だなんて異常すぎっ!全然必要MP足りないしっ!そりゃそうか...チートだもんな...)
期待に胸を膨らませていた遥斗は、一気に肩を落とす。
気を取り直して、新たな質問を投げかける。
「MPを増加させるアイテムとかポーションってありませんか?」
「そうですね。ポーションでいうならこれですね」
ブリードが差し出したのは「最大MP増加ポーション」だった。
しかし、これはすでに登録済で、今も活用しているものだ。
「他には何かないでしょうか?」
ブリードは顎の髭を撫でながら思案する。
「あるにはあるが...武器や防具になってしまう。遥斗殿では装備自体が難しい上に、使いこなすには無理があるでしょう」
「そう...ですか。仕方ありませんね」
諦めかけた瞬間、遥斗の耳に微かな声が届く。
「あれ?誰か呼んだ?」
「いえ、私には聞こえなかったけど...」
エレナが首を傾げる。
「いや、やっぱり呼んでる!こっちだ!」
遥斗は声の源を追って歩き出す。
その足は武器、防具が保管されている一角へと向かっていた。
そこには国宝とは言い難い、禍々しい雰囲気を纏った品々が並んでいる。
「遥斗殿...」
ブリードの声には警戒が滲んでいた。
「申し訳ありませんが、この辺り一帯は呪物の扱いを受けている武器です。人が使えば、その者自身を破滅に導いたり、周りに害を成す物ばかりです。これらに関心を示すのはお勧めしません」
「そうなんですか?でも呼ばれているんです」
「呪物は自分と波長の合うものを取り込むと言われておる。すでに手遅れかもしれんな」
エーデルガッシュが何気なく恐ろしいことを口にする。
「ちょっとやめなさい縁起でもない!」
エレナが慌てて制する。
しかし遥斗の意識は、既にその声だけに集中していた。
まるで魅入られたように歩を進め、ついに声の主を見つける。
「これだ」
それは台の上に鎮座する一振りの短刀だった。
鎖と魔法で幾重にも封印が施され、この刀がいかに危険視されているかを如実に物語っていた。
「そ、それはフェイトシェーバー...」
ブリードの顔から血の気が引く。
「なんだ、余にもわかるように説明せよ」
「は、はい」
皇帝の命に従い、ブリードは渋々説明を始める。
「この剣は人の運命を削る剣なのです」
「運命とは抽象的だな」
「例えば人には与えられた職やスキルがございます。それを削りとることが出来るのです」
「削られたらどうなるのだ」
「何も...」
「はっ?」
「何も起きないのです。削られた能力の一部は具現化するのに、削られた方は特に何も影響はございません」
「それでは具現化した能力に何か問題でもあるのか?」
「いえ、特に。暫くすると消えてしまいますから」
「意味が分からんぞ!」
「意味が分からないので封印されているのです!」
ブリードの声が少し高くなる。
「ただ魂を一部切られた実感はあるそうなので、皆が恐れているのです。その他にも、かつて高名な予言者がこの短刀だけは決して世に出してはならないと、時の皇帝に陳情したとも伝えられております」
「全く意味不明だな」
エーデルガッシュは首を傾げながら遥斗を見る。
「どうする?佐倉遥斗よ」
遥斗は短刀を見つめたまま、静かに言葉を紡ぐ。
「わかりません。でもコイツはずっと誰かを待っていた...孤独に耐えて...この声を聞くと痛いんです、心が」
フェイトシェーバーと呼ばれる短刀の封印された姿に目を向けながら、気付けば頬を伝う涙を感じていた。
何もしていないのに忌み嫌われ、誰からも必要とされず暗い部屋に押し込められる。
それは、かつての自分の姿と重なっていた。
「遥斗くん...」
「佐倉遥斗...」
エレナとエーデルガッシュには、遥斗の想いは完全には理解できなかった。
しかし、その感情の深さだけは確かに伝わってきていた。
「よし、その刀が気に入ったのならば持っていくがよいぞ」
エーデルガッシュは遥斗の気持ちを汲んで、決断を下す。
「な、なりませんぞ!」
ブリードが慌てて制止する。
「なんだ!余の決定に不服と申すか!」
「当然です!代々皇帝陛下が封印していたものですよ!」
「だから現皇帝である余が許可しておるではないか」
「それで済む問題ではございません!」
「五月蠅い奴よ...器が小さいのだお前は...」
「...器」
ブリードの肩が力なく落ちる。
「でもこんなに封印されてたらどうする事も出来なくない?」
エレナが現実的な疑問を投げかける。
「そうだな、どうするか?魔術師を何人か呼んでくるか?」
エーデルガッシュも腕を組みながら考え込む。
その時、遥斗が静かに詠唱を始めた。
「アイテム鑑定」
封印された短剣の情報が、遥斗の目の前に浮かび上がる。
-フェイトシェーバー:攻撃力 0 攻撃した対象の職業、スキル、性質を一部切り取り情報を具現化する。具現化された情報は素材として使用可能-
迷いなく登録を済ませた遥斗は、フェイトシェーバーに向かって右手を突き出す。
「ポップ!」
その瞬間、封印された短剣は眩い光に包まれ、姿を消した。アイテム生成の素材となったのだ。
そして遥斗は、その素材を用いて新たな短剣を生成する。
光が収まると、そこには遥斗の手にしっかりと握られたフェイトシェーバーの姿があった。




