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14話 錬成と原子

挿絵(By みてみん)

 図書館での出来事から1ヶ月が経った頃、遥斗は学舎の教室で熱心にノートを取っていた。今日の授業は「モンスターと地理の関係について」。アルフレッド先生の渋い声が教室に響く。


「さて、今日はアストラリア王国周辺の地理とモンスターの生態について学びましょう」


 遥斗は思わず身を乗り出した。この1ヶ月、彼はこの世界のことを必死に学んできたが、まだまだ分からないことだらけだった。


 アルフレッド先生は黒板に地図を描き始めた。


「我々が今いるアストラリア王国は、ご存知の通り王政を敷いている国家です。王都ルミナスを中心に、複数の特色ある都市が点在しています」


 先生は地図上に丸を描きながら説明を続けた。


「王都ルミナスは、高い城壁に囲まれた壮麗な街です。石造りの建物が立ち並び、王城を中心に発展しています。多くの貴族が住んでおり、中にはご実家から王立学院に直接通っている者もいますね」


「王都以外にも、個性豊かな都市があります。例えば、北東にある港町シーヘブンは、海上貿易の中心地です。南西の山岳都市ストーンクレストは鉱山で有名で、質の高い鉱石や宝石が産出されます。そして東の森林地帯にあるグリーンウッドは、木材と薬草の一大生産地となっています」


 アルフレッドは地図上に線を引いていく。


「これらの都市は、よく整備された街道でつながっています。街道沿いには定期的に宿場町があり、旅人や商人たちの休憩地となっています」


「各都市には様々な商店が立ち並び、にぎわいを見せています。武器屋、防具屋、薬屋、魔法道具店、食料品店など、生活に必要なものは何でも手に入ります。特に、ギルドが運営する店舗は品質が保証されているため、冒険者たちに人気です」


 遥斗は熱心にノートを取っている。この世界の地理や文化を知ることは、彼にとって何よりも興味深かった。


「しかし」先生の表情が曇る。


「我が国は長年、闇の脅威にさらされています。そのため、各都市は強固な防衛施設を備え、常に警戒態勢を取っています」


 教室内に重い空気が流れる。


「特に王都ルミナスは、最も堅固な防衛を誇ります。貴族たちの邸宅も、多くは魔法による結界で守られているのです」


「長い戦いによって国力は疲弊しつつありますが、それでも我が国は豊かさを保っています。これは国民の団結と、優れた魔法技術のおかげです」


 遥斗は思わず息を呑んだ。彼が今いる場所が、そんなにも危険と隣り合わせだったとは。


「では、次にこれらの都市や街道を脅かすモンスターについて学びましょう」


 アルフレッドの言葉に、生徒たちの緊張が高まる。遥斗も、身を乗り出して先生の話に耳を傾けた。


「先ほど話したように王国の外には街道が張り巡らされており、各都市を結んでいます。これらの街道沿いには、森や湿地、平原、山岳など、多様な地形が広がっています」


「そして」先生は声を落とした。


「そこにはモンスターが生息しているのです」


 クラスメイトたちがざわめく。


「ご安心してください。王都近辺は王国軍が常に警戒しているため、危険なモンスターはほとんど出没しません。魔物の大規模な侵攻がない限り、街の中は安全です」


 ホッとするクラスメイトたち。しかし遥斗の頭の中では、新たな疑問が湧き上がっていた。


(モンスターと魔物は違うのかな...)


「都市には様々なギルドがあります。冒険者ギルド、商業ギルド、武器ギルドなどです。これらのギルドが、モンスター退治や街道の安全確保、経済活動を支えています」


 遥斗は必死にノートを取る。(ギルドってRPGゲームみたいだな...)


「では、具体的なモンスターの話に移りましょう」アルフレッドは黒板に新たな図を描き始めた。


「王都近郊に生息する代表的なモンスターを紹介します」


「まず、森林地帯によく出没するのが『ウッドゴブリン』です。身長は約1メートル、緑色の肌を持つ人型モンスターです。倒すと『ゴブリンの牙』が手に入ることがあります。これは低級な武器の素材として重宝されます」


 遥斗は慌てて図書館で借りてきた本をめくり始めた。(ウッドゴブリン...ウッドゴブリン...)


「次に、平原でよく見かけるのが『グラスランナー』です。これは兎に似た姿をしていますが、背中に鋭い刃のような毛が生えています。素早く走り回るため、狩るのは困難です。倒すと『ランナーの刃毛』が手に入ります。これは軽量で丈夫な素材として、防具作りに使われます」


 遥斗が本のページをめくる音が教室に響く。隣に座るトムが、こっそりとページを指さした。


「ここだよ」トムの囁き声。


 遥斗は感謝の笑みを返す。この1ヶ月で、トムとはすっかり仲良くなっていた。


「湿地帯には『スワンプリーチ』が生息しています。これは植物のようでいて動物のような不思議な生き物です。触手で獲物を捕らえ、栄養を吸収します。倒すと『リーチの粘液』が取れます。これは強力な接着剤の原料となります」


 遥斗はトムに教えてもらったページを熱心に読み込む。モンスターの絵が細かく描かれており、その特徴が詳しく書かれている。


(この世界の生物、地球とは全然違う...でも、なんだか生態系がしっかりしているみたいだ)


「最後に、山岳地帯に生息する『ロックイーター』を紹介しましょう。これは岩を主食とする巨大な虫のようなモンスターです。体長3メートルにも及ぶものがいます。倒すと『イーターの顎』が手に入ります。これは非常に硬い素材で、武器や防具の製造に欠かせません」


 遥斗の目が輝いた。(すごい...こんな生き物がいるなんて)


「これらのモンスターは、王都近郊では比較的弱い部類に入ります。しかし、油断は禁物です。貧弱な装備と低レベル者では、命を落とす危険もあるのです」


 アルフレッドの言葉に、教室全体が緊張感に包まれた。


「さて、ここでモンスター素材を使った錬成の例を挙げましょう」アルフレッド先生は、机の上に二つの小さな袋を取り出した。


「これは『ロックイーターの顎』と『リーチの粘液』です。この二つを使って、鉄鋼石を錬成してみせましょう」


 教室内が静まり返る中、アルフレッドは二つの素材を向かって呪文を唱えた。


「フェジョン!」


 淡い光に包まれた素材が、ゆっくりと形を変えていく。


「おお...」思わず遥斗の口から声が漏れる。


 光が消えると、そこには小さな鉄鋼石が現れていた。


「これが錬成の基本です。『フェジョン』という呪文を唱えることで、適切な素材を新たな物質へと変化させることができるのです」


 遥斗は手を挙げた。


「はい、遥斗くん」アルフレッドはうんざりしたような表情で言った。


「あの、素材には鉄が含まれていそうですが、中の鉄原子を取り出しているのでしょうか?」


 教室内がシーンと静まり返る。アルフレッドは深いため息をついた。


「遥斗くん、またですか...」


 クラスメイトたちからはうんざりしたような溜息が漏れる。この1ヶ月、遥斗の「意味不明な質問」に、みんな辟易していたのだ。


 しかし、一人だけ興味深そうに遥斗を見つめる生徒がいた。エレナだ。彼女の目には好奇心の光が宿っている。


「遥斗くん」アルフレッドは諦めたような口調で言った。


「授業に関係のない質問は後でしてください。みんなの時間を奪ってしまいます」


 遥斗は小さく「すみません」と呟いた。


 教室の後ろの方で、貴族の子息たちが小声で話し合っているのが聞こえた。


「あいつ、また変なこと言ってる」

「王様の贔屓で入学したくせに」

「あんな奴が騎士の制服着てるなんて」


 その言葉に、遥斗は顔を赤らめた。彼は、自分が周囲から反感を買っていることに気づいていた。異世界人として注目を集めようとしているわけでもなく、ただ純粋に疑問に思ったことが口から出てしまうのだ。


 トムが心配そうに遥斗を見ている。彼は遥斗の気持ちが分かるだけに、この状況が辛かった。


 授業が終わると、アルフレッドは遥斗を呼び止めた。


「遥斗くん、ちょっといいかな」


「は、はい」


 二人きりになると、アルフレッドは疲れた表情で遥斗を見つめた。


「君の好奇心は素晴らしいと思う。しかし、授業中は基本的なことを学ぶ時間なんだ。詳しいことは個人的に調べるか、放課後に質問してほしい」


「すみません...」遥斗は申し訳なさそうに頭を下げた。


「それと」アルフレッドは少し声を落として続けた。


「君の質問の中には、この世界の常識から外れているものが多い。それが他の生徒たちを混乱させているんだ」


 遥斗は驚いて顔を上げた。自分の質問が周囲に迷惑をかけていたなんて、考えもしなかった。


「これからは少し気をつけてくれないか」


「はい...分かりました」


(僕の質問は、本当におかしいのかな...でも、知りたいことがたくさんあるんだ)


 そんな遥斗の背中を、エレナが興味深そうに見つめていた。



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