130話 混沌炎舞
ブリードはアブソリュート・ドミニオンを解除し、体を纏っていたオーラも雷を消えていった。
この剣聖のスキルは。あらゆるものを拒絶する。
最大の特徴は、外部から使用者本人に全ての害ある事象は届かないが、内部から外部には一方的に事象を放出する事が出来る所にある。
拒絶できるものは、敵の攻撃や魔力、物理現象だけではない。なんと空気さえも拒絶することが可能なのだ。
つまりこのスキル発動中は空気抵抗を無視できる。
そしてブリードの持つ剣、シュトルムヴァッハーは嵐を起こし、風を自在に操るスキルを発動可能にする。
身体能力×剣スキル×職業スキル。
常人を上回る速度に、突風のスキルで加速し、空気抵抗を剣聖のスキルで無くす。
そうすることで、音速を越えた時に発生するソニックブームを回避出来るのだ。
ブリードが音速を越えた速度で近づき、居合切りを放つ。
音速を壁を超越する。
これが雷神の異名の所以だった。
首を撥ねられたグリフォンガード・エンペラーは光となって風に溶けこむ。
地面に落ちた首をからは、仮面と顔を覆っていた布が外れていた。
その顔をみたブリードの目は驚愕で見開かれる。
「ま、まさか、グリエ...グリエ・ガルフィールドなのか...」
近づいて確認しようとしたが、首と胴体から黒い霧のようなものが立ち込めた。
そしてその現象が収まった時には、身に着けていたものだけを残し、全ては夜の闇に消えて行った。
一方その頃、皇城北東に位置する噴水広場では黒いローブを纏った男が踊っていた。
傍らには通常のフレイムキマイラの2倍はあろうかという大きさのモンスター。
フレイムキマイラはライオンの体にドラゴンの翼、体の各所に赤い炎を纏っているが、このフレイムキマイラは頭が3つあった。
右に山羊、中央に獅子、左に竜の頭を持ち、ドラゴンの翼と蛇の尾を持ち、纏う炎は青色だった。
フレイムキマイラ・カオス、それがこのモンスターの名前である。
その青い炎に照らされて男は優雅に踊る。
長身ではあるものの、体格は華奢で戦闘が出来るタイプには見えない。
「楽しそうだな、おい。こんな時にも、舞台発表の練習とは感心するぜ」
街を焼き尽くす炎よりも赤い髪の女剣士、アリアその人だった。
男はなおも踊りながら答える。
「これは鎮魂歌なのですよ...」
「鎮魂歌?」
「そう、何も知らない哀れな子羊たちへのレクイエム...せめて生まれ変わったら、この世のカルマを背負わなくても良い存在に。願いを込めて」
「優しいんだな。でも心配すんな、今ふざけた虐殺も終わるからよ!」
それでも踊り続ける黒いローブの男。
混沌とした戦場で、炎に照らされ舞い続ける。
「人はあんまり殺したくねぇ...投降する気はねぇか?」
「そうですか?戦いたがっているように見えますが、気のせいでしょうか」
「へぇ...?なんでそう思うんだ」
「さっきから笑っておられるので...戦いがお好きなのかと...」
「大っっ好きです!」
いきなりフレイムキマイラ・カオスに斬りかかるアリア。しかしその斬撃も当たる寸前で躱されてしまう。
三つの頭に死角は存在しなかった。
「お見事です。その剣筋ただ者ではない」
「ほう、それを見てまだ踊ってやがるとは、オメーも大したもんだよ。名前を聞かせろや」
「名前ですか?素性はわからないと思いますよ」
「刻むんだよ」
「刻む?何に?」
「お前の墓標だよ、名無しとかは嫌だろ」
「ふふ、そうですね。それではアシュール・バーンズとお願いします」
「アシュールさんね、了解だ!烈風剣・空破!」
アリアの振るう斬撃から衝撃波が走る。
「カオスインフェルノ!」
黒いローブの男、アシュールもフレイムキマイラ・カオスに命令をくだす。
三つの口から同時に青い炎を吹き出し、アリアの繰り出した衝撃波にぶつける。
その炎の威力は凄まじく、衝撃波を飲み込みアリアへと向かった。
アリアはその攻撃を軽々と飛び越え、アシュールへ頭上から襲い掛かる。
「チェストーーー」
空中から、高速の上段切りが放たれる。
しかし踊りながら間一髪で躱すアシュール。それはまるで舞台の殺陣のように寸分の狂いもなく計算された動きであった。
「おいおい...なんだよそりゃ...」驚愕するアリア。
アシュールはただ踊っているのではない。
この踊りは演武と体術を組み合わせた独自の戦闘手段であった。
如何なる攻撃も柳の様に受け流す、武踏と呼ぶべきものだ。
自身は回避に専念。モンスターは攻撃に専念。まさに人獣一体。
「へへっ...やるなぁ、おい」
アリアは全身が、血沸き肉躍る感覚に襲われる。
スタンピードの時に危機に陥った相手もキマイラだった。
ネメシスキマイラは魔物で、キマイラを模したものだが中身は全くの別物だ。
しかし、その時キマイラに遅れをとった事は、心の片隅で後悔の念として燻り続けていた。
あれから短い間だったが、必死に自分を鍛えなおした。
それでもアラクネイアには手も足も出なかった。
そんな事は良くある事だ。
アリアの職業はソードマスターだ。
ソードマスターは特殊な固有スキルは何もない。
その代わりに、あらゆる剣術を習得することが出来る能力がある。
習得するためには修行して会得するという、至極当たり前の過程が必要であった。
アリアは修業した。修行して強くなった。
強くなる為に、ひたすら負け続けた。
そして、敗北の一つ一つが、今のアリアを作り上げている。
「月光剣・幻影!」
剣から放たれた光の束がフレイムキマイラ・カオスを包み込み、無数の剣影がその体を切り裂こうと襲いかかる。
「ボルテージマックス!」
アシュールが叫ぶと、フレイムキマイラ・カオスの体を覆っていた青い炎が全力で噴き出し、斬撃を全て蒸発させてしまった。
彼はモンスターテイマーとして、非常に高い能力を有していた。
しかしアリアは笑った。
どんな逆境にも、どんな困難にも、どんな障壁にも負けない。
それが絶望しか見えなかったアリアが、ルシウスと交わした約束だったから。
「氷霧剣・絶華!」
アリアが振るった剣の軌跡が、氷となって凍てつく。
しかし、フレイムキマイラ・カオスの、灼熱の青き炎を凍らせることは出来ない。
むしろ、技を放つ為に近づいたアリアの体に炎が纏わりついた。
それでもアリアは笑う。
「うおおおおぉぉぉぉ!!超える!!今!ここで!!」
無数の斬撃が、あらゆるものを凍てつかせる無限の結晶となり、炎に舞い散る。
斬撃は十、二十、...百を優に超えた。
「うわあぁぁぁ!氷霧剣・絶華繚乱!!!」
フレイムキマイラ・カオスを炎ごと完全に凍らせた。
「月光剣・天衣!」
アリアは刀身に全ての魔力を込め、光の刃を作り出す。
「終わりだーーーーーー」
氷の柱に向かって、全力で突き繰り出す。
ザシュ...
フレイムキマイラ・カオスは貫かれた...アシュールと共に。
「おま...なんで...」動揺するアリア。
「友..達...なん..だ...この...終わ...り...ゆく世...界...で...たっ...た...一人......の」
アシュールは黒い霧となって消えた。
同時にフレイムキマイラ・カオスも光の粒子となる。
「くそっ!何だってんだーーーー」
アリアの悲鳴のような叫び声が、アシュールの消えた空にこだました。




