127話 連合軍
炎に包まれた帝都の夜空が、血のように赤く染まっていた。
瓦礫の山と化した中庭で、ブリードは信じられない光景を目の当たりにした。
戦場の只中に立つ幼い皇帝の姿に、彼の心臓が激しく鼓動を打つ。
「陛下、ご無事ですか!なぜこのような場所に!」
敬愛する皇帝の姿を見つけ、必死に駆け寄る。
そして同時に、皇帝の傍らに立つ二人の存在、特に抜身の剣を携えた赤髪の女の放つ威圧感に、咄嗟に身構えずにはいられなかった。
「この者達には助けられた。特にそこにいる者には。余の恩人である」
エーデルガッシュの小さな手が遥斗を指し示す。
「遥斗...殿がですか?」
ブリードの声に困惑の色が浮かぶ。目の前の状況が、彼の常識を大きく超えていたからだ。
マーガスはともかく、そこに佇む赤髪の剣士―アリアの存在感は威容だった。
彼女は闘気を抑えているはずだが、その佇まいは獅子のような獰猛さに満ちていた。
自分の娘ほどの年齢、しかし一度剣を交えれば命を懸けることになるだろう程の実力が伺える。
そのアリアを差し置いて、何故遥斗の名前が出てくるのか理解できなかった。
「ところで、宰相殿の姿を探しているのですが、ご存じありませんでしょうか?この1件、何かを知っておるやもしれませぬ。モンスターを軍で運用する事を、全面的に推し進めていたのはゲオルグ卿ですから」
ブリードの問いかけに、重苦しい空気が漂う。
「そうだな。ゲオルグが全て画策したそうだ。ついでに前皇帝と皇后を殺したのも奴だ。帝国を滅ぼすつもりらしい」
「な、なんと!」
その言葉は、ブリードの最悪の予感を更に上回るものだった。
彼は三代に渡って帝国に仕えてきた。
エーデルガッシュの祖父の時代から、忠誠を尽くしてきた生粋の軍人だった。
その全てを踏みにじられた。
彼の全身から、怒りのオーラが立ち昇る。まるで実体を持った殺気のように、周囲の空気を震わせる。
マーガスは思わずその場に尻もちをつき、遅れてきたガイラス隊も反射的にバスターソードに手をかけた。トムに至っては、その威圧感に近づくことすら叶わない。
「それで...ゲオルグめは何処に?」
愛剣シュトルムヴァッハーを握る手に、力が籠もる。
その問いに対し、皇帝は静かに指を差した。そこには干からびたミイラのような姿となったゲオルグが横たわっていた。
「こ、これは一体...」
「話せば長くなるが、今はそれどころではない」
エーデルガッシュの声が響く。
「ヴァルハラ帝国の存亡の危機である。よいか、周辺におる、それぞれの種族のボスモンスターか、そのモンスターと契約をしているテイマーを倒せ。そうしなければ、今帝都中で暴れておるモンスターは止まらん。これ以上戦力を集めておる時間は無い。ここにいる者で何とかするぞ」
その言葉には、ヴァルハラ帝国の支配者としての重みがあった。
「はっ、仰せのままに!」
ブリードは思わず膝をつく。その姿に、先代たちに連なる皇帝の威厳を見たのだ。
しかし、その厳かな空気を破り、アリアの声が響いた。
「おいおい、皇帝さんよ。気張るのもいいが戦力足りるかぁ?」
その言葉に、ブリードの眉間に深い皺が寄る。
「貴様...不敬であるぞ...何者だ?」
「私か?私はアリア・ブレイディア。アストラリア王国で冒険者をやっているもんだ」
その名前を聞いた瞬間、ブリードの目が鋭く光った。
「アリア...ブレイディア...そうか、アストラリア王国で呼び声が高い『シルバーファング』のリーダーだな?何故此処にいる?どうやって帝都に入った?貴様に帝都に入る許可は出しておらぬと思うが?」
「こまけぇおっさんだな、非常事態だ、見りゃ分かんだろ」
二人の間に火花が散る。その緊張は、まるで剣の刃が交差するかのように鋭かった。
「非常事態なら、貴様は帝都に許可なく入ってくるのか?」
「あぁん、死にて―のか?テメー...」
アリアの手が不意に剣の柄に触れる。ブリードもまた、シュトルムヴァッハーを握り直した。
「口だけは達者なようだ...ゲオルグとの関係性も分からん。とりあえず無力化したのち尋問をさせてもらうか...」
その時、小さいながらも敵意の籠った声が響いた。
「やめよブリード...この者は余の恩人だ。無下に扱ってはならぬ...」
エーデルガッシュの言葉に、ブリードの姿勢が一変する。
「はっ。申し訳ございません」
その様子を見た少女皇帝は、決断を下す。
「どうであろうか、ここは一時的にアストラリア王国とヴァルハラ帝国の連合軍を作りたいのだが、認めてはくれぬだろうか?」
しかし、その提案に真っ先に異を唱えたのは、エレナだった。
彼女の声には、怒りと不信が混じっていた。
「遥斗君を捕まえて?殺されるかもしれなかったのに?自分達が不利になったら助けてくれ、は調子良すぎないですか!」
その言葉に、エーデルガッシュは静かに頭を下げた。
「お前の言う事はもっともだ。しかし、これしかないのだ。頼む...」
皇帝の威厳を捨て、一人の人間として懇願する姿に、エレナの言葉が途切れた。
炎に照らされた瓦礫の向こうで、悲鳴が響く。その声に、遥斗の表情が引き締まった。
「ねぇみんな聞いてほしい」
「今この瞬間にも罪なき人々が殺されている。そこのゲオルグって人が言ってたんだけど、この国を支配するんじゃなくて皆殺しにするって言ってた。それに、本当なら戦争を起こして王国も亡ぼすみたいな事も話していた。多分このまま放置すれば、次はアストラリア王国の番だよ?ここは手を取り合って対処するべきじゃないかな」
その言葉は、まるで凍りついた空気を溶かすように、場の緊張を解いていった。
「そうだな。私も遥斗殿と同意見だ」
不意に響いた声に、遥斗は驚き振り向いた。
「イザベラさん!意識が戻ったんですか!」
「はい、先ほど。おかげさまで生き残りました。皆さんのおかげです。体の傷もすっかり癒えております」
イザベラの回復を喜ぶ声が上がる中、特にガイラス隊の表情は晴れやかだった。
光翼騎士団の同胞が生還したことへの安堵が、その表情から溢れていた。
「一応アストラリア王国の意向は、全権大使である私に一任されております。ここはアストラリア王国とヴァルハラ帝国の連合軍を創設し、帝国住民の保護を行いたいと思います!」
イザベラの宣言に、ガイラスが勢いよく吠える。
「了解ですぜ、姉御!」
「姉御はやめなさい、今はエリアナ王女の代行なのですよ、もうっ!」
その言葉に、冷めていた空気が一気に和らぐ。笑い声さえ漏れた。
しかし、アリアが再び口を開いた。
「とりあえず5か所...だったか?今の戦力を分けてみるか?」
今度は誰もその提案に異を唱えない。アリアは手際よく戦力の振り分けを始めた。
「まず、私は一人でいい。おっさんも行けるよな?」
「問題無い。陛下をお守り出来なかった無様を、ここで返上させていただく」
ブリードの声には、贖罪の決意が滲んでいた。
「イザベラ...は一人では厳しいな、装備が無さ過ぎる」
イザベラは苦笑しながら、ボロボロになったドレスを見せる。
「そうですね。これでは...」
「姉御には俺らが付きます」
ガイラス隊の申し出に、アリアは満足げに頷いた。
「それなら戦力は申し分ねぇな。あとは...」
その言葉に割って入るように、マーガスが大仰な仕草で前に出る。
「お任せください!このマーガス・ダスクブリッジが隊を率いて必ずや勝利をもたらしましょう!」
「マーガス...後は遥斗、エレナ、トム...か...正直不安だな...」
アリアの懸念に、思いがけない声が応えた。
「ならば余も行こう」
エーデルガッシュの言葉に、ブリードが慌てて制止する。
「陛下!何を仰るのですか!安全な所に退避して頂かなければ困ります!」
「安全な所?何処にあるのだ、それは?」
皇帝の問いかけに、全員の目が周囲を見回した。城はモンスターの襲撃で混乱の極みにあり、至る所に犠牲者の姿が横たわっている。それでも、帝国兵たちは一歩も退かず戦い続けていた。
「ブリードよ、ここで勝たねば帝国は終わるのだ。余は父上からこの国を託された身だ」
その覚悟に満ちた言葉に、ブリードの目から熱いものが溢れる。
「御意!」
かくして、マーガスを筆頭に遥斗、エレナ、トム、そして皇帝という、一見すると奇妙な組み合わせのチームが結成された。アリアは一瞬頭を抱えたが、すぐに前を向いた。
(ま、遥斗がいりゃ何とかなるか)
「これで4か所同時に攻撃できる。残りの1か所は早いもの勝ちだ!いいな!」
アリアの声が、戦場に響き渡る。全員から気合の入った掛け声が上がった。




