114話 反乱
帝都レギアス・ソルが、悲鳴を上げていた。
黒と灰色の石で整然と築かれた街並みに、異様な光が走る。かつて帝国の誇りとして君臨していたグリフォンガードが、鷲の顔を歪ませながら魔力球を放っていく。
青白い光の束が、逃げ惑う兵士たちを次々と飲み込んでいった。魔力に触れたものは、まるで存在を否定されたかのように消失する。建物も、人も、全ての物質が跡形もなく消え去り、その痕跡すら残さなかった。
「逃げろ!市民を避難させろ!」
兵士の叫び声が虚しく響く中、フロストウルフの群れが幾何学的な街路を血に飢えたように駆け抜けていく。その青白い毛並みは今や不吉な輝きを帯び、足跡には死の氷が刻まれていく。追いつかれた者たちは凍りついたまま倒れ、氷漬けにされた人々の表情には、この世の終わりを見たかのような恐怖が永遠に刻み込まれていった。
建物の屋上では、フレイムキマイラの咆哮が不協和音のように響き渡る。全身から放出される業火は、帝国が誇る黒石の建造物さえ容赦なく溶かしていく。溶解した石材が、まるで黒い蝋のように流れ落ち、その熱は生命そのものを拒絶するかのように近寄ることさえ許さなかった。
大気を切り裂くような音と共に、空からはレッドワイバーンの翼が放つ衝撃波が襲いかかる。その赤銅色の翼は、もはや帝国の威光ではなく、死神の大鎌のように街を両断していく。切断された建物の断面は焼けただれ、まるで巨大な傷跡のように歪んでいった。
「くそっ!なぜだ!守護者のはずが、なぜこんな...!」
地上では、ブラッドベアの血に染まった爪が、帝都の象徴である鉄門を紙のように引き裂いていく。その爪跡には血のような赤い痕が残され、まるで街全体が徐々に血に染まっていくかのような錯覚を起こさせた。
帝国軍の精鋭たちは、訓練された動きで必死に抵抗を試みる。しかし、どんなに鍛え上げられた剣技も、どんなに堅固な盾も、暴走するモンスターの前では脆くも崩れ去っていく。数の差以前に、そこには力の質的な圧倒的差異があった。
「市民を守れ!なんとしても時間を稼げ!」
苦渋に満ちた叫び声が響く。
刃は届かず、盾は砕け散る。それでも彼らは戦い続けた。守るべき市民のため、愛する街のため、帝国の威信のため。
しかし現実は非情だった。次々と散っていく兵士たちの姿に、帝国の象徴である整然とした秩序が崩れていくのが見て取れた。
炎と氷が混在する異常な光景が、まるで終末の情景のように広がっていく。逃げ惑う人々の悲鳴は、かつて軍事大国として君臨した帝国の威厳を、無残にも引き裂いていった。
重厚な建造物が次々と崩れ落ち、その轟音は地鳴りとなって街中に伝播していく。碁盤の目のように整然と区画整理されていた帝都は、今やカオスそのものと化していた。これまで帝国の力の象徴として街を守護していたモンスターたちによって、皮肉にもその秩序は破壊されつつあった。
そして夜空には、まるで帝国の最期を予見するかのように、血に染まったような赤い光が不吉に広がり続けていた。
執務室のブリードは、めまぐるしく思考を巡らせていた。
混乱する街の救助か。暴走の原因を探るか。それともゲオルグを見つけ出し、問い詰めるべきか。
(モンスター部隊が暴走するなど...考えられない事態だ)
しかし次の瞬間、ブリードの脳裏に12歳の少女皇帝の姿が浮かぶ。
「陛下...!」
思わず声が漏れる。今や街中で暴れ回るモンスターたち。そうなると最も危険な場所は―
「城だ!護衛モンスターの数が最も多い皇城が、一番の危険地帯になる!」
その瞬間、ブリードの迷いは消え去った。
「執事長!すぐに馬車を用意しろ!」
「城へ向かう!皇帝陛下のお側に!」
ブリードの声が執務室に響き渡る。その声には、軍務尚書としての責務よりも、一人の帝国臣民としての悲壮感が滲んでいた。
黒と金の装飾が施された馬車が、炎に包まれた街路を疾走していく。その後ろには、王国の紋章を掲げた二台の馬車が追随していた。エレナたちも遥斗たちを救うべく、皇城に向かうのだろう。
赤々と燃え盛る業火と、青白く凍てつく氷の地獄絵図を縫うように、三台の馬車は城へと向かっていった。
一方、幽閉塔では―
暴走するモンスターの咆哮が、幽閉塔の厚い壁を越えて響いてくる。
「総員、ただちに制圧に向かうぞ!」
「了解!」
「各部隊は指定位置へ!」
扉の向こうから次々と聞こえてくる声に、遥斗は耳を澄ます。
重装備の音と共に、急いで階段を駆け下りていく足音。そこには規律は無く、ただ無秩序さだけがあった。
(何が起きてるんだ...!)
遥斗は壁にある小窓に目をやる。外の様子が気になって仕方がなかった。
しかし、高さ2メートルの位置にある窓では、手は届くが表を見る事が出来ない。
「くっ...」
壁を蹴って登ろうとするが、すぐに滑り落ちる。
ジャンプしても、窓枠より高く顔が上がることは無い。
(やっぱり...僕の能力じゃ無理か...)
自身の低いステータスを思い出し、遥斗は歯噛みする。
「私が確認してみましょう」
イザベラが静かに告げる。
「あっ、待って...」
遥斗の言葉が終わらないうちに、イザベラは既に動き出していた。
その動きは、まるで猫のように優雅で無駄がない。
純白のドレス姿とは思えない身のこなしで、彼女は地面を蹴って高さ2メートルの窓に到達する。片手で窓枠を掴み、まるで重力を無視するかのように、軽々と体を持ち上げた。
(すごい身体能力...!)
遥斗は思わず息を呑む。今まで見せていた優雅な王女の姿からは想像もつかない身体能力に、言葉を失う。
しかし次の瞬間、イザベラの体が強張る。
「これは...」
震える声には、明らかな戦慄が混じっていた。
窓から見える光景は、まさに地獄そのものだった。
青白い氷の塊となった建物の間を、炎に包まれた瓦礫が流れていく。血のように赤い空を、レッドワイバーンの群れが埋め尽くし、その翼の一振りで建物は真っ二つに裂かれていく。グリフォンガードの放つ魔力球が次々と街を消し去り、フレイムキマイラの炎が石造りの建物を溶かしていく。
帝都レギアス・ソルの秩序は、完全に崩壊していた。
かつて帝国の威光を象徴していたモンスターたちによって、街は食い尽くされようとしていたのだ。




