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110話 宣戦布告

挿絵(By みてみん)

「最初から...王国の支配が目的だったというのですか」

 エリアナの声は、張り詰めた空気を切り裂くように響く。

「異世界召喚は世界の安寧を乱すと非難され、帝国の主権が危ういと声を上げられた。そして今日、その事を話し合うために、遥斗様をお連れした。闇の脅威に対して、二つの国が手を取り合えると、私は信じていました」

 一呼吸置いて、エリアナは続ける。

「それなのに、全てはアストラリア王国を追い詰めるための口実だったのですか。この場に招かれたことも、モンスター軍備の話も、全ては...」

 その声には、もはや外交辞令の装いはなかった。静かな怒りと、深い失望だけが、その声音に混じっている。


「誤解...」

 ブリードが反論しかけた。その声には、帝国の軍人としての誇りが滲んでいた。

 しかし、先ほどの皇帝の仕草が脳裏に蘇る。小さな手が上がった時の、あの絶対的な威厳。

 軍務尚書は言葉を飲み込むしかなかった。皇帝への忠誠が、今は沈黙を強いる。


「なぜそのような曲解を」

 ゲオルグは優雅に首を傾げる。その仕草には、計算された余裕が感じられた。

「先に圧力をかけてきたのは、アストラリア王国ではありませんか」

 エリアナが眉を寄せる。その表情には、事態が予想外の方向に展開していることへの戸惑いが浮かんでいた。


「異世界人たちは自由意志の下で行動していると?」

 ゲオルグの口調には、嘲りが滲んでいた。その声は、まるで毒を含んだ蜜のように甘く危険だった。

「いいえ、王国は彼らを洗脳し、我が帝国への害意を教え込んでいる。その証拠に...」


 宰相の視線が、遥斗に向けられる。その眼差しには、勝利を確信した者の余裕が漂っていた。

「そこにいる異世界人は、陛下に対して許可もなく顔を上げるという不敬を働いた!不敬罪は重罪ですぞ!」


 ゲオルグの言葉が、謁見の間に重く響く。それは単なる非難ではなく、巧妙に仕掛けられた罠の最後の一手だった。


(そうか...!)

 マーガスの厳しい指導が、遥斗の脳裏に蘇る。昨日の練習が、走馬灯のように思い出される。

(皇帝陛下からの許可があるまで、決して顔を上げてはならん!これは命を預ける行為なのだぞ!失敗すれば、即座に命を失う理由となる!)


 遥斗の犯した過ちは、取り返しのつかないものだった。それは単なる礼儀作法の問題ではない。今この瞬間、エリアナを追い詰めるための完璧な証拠として使われていたのだ。


 エリアナの表情が歪む。

 完全に謀られていた。最初から、この結末に向けて巧妙に仕組まれていたのだ。


 玉座に座る皇帝は、相変わらず静かにその様子を見守っている。その緑の瞳の奥に、何が映っているのか、誰にも分からない。


「ククク、アハハハハ」

 急に笑い出したエリアナの声が、謁見の間に響き渡る。

 全員の意識が集まる中、その意外な笑い声は異質な響きを持っていた。

「狂ったか?」誰かが呟いた。


 ゲオルグの表情が強張り、ブリードの目が鋭く細まる。遥斗でさえ、思わず息を呑んだ。

「アハハハ、やはりこうなったか、エリアナ様の予想通りだ」

 その声は、先ほどまでのエリアナの声とは明らかに違っていた。どこか低く、そして芯の通った声音。それは王女のものではなく、戦場を知る者の声だった。


「貴様は誰だ!」

 ゲオルグの声が鋭く発せられる。そこには、計算外の事態に直面した動揺が滲んでいた。

 宰相の背後から、黒衣の魔導士が一歩前に出る。

 その虚ろな瞳に、初めて感情の色が浮かぶ。


 両手を高く掲げ、詠唱を始めた。

「全てを見通す光よ!今ここに真実を見せよ!トゥルーサイト!」

 魔力が渦を巻き、エリアナの姿を包み込んでいく。呪文は幻覚を破壊する魔法。その光は容赦なく、偽りの姿を暴き出そうとしていた。


 愛用のティアラが砕け散る音、粉々になった破片が、ガラスのように謁見の間に舞った。

 光の渦が収まっていく。

 純白のドレスに包まれた姿は変わらない。しかし、そこにいたのは全く別の女性だった。


 銀の短髪が首筋で揺れ、整った顔立ちは凛とした美しさを湛えている。その体格は華奢なエリアナとは異なり、グラマーでありながら引き締まった筋肉を感じさせた。歳もエリアナより10歳は上に見える。

 遥斗は目を見開く。

 見たことのない女性。そして、こんな展開は誰も予想していなかった。

 今まで側にいたはずのエリアナが、全くの別人だったという現実に、頭が追いつかない。


「何者だ」

 ブリードが素早く腰の剣に手をかけながら叫ぶ。

 その動きには、長年の軍人としての修練が滲んでいた。


 女は挑戦的な微笑みを浮かべる。

 その表情には、もはや王女の柔らかさはなく、戦士としての誇りだけが輝いていた。

「光翼騎士団副団長 イザベラ・スターリング」

 その声には、いかなる恐れも、揺らぎも感じられない。


 玉座の上で、皇帝は身じろぎ一つしない。

 緊張が走る謁見の間で、少女皇帝の瞳だけが冷静さを保っていた。

(なるほど...王国もすでにその気であったか)


「こんなことをしてただで済むと思っているのか!」

 ゲオルグの声に、怒りと焦りが混じっていた。計画が狂ったことへの苛立ちが、その表情を歪ませている。


「どうせ王女を人質に、戦争を有利に運ぶ気だったんだろうが!」

 イザベラの声は、権力に決して屈しない。純白のドレスとその精悍な様は、不思議な対比を見せていた。


「そこにおる者も偽物か?」

 皇帝の声が冷たく響く。

「いえ」

 黒衣の魔導士が、皇帝の質問に冷静に答える。

「先ほどのステータス鑑定の結果は間違いありません。確かに異世界人です」

「そうか...」

 エーデルガッシュの緑の瞳が、遥斗を見据える。

「人身御供か、憐れな」


「ひ...とみ...ご...くう?」

 遥斗の呟きが、静寂の中に不協和音のように響く。

 混乱した表情でイザベラを見つめる遥斗に、彼女は目を背けた。

「すまん」

 たった一言。しかしその言葉が、遥斗の心を深く突き刺した。


(またか)

 涙が頬を伝う。

(また要らない人間なのか、僕は!)

 遥斗は跪き、肩を震わせ始めた。

 涼介たちに置いていかれ、そしてエリアナさえも、初めから彼を利用するだけの存在だった。


「安らぎの霧よ!静寂の中へ包み夢路へ誘え!スリープミスト!」

 魔導士の詠唱が響き、白い霧が二人を包み込んでいく。

 遥斗の意識は、深い暗闇の中へと落ちていった。

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