11話 それぞれの訓練
戦闘訓練を終えた遥斗は、学舎の浴場で汗を流していた。浴場は思ったより小さかったが、魔道具で沸かされたお湯は心地よく体を包み込む。
(へぇ、魔道具でお湯を沸かすのか...)
遥斗は興味深そうに浴場を見回した。壁には不思議な文様が刻まれ、天井からは柔らかな光が差し込んでいる。
疲れた体をお湯に浸しながら、遥斗は今日の出来事を思い返していた。その時ふいに浴場のドアが開いた。
「おっ、遥斗か」
入ってきたのは大輔だった。
「あ、大輔」
大輔は遥斗の隣に腰を下ろした。
「どうだった? 今日の訓練」
遥斗は少し言葉に詰まった。
「う〜ん、まあ...」
大輔は遥斗の表情を見て、すぐに察したようだった。
「ごめんな。こんな大変な世界に巻き込んじまって」
「い、いや!そ、 そんな...」
遥斗は慌てて否定しようとしたが、上手く言葉が出てこない。実は、この不思議な世界に来られて嬉しい気持ちもあったのだが、それをどう表現していいか分からなかった。
大輔はため息をつきながら言った。
「実はさ、俺、母さんと弟のことが心配でさ」
「え?」
「弟、まだ小学生なんだ。いつも甘えん坊でさ...」
大輔の表情が柔らかくなる。
「この前なんてさ、宿題手伝ってくれーって駄々こねてさ。結局、夜遅くまで付き合っちゃって...」
遥斗は大輔の話を聞きながら、彼の優しい一面を垣間見た気がした。
「じゃあ、どうして...この世界に残ろうと?」
大輔の表情が真剣になった。
「俺の父親さ、警官だったんだ。3年前に、暴走車から歩行者を守って...」
大輔の言葉が途切れる。遥斗は黙って聞いていた。
「父さんいつも言ってたんだ。困っている人を見捨てちゃいけないって。俺も...そうありたいんだ」
遥斗は大輔の言葉に、強く心を打たれた。
「かっこいいな」
思わず口をついて出た言葉に、大輔は少し照れたように笑った。
「そうかな。でもさ、遥斗を見てると、なんか弟を思い出すんだよな」
「え? 僕が?」
「ああ。なんていうか、頼りないところがというか...」
遥斗は少し困惑しながらも、ちょっと嬉しそうだった。
「さ、そろそろ上がろうか。他のみんなも待ってるだろ」
二人は浴場を出て、食堂へと向かった。
食堂に着くと、他の4人はすでに食事を始めていた。
「あ、遥斗くん、大輔くん!」美咲が手を振る。
「遅かったな、溺れてるのかと思っってたよ」涼介が冗談めかして言った。
遥斗と大輔は席に着き、食事を始めた。
「ねえねえ、みんなどうだった? 今日の授業」千夏が話を振る。
「すごかったよ! あのモンスター、速すぎ!」
「私は魔法の詠唱が難しくて...」
みんな興奮気味に今日の出来事を語り合う。
「そういえば」さくらが口を挟んだ。「私、レベル3になったわ」
「え? 私も!」
「俺もだ!」
驚く遥斗。みんな一様にレベルが上がっているようだ。
「みんな順調だな。俺もレベル5まで行ったぜ」涼介が少し得意げに言う。
「すごい! さすが涼介くん!」千夏が目を輝かせる。
遥斗は少し戸惑いながら、おそるおそる口を開いた。
「あの...僕、モンスターにダメージを与えられなかったんだ」
一瞬、静寂が流れる。
「そっか...」大輔が静かに言った。
「ってことは...」美咲が考え込む。
「経験値が入ってないのか」さくらが冷静に分析する。
「あ!」千夏が突然声を上げた。「私、回復魔法でも経験値もらえたの。だから、遥斗くんもアイテム生成で経験値入るんじゃない?」
遥斗は首を横に振った。
「試してみたんだけど...ダメだったよ」
「...」
みんなの表情が少し曇る。
「なぁ」涼介が真剣な表情で言った。
「これって...まずくないか?」
「どういうこと?」遥斗が聞く。
「だって、モンスターにダメージ与えられないから経験値が入らない。経験値が入らないからレベルが上がらない。レベルが上がらないからモンスターにダメージが入れられない...」
「ループしてる...」さくらがつぶやいた。
遥斗は自分の置かれた状況を理解し始め、少し困惑した表情を浮かべた。
「う〜ん、確かに...ちょっと困ったかも」
しかし、遥斗の口調はそれほど深刻ではなかった。自分は前線に出て戦う気も、この世界にずっといる気もなかったから。
「でも、きっと何か方法があるはずだよ」美咲が励ますように言った。
「そうだな」大輔も頷く。
「俺たちで考えてみよう」
遥斗は仲間たちの言葉に、少し安心したような表情を浮かべた。
「ありがとう、みんな」
(この世界のシステム、もっと詳しく調べてみよう。何か突破口が見つかるかも...)
遥斗は以前に聞いた図書館に行ってみる決意を固めた。




