6月25日火曜日
「僕ってオルゴールみたいだよな」
火曜日の15時、天井を見上げながらそんなことを思う。金曜日は普通に登校できたのに、昨日はネジが止まったように突然何をする気にもならなかった。そして今日もネジは止まっている。僕のやる気はいつも急に消え去る。何かきっかけがあるその時までやる気は復活しない。自力でネジは回せないからそれを誰かに回してもらうことで音楽を奏でる。そしてその音色は突如として途絶える。だから僕はオルゴールみたいだ。
我が家では必ず19時に夕飯が始まる。これを逃すと食べるものがなくなるから少しだるい体を起こしてでも食卓に向かう。階段を下りているとハンバーグの匂いがしてきた。そんな気分ではないな、と思うけれどそれを口に出したりはしない。もし口に出した時には母は笑顔で食器を片付けながら
「好きにしていいんだよ。」
というだろう。そしてそれを横目に父が缶ビールを開けるところまで想像できる。両親は母が読んでいる教育雑誌の影響で放任主義を謳っている。実際に僕が中学校を休んでも特に口出しはされないけど、態度には出る。母はイライラすると貼り付けたみたいな笑顔をするし、父は普段は飲まない缶ビールを飲みだす。今日もそうだった。僕が学校を休んだことが原因であろう。あまりお腹もすいていないし、一刻でも早くこの冷たい空間から逃げ出したかったからハンバーグと白米を最低限だけ胃にぶち込んで自室に戻った。
20時になるとスニア様の配信が始まった。スニア様はメイド服を着た配信者で今の最推しだ。名前の由来が面白くて、メイド服→冥土の土産→souvenir→スニアとのことらしい。この丁寧さというか回りくどさがスニア様の魅力の1つだと思う。
「配信の最後に告知があります」
もう終わりなのか、という悲しみと告知って何だろうという喜びで僕の心は揺れる。そんな僕を待たずしてスニア様は話を続ける。
「明日発売のグッズがあります。えーと…あーこれか!」
配信画面にはスニア様のイラストがでかでかと描かれたノートとスニア様のロゴマークがおしゃれに添えられたボールペンの写真が張り付けられた。それはそれは素晴らしい出来だ。
「欲しい」
この3文字が思わず口からこぼれてしまった。明日も学校を休もう。そして、本屋でグッズを買おう。そう決めると興奮してきて、ひたすらにスニア様のアーカイブを見返した。28時くらいだろうか、僕はスニア様の声の中で眠りに落ちた。