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クライアント 吉野秀俊

 吉野秀俊は、アクションもこなす公安警察や黒社会の住人役から温かいホームドラマの良い夫や悩めるお父さん役まで幅広い役をこなす超有名俳優だ。僕も四十歳を超えたらこんなカッコイイ中年になりたいものだと思う。

 そんなことを思っていたら、茜ちゃんの怒ったような視線を感じた。いけない。また、自分がカウンセラーであることを忘れて、ただの一ファンの気持ちになってしまっていた。茜ちゃんに謝意を込めて軽く頭を下げて、心を整えるように意識を変えるよう努めた。


「少しご無沙汰してしまってすみませんが、よろしくお願いします」

 勧められた椅子に座る吉野さんの表情は、暗く重い表情だ。まるで公安警察役の時のようだ。


「いえいえ、お気になさらず、来たいと思った時にお越し下さい。今日は3回目のカウンセリングになるのですが、何か変わったことなどありましたか?」

 吉野さんの斜め横辺りに先生も座り、ラフな感じに話しを始めた。よく考えたら、先生のカウンセリングを見るのは今日が始めてだ。



「いえ、実は・・・。いえ、進めて下さい。」


 やはり何か秘密を持っているのだろう。『インファナル・アフェア』のトニー・レオンのようだ。となると、カウンセラーの水亀先生はケリー・チャンだろうか。先生は男性か女性か分かりにくい。というか、アメノミナカヌシ様は性別の無い独り神だから当然か・・・。


 などと考えていると、また、目を見開いて怒っている茜ちゃんと目が合った。また軽く頭を下げて謝意を表した。しかし、猫又は心が読める妖怪だっただろうか?心が読める妖怪は「さとり」くらいしか聞いたことがなかったのだけど・・・。


「九条さん、根駒さん、吉野さんから同席の許可を頂きました。吉野さんありがとうございます」

 当たり前のようにカウンセリングに同席できると思っていた。さらには、お話しを聴くということも忘れて勝手な妄想を楽しんでいた。これは本当に反省すべきことだ。


「根駒です。ご許可頂きありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」ご挨拶をする茜ちゃんに続き、「九条です。ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」反省もあり、自然と深く頭が下がった。


 吉野さんが軽く会釈を返してくれて、カウンセリングが始まった。


「では、前回までのお話しでは、組織での活躍で一度、眩しいくらいの脚光を浴びてから、その後、一度も活躍できておらず、上司や周りからの目が厳しく感じ。次第に勤務先にも行きたくなくなり、欠勤や嘘の報告をしてしまい、そのことにも罪悪感を感じ、酒量も増え、このままではアル中になり、心も体も壊してしまうのでないかと思って、不安でカウンセリングを受けたが、話しをしている内に、次第に問題は、別にあるような気がしてきた。それを、一人でじっくり考えてみたいので、というところで前回のカウンセリングは終了しています。如何でしょうか?不安やお悩みの本当の理由は見つかりましたか?」


 あれ?俳優の吉野秀俊さんではないのか・・・?名前は吉野さんで、顔も吉野秀俊に見える。しかし、主訴がまるで会社にお勤めのサラリーマンのようだ。

 重い沈黙が流れる。実際には、十秒も経っていないのだろうが、とても長い沈黙に感じる。


「とても、深く、考えていらっしゃるようですね。」

 先生が促すでもなく、空気の滞りを流すように声をかけた。少し部屋の空気の緊張感が緩んだ気はしたが、この部屋は神様でもある先生の存在のおかげか、自然とリラックスできるような雰囲気が漂っているのだが、この吉野さんが持っているオーラというか空気感が部屋全体の雰囲気を重く湿ったものにしている。


 先生に声をかけられ、ゆっくり視線を上げ、声を発した。

「水亀先生・・・。あれから、ずっと考えていたのですが、話しをするべきか、話すべきではないのか・・。その話したい考えや感情もまるで自分のものではないような気になってしまって・・・。」


「お話ししたい何かがあるのが間違いないようですね。理路整然とお話ししようとしなくても大丈夫です。ご自身でも理解ができていないことでも気になさらずお話し下さい。一緒にお悩みが何なのか探っていきましょう」


「はい。ありがとうございます。話します」

 吉野さんは申し訳なさそうな顔をして、声を発した。きちんと相手に分かるように話しが整理できていないと話してはいけないと思っているのかもしれない。真面目で誠実な人柄なのだろうなと思う。


 また、沈黙に入るが、先生はじっと待っている。


「話します」

 意を決したように言った。


「どうぞ。」


「私は桃太郎です。」


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