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吉備の桃太郎のおさらい

「お疲れ様でした。なかなかに刺激的で楽しい旅でしたね」


 水亀先生が嬉しそうに言う。ここは見慣れた横浜のカウンセリングルームだ。吉野さんも不思議そうに部屋を見渡しながらも、驚くことはなかった。もう鬼たちを背負ってからの一連の異常な出来事、自らの役目を受け入れているのだろう。


「吉野さんのシナリオ楽しみですね。しかし、疑問も多いのではないですか?」


 先生に言われて改めて思うが、疑問が何か分からなくなる程に色々な疑問がある。まあ、歴史とか宗教とか、ましてや、人の想い、どころか神様の想いなど疑問だらけだ。


「何故、ワカタケルが吉備津彦命なのですか?」

 意外な事に第一の質問は茜ちゃんからだった。


「吉備津彦を名乗る神は二柱います」


「ワカタケルとイサセリ将軍ですね」

 吉野さんが言った。


「そうです。あの二人はどちらも吉備国の神なのです。私たちが訪ねた吉備津彦神社は備前国の一の宮。もう一つ備中国の一の宮は吉備津神社です。吉備国は大化の改新後、三つの国に分割されます。吉備国のあの戦場を経て、神となり、鬼となった者が祀られているのが、その二つの宮です。そして、そのどちらにも温羅さんは祀られています」


「え?でも、今回行ったのは吉備津彦神社だけですよね?」僕も自然に湧いた疑問を投げかける。


「兼人君、我々の仕事は何ですか?探偵?謎解きミステリー作家ですか?」

 先生が笑み浮かべながら冗談っぽく言った。


「カウンセラーです」当然、そう答えた。


「そうです。悩みを持っていたのは元ワカタケルの吉備津彦命だけだからです。シンプルに私たちカウンセラーが会ってお話しするのは、悩みを抱えるクライアントだけです。不可抗力で、その周辺の人や妖怪や柱と話すことはあっても、基本は悩みを抱えるクライアントからのお話しだけを聞きます」


「でも、温羅さんはどちらにも祀られているのに、何故、吉備津彦神社にいたのですか?」


「これは私の想像に過ぎませんが、温羅さんと阿曽媛さんは、吉備津神社と吉備津彦神社どちらにも住まいがあるのだと思います。ただ、温羅さんの友達は元ワカタケルの吉備津彦命なので、吉備津彦神社にいる事の方が多いのかもしれないですね。因みに、吉備国の荘厳な儀式は吉備津彦神社で行われています。つまり、儀式は、イサセリ将軍が祀られている吉備津神社で行われています」


「あ、あの後、戦後処理はどうなったのですかね・・・?」

 吉野さんが疑問を呈した。


「それは、ご本人に聞いてみましょうか」

 そう言って先生はスマフォを操った。


「吉備津彦さん、あの後の戦後処理はどんな感じだったのですか?吉野さんからの質問です」

 先生はちょっと嬉しそうに言って、皆に聞こえるようにスピーカーに切り替えた。


「まず、私の兄のイサセリ四道将軍によって吉備国の征服が成された事が中央に報告されます。ここで、本来なら、温羅の首か、生け取りで中央に移送されるのですが、兄は偽物の首を持って中央に帰還します。その間、私と温羅で叛逆の可能性がある者たちの恭順を呼びかけます。それに応じない者たちは武力で制圧しました。もちろん、温羅が共に行っているので制圧が必要な者はほぼいませんでした」


「温羅さんが生きていることを知らなかったのは中央のみという事ですか?」また自然に湧いた疑問を口にした。その疑問には温羅が答えた。


「そうだ。私は名のみ捨て命は存えた。吉備津国の王をイサセリ将軍とワカタケルの兄弟に譲り、ワカタケルの行政を手伝った。命を落とした民もいたが、生き残った者たちと共に吉備国の繁栄に尽くした。大和の国の一部となったが、この国が百済のように外の国に攻め滅ぼされる事が無いようにと願って」


「しかし、何故、そのような温羅さんが日本の代表的な鬼なのですか?」


「鬼の代表的かどうかは置いておいて、中央は攻め滅した地域の魂を恐れた。つまり、怨霊と成り、災いを起こす者を恐れていた。この時代、国としても成り立つ規模を誇った吉備国の王が怨霊となったら厄介だと思っていたのだろう。だから、鬼とされつつ、丁重に神として祀られているのだ。吉備津彦の末社として」


 その温羅の言葉に吉備津彦命が続けた。


「その怨霊を神とし、神事としたのが吉備津神社で行われている竈門の儀式だ。温羅の首が埋まっているとされている。実際、そこには吉備国の鬼の魂が鎮魂されているのは間違いない。だから、温羅は中央を恨む怨霊などではないし、私は英雄などではない。共に憂国の士なのだ」


  吉備津彦命の話しを温羅が制した。


「それはもう良いだろう。私も、今は鬼でも神でも何でもよい気分だ。私は、イサセリ将軍と其方に私と妻や一族の命を救われ、ワカタケ、其方の気持ちに今も救われている。何も不満も悩みも無い。もう、吉野に任せよう」


「そうだな・・・。では、吉野殿に任せるが、一つ願うのは、吉備国の伝説を書くのではなく、この国のこれからの為になる映画にしてほしい。頼んだぞ。では失礼する」


 吉備津彦命は吉野さんの返事を待たずに電話を切った。おそらく、吉備津彦命は伝えたい事を吉野さんに伝えられた事に満足しているのはもちろんだが、ずっと心の片隅にあった温羅への申し訳ない気持ちが、今回の話しで霧散したのだろう。今までずっと温羅からは同じ話しをされて来たと思うのだが、今回、水亀先生がカウンセリングに入ることによって、状況が一変したのだろうか・・・?そのような疑問が持っている事を悟られたのか、先生が言った。


「カウンセリングが必要な者とは、前に進められなくなっている者、または、前に進むのが辛くなっている者です。そのような者が前に進めるように支援するのがカウンセラーの役目だと思います。今回、クライアントの吉備津彦さんが前に進む気持ちになれたのは、温羅の気持ちを正しく理解したということもありますが、この国の憂いを晴らしてくれるきっかけになってくれるという希望が持てたからです」


 先生の話しを聞きながら、茜ちゃんが呟いた。

「こんがらがった気持ちや歪んだ思い込みを正して、その魂が進むべき方向へ進む支援をするのが私たちの仕事・・・」

 考えさせられる言葉だと思っていると、吉野さんが大きな声でお礼を言った。


「皆さん、有難うございました。水亀先生、本当に有難うございました。心と体の問題も解消されましたが、シナリオの内容を考えるご協力までして頂いて、何とお礼を言ったらよいのか分からないくらいです。すぐに帰って書きたいと思います!」そう言って、慌ただしく、カウンセリングルームの扉を開けて出ていった。あんな落ち着きの無い人だったかな?と思う程、ハイテンションだった。


「吉野さん、よいシナリオが書けるといいですね。映画が出来たらみんなで観に行きましょう」先生が言った。


「先生・・・。吉野さんの事はたまたま重なっただけで、鬼の話しをしたいと思っていた意図は別にありますよね?」茜ちゃんが言った。


「はい。茜ちゃんの言う通り、これから茜ちゃんと兼人くんにも関係する大事なお話しをしたいと思います。その話しをする為に、今回の『桃太郎』の構造を理解してもらいたかったのです」


 何だ、一体・・・?


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