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鬼の城落ちる

 明朝、空が白んで来た時分、巨石がイサセリ将軍の陣に向けて落とされた。意外にも、開戦の口火を切ったのは温羅だった。


 イサセリ将軍は当然、ワカタケルに先陣を命じた。ワカタケルは猿、犬、雉それぞれに隊を率いさせ、温羅の居城を目指した。


 口火が切られた以上、戦は止められない。ただひたすら、目の前の者を斬り、矢を放ち、敵の大将首を落とす事だけを目指す。情や心を自らから切り離すことで自らの心を守る。鎧で身体を守る以上に。


 所々で、血煙が上がるくらいの激しい戦になった。これがお伽話『桃太郎』の舞台だと思えない程に残酷で凄惨な戦だった。鬼退治で鬼を懲らしめるというようなものでは全く無かった。

 しかしながら、数で圧倒する中央軍の一方的な殺戮になると思っていたが、そういう訳でもなかった。これが正義と正義がぶつかる戦いという者なのだろうか?数こそ中央軍が優っているとはいえ、両軍の力は拮抗していた。精神性故か鉄製の武器を多く保有する武器の優位か。吉備国の兵隊は強かった。



「大和の将軍よ!その程度ではこの吉備国は落ちぬぞ!吉備国が落とせぬようなら、四道を征し、天下を治めるなど夢のまた夢であろうな。ハッハッハ!」


 温羅が中央軍を挑発し、吉備国の兵達を鼓舞するように叫んだ。しかし、聞きようによってはワカタケルを鼓舞しているようにも聞こえる。一体、温羅は何故に自らの敗北を望んでいるのだろう?王子であるのなら、吉備国を独立国家として運営していくという野心があってもおかしくないと思うのだが、どういうことなのだろう?その疑問について質問しようと、現代の温羅の方に顔を向けた。


「まもなく分かる。見ておれ」

 何の言葉も発していないのに、僕が何を考えているのかお見通しのようである。その言葉から間も無く、戦場の情勢に動きがあった。城から見下ろす温羅の号令により、中央正面が開き、ワカタケル率いる大和の軍が温羅の城に攻め寄った。温羅がワカタケルに向かって叫んだ。


「この戦、我をとらねば終わらぬぞ!」


 僕たちは温羅の意図が分かっているから痛々しく見ていられない。


「さあ、さあ、不様なものよのう。この数でまだ城を落とせぬのか?大和の国に替わって吉備国が天下を統ベてやろうかのう」


 温羅の挑発は続く、その挑発に乗って、吉備の兵は鼓舞され、一層激しく戦う。温羅の意図に逆らって・・・。見ていられない。現代の吉備津彦命は苦しげに温羅を睨む。泣き出しそうな顔だ。温羅はさらに挑発する。


「ワカタケル!其方は弓の名手と聞いた。さあ、我を射てみよ!」


 岩城の巨石の上に立ち、両手を広げた。まるで、的になるために。ワカタケルの号令を待たずに弓隊が弓を放つ。しかし、全て、温羅の剣に叩き落とされた。僕も茜ちゃんも唖然とした。これだけの数の弓を叩き落とせるのか・・?驚きから茜ちゃんの口から言葉がこぼれた。「鬼神・・・」


「鬼だからな」現代の温羅が口元を歪めながら得意げに言った。


「冗談を言っている場合ではない、もう見ていたくない」

 現代の吉備津彦が叫んだ。


「では、ここを離れましょうか?」

 水亀先生が、右手を肩の高さまで上げた。


「待って下さい!」その声にびっくりして皆が振り返った。「待って下さい。見させて下さい。お願いします!私はこの場面を見る義務があります」その声は、吉野さんだった。


「分かりました」水亀先生が右手を下ろした。その顔は満面の笑みだった。いや、こんな笑顔をするのかと思うほど口元が耳まで届きそうな笑みだった。おそらく、望み通りの展開なのだろう。


「足りぬわ!ワカタケル!其方が来い!」


 その声に、ワカタケルは弓を番えて放った。さすが、弓の名手、番えてから放つまでのスピードもさる事ながら、矢の速さも他のやのスピードと比べ物にならない程に速い。しかし、温羅は苦もなく払う。その後に次ぐ、矢を番えてから射つまでのスピードは目で追えない程の速さだ。改めて、二人共に化物だと思わされる。


 現代の吉備津彦命が目を伏せた。何かと思い、温羅を見ると、温羅は呟いた。「そうだ。それでよい」その声の後に、ワカタケルの放った矢が温羅の顔面を捕らえた。顔に弓を受け仰け反った。ワカタケルは二本の弓を同時に放ったのだ。その内の一本が温羅の左目を貫いた。


「なぜだ!」ワカタケルが叫んだ。その声と同時に猿飼、鳥飼、犬飼が温羅をめがけて城の下の崖を駆け上がった。この崖も常人では絶対に駆け上がれるものではない。


 二本の弓を同時に放つのはワカタケルの得意な射法だった。それを温羅は知っていた。たたら場で共に過ごした時に教え合った兵法であり、兵術の一つであった。


 ワカタケルが、岩城まで上がると、左目に矢を突き立てた温羅が膝を付いていた。誰も捕縛しようとはしない。


「温羅・・・」ワカタケルが何かを言おうとすると、温羅が口を開いた。


「これより其方が吉備国の王だ。吉備津彦と名乗れ」


「温羅・・・」


「さあ、最後の仕上げだ。斬れ!イサセリ将軍の元にこの首を持って行け!」その声にワカタケルは剣を抜く手を振るわせた。更には、剣の柄に涙を落とした。


「斬れぬ・・・」ワカタケルのその声に温羅が立ち上がり詰め寄った。

「甘ったれるな!死なねば成り立たぬ命もある」

「何故、死なねばなるのだ?国作りに貴方が必要だと何度も言ったでしょう」

 ワカタケルが訴える。


「鉄の精製の方法は其方も知る者が教える。其方と犬と猿と雉が共に鉄を作った者が教える。其方が成さねばならぬは真の国作りよ。吉備国の鉄の如く強固に国をまとめ、国の外の敵に備えよ。国をまとめるために私を斬れ。私と同じように真の国難に気が付いている者は少なくない。私はその者たちと同じく、死して護国の鬼となる」

 温羅は、そう言うと同時に自らの剣を首に当て引こうとした。


「あ!」ワカタケルが温羅を止めようと叫んだ刹那、ワカタケルは後ろからの何者かの力に吹っ飛ばされた。「兄者?」


 イサセリ将軍の剣が一陣の風の如く一閃した。温羅の首に当てられた剣が真っ二つに割れ、温羅の手を離れた。温羅はその衝撃に膝を付いた。


「吉備国の王、温羅は死んだ。ここに吉備国は大和の国が制圧した。ワカタケル、我らはこれより大和に凱旋する。吉備国の戦後処理は其方に任せる。大和に役に立つ者は恭順を促し、登用せよ。温羅は怨霊とし鎮護せよ」

 イサセリ将軍は、そう言うと二度と振り返らずに岩城の崖を降って行った。それを尻餅を付きながら見送ったワカタケル叫んだ。


「温羅!温羅〜」ワカタケルは叫びながら、膝を落とした温羅に走り寄り、温羅の首を上げた。「首っ首・・付いてる・・・・?」ブンブンと首を振る。


「痛い、やめろ。やめろ」そう言いながら、温羅は尻を地面に付き、左目に刺さった矢を目玉ごと抜いた。

「イサセリ将軍、敵わぬな。すでに先が見えている」


「温羅、すまぬ目が・・・」ワカタケルが温羅に抱き付き涙を流した。

「命があるのだ。これくらい何とも無い。さあ、立とう。この国のために」

 温羅は立ち上がり、ワカタケルを右手で引き上げた。そして、岩城に立ち、吉備津の民に向けて号令した。


「温羅は死んだ!これより吉備国の王はワカタケル。ワカタケルは今より吉備津彦を名乗る。我は吉備津彦の従者となる。生きて護国の鬼となる!」その号令に歓声と現代の鬼たちの嗚咽の声が混じる。鬼たちは、自らの主君の姿を見ているのかもしれない。


「彦五十挟芹彦命、お見事ですね」

 水亀先生が感嘆の声を上げた。それに続いて、茜ちゃんも感嘆の声を上げた。「カッコいい・・・」


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