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あらあら困ったわ

作者: 山田
掲載日:2026/05/20

漫画や小説のように大きな切っ掛けなんてなくて。そう言えば、なんて軽い感じで思い出した前世。日本と呼ばれる島国に生まれ死んだ私の記憶。その記憶が現世に警報を鳴らしている。

私は悪役令嬢なる立ち位置で、最終的には死に至ると。


化粧台の鏡を覗き込むと、赤毛碧眼の目力強めな美女が映る。15歳ながらもたわわに育った胸と目尻の黒子がどうにもイケナイ。現世の私は確かに女性向けコンテンツでは悪役だわ。男性向けだったらラッキースケベ枠かしら。


「物語は学園に入学してから…始まるのかしら?」


警報はただこの世界が女性向けコンテンツだと、私が悪役令嬢だと言うばかりで、攻略対象は誰とか物語がどう進むのかとか他の情報は曖昧だ。テンプレート通りの物語だとしたら、だいたいはヒロインが学園に入学するところから始まるだろう。


「だったら、学園に通うのは止めてしまいましょうか」


今の私は侯爵家の末娘。お父様もお兄様も野心のあるタイプではないし、この歳にしては珍しく婚約者も決まっていない。少しの我が儘ぐらい受け入れてくれるだろう。

来年の入学を避け、三年くらい領地に引きこもろう。そうすればいつの間にか物語は終わっている筈だから。

領地でのんびりスローライフ、素敵な響きだわ。


なんて、思ったのに。


「あんたが!学校に来ないから!物語が進まないじゃない!!!」


あらあら困ったわ。

目の前には鬼のような形相でピンクブロンドを振り回す従業員の女。護衛に押さえつけられてはいるけれど、それすら振りほどきそうなほどの狂気を感じる。目は血走り、口の端からは涎が垂れ、床に爪を立てるその手は血管が浮き出ているほどだ。


引きこもってから2年。夏の暑さが和らいだ頃、王都で人気の歌劇が上演されるからおいでとお兄様が言うから、引きこもって以来、初めて領地から出てきたのに。まさかこんな化け物に襲われるとは思わなかった。上演まで時間があるからお茶でもと、カフェに入った途端これだ。


しかもこの化け物はお兄様のお友達らしい。

友人であるはずの女の変貌に同様を隠せないのか、お兄様は隣で頭を抱えている。私は侍女に庇われ、女からさらに距離を取った。


「お兄様、こちらの方は本当にお友達ですの?」

「あ、あぁ…同じクラスの…ナディア嬢なんだが、そんな…なんてことを…」

「あら、お名前を呼ぶほど親しいのですね」

「彼女は平民なんだ…でも希少な光魔法の使い手で、」


平民。希少な光魔法。ピンクブロンド。

私の頭の中でEnterキーが強く叩かれた。


「なるほど、わたくし理解しましたわ」


この女がヒロインか。扇で口元を隠す。頭の中の検索結果がヒロインと表示されている。今は目も当てられないほどの醜い顔だが平時は可愛らしい顔なんだろう。しかもこのヒロインは私と違ってこの世界の元ネタを知っているようだ。ヒロインが私がいないせいで、と喚いているあたり、やはり私がこの世界の悪役令嬢なのだろう。領地にこもる選択は、間違っていなかった。


「私がいない学園は何も起きなかったのね。夏休みが終わってもイベントが始まらなくて焦ったのかしら?」


声音に愉快さを乗せれば、ヒロインはハッと目を見開き憎々しげに私を見上げた。ヒロインも気づいたのだろう。私が私自身を悪役令嬢だと理解していることに。


「貴女もお馬鹿さんね。この通り強制力なんてないんだから、物語に沿わずに幸せになればいいのに」

「うるさい!うるさいうるさいうるさい…!」


獣のように唸り続けるヒロインは騒ぎを聞きつけ駆けつけた警邏隊に捕縛された。この異常性だ。おそらく詰め所に放り込まれて裁判にでもかけられそうだ。

学園の特待生ではあるが、平民が無害の侯爵家令嬢に危害を加えたとすれば、無罪放免とはならないだろう。


「皆様お騒がせしてしまい申し訳ありません。今回ご迷惑をお掛けしてしまったお詫び…になるかは分かりませんが、皆さんの飲食代は我がフェイノールト家がお支払させていただきますわ」


ねぇ、お兄様。

未だ茫然自失から抜け出せないお兄様の背中を扇で叩く。


「っあぁ、そうさせていただこう」


ブリキのおもちゃのようにぎこちなく頷くお兄様は懐から金貨数枚取出し、近くの従業員に手渡した。受け取った従業員はその額に目を白黒させている。


「では、私どもはこれで」


お兄様の腕を無理矢理とり、店から立ち去る。

控えさせていた馬車に乗り込み、御者に家までと告げた。


「あらあらお兄様、まだ頭なんて抱えてしまって」


向かいの座席に座るお兄様は私の言葉にのろのろと顔を上げた。麗しの貴公子であるお兄様の顔には、見えない筈の失恋の二文字が見える。


「素敵な女性は星の数ほど居ますのよ。一度ゆっくりと周りの方とお話されてみたら?」

「……俺にとっては彼女は太陽だったんだけどな。でも、面識のないセレーナを襲おうなんて…俺の目も節穴だったね」


危ない。危ない。お兄様は攻略済だったのね。

流石にあの醜悪な面を見たら、100年の恋も覚めるものね。ヒロインが襲ってきてくれて、本当に良かったわ。


「セレーナごめんね。危険な目に合わせた上に、せっかくの歌劇が台無しになって」

「お兄様は悪くありませんわ!悪いのはあの方ですから」


ただ、また歌劇には連れてってくださいね。そう微笑むと、お兄様はほっとしたように息を吐いた。


とりあえずヒロインは退場したし、これで私の危機は去っただろう。三年経たずとも懸念事項が無くなったのは僥倖だ。これで私も心穏やかに暮らせるだろう。

来年の春から学園に通い、『青春』というものを体験するのも良いのかもしれない。


タウンハウスに辿り着くと、両親が不安そうな面持ちで待ち構えていた。どうやら侍女と護衛が先程の出来事を先触れで伝えていたらしい。


「あぁっ、セレーナ!ヨアキス!」


馬車から降りるとお母様に力強く抱き締められた。

お父様はお兄様の背中を何度も叩いている。


「報告を受けたときには、母の心臓は止まってしまうかと思いました。無事で本当に良かったわ⋯」

「聞けば犯人は光魔法の使い手らしいな。全く⋯神殿は何をしているんだ。わたしから神殿には言っておくから、二人はゆっくり休みなさい」


命の危険ではそこまで無かったし、怖くもなかったが、家族に抱き締められるとホッとする。お兄様も強張っていた表情が溶け、肩の力が抜けたようだ。


後の始末を両親に任せ、まだ日は高いが私達はそれぞれの自室にて休むことになった。


「自室っていっても、なかなか馴れないわね」


領地に引きこもるようになってからは、タウンハウスに来ることはなかった。そのため与えられた自室は家族が思う私が好きそうなもので埋め尽くされていた。

ピンクの壁紙に、レースのカーテン。ベッドにはぬいぐるみが並べられている。


「ちょっと…色々可愛すぎないかしら?」


17歳の女の子、だったらこんな物なのか。

前世の記憶を思い出した今、精神年齢と実年齢に乖離があるし、自身の見た目も相まって違和感を感じてしまう。


「ねぇ、この部屋着フリル多くないかしら。私には可愛すぎるの思うの」


アフタヌーンドレスから部屋着に着替えたはいいが、この部屋着にもふんだんにフリルが使われていて少し気恥ずかしい。

着替えを手伝ってくれた侍女にそう問うと、侍女は何でもないような顔で頷く。


「奥さまがお嬢様のために新しく仕立てた物になります。可愛らしいくてとてもお似合いですよ」

「あらあら…そんなこと言われたら脱げないじゃない」


しょうがないと可愛らし部屋着のままベッドに転がる。普段両親はこのタウンハウスで暮らしているから、私と会うのも久しぶりだ。だから張り切って部屋も服も準備してくれたのだろう。

そう思うと、悪役令嬢の舞台から降りて本当に良かったと実感する。


「お嬢様、夕食のお時間にはお声掛けさせていただきますね」

「……うん、ありがと」


横になると急に眠気が襲ってくる。侍女は私の様子に気づいたのかカーテンを占めて部屋を出ていく。こんな明るい時間からお昼寝なんて怠惰かしらと思いながら、心地よい眠気に身を委ねた。


心地よい眠りからどのくらい経っただろう。部屋の外側なにやら騒がしい。侯爵家である我が家の使用人達は穏やかで、洗練されていて、騒ぐことなんてないのに。

というか、お兄様とお母様の騒ぐ声も聞こえる。


「……あらあら、何か起きたのかしら」


様子を見に行こうと起き上がると同時にノックの音が転がった。侍女が起こし来てくれたのだろうと、そう思って、視線を向けず返事を返す。


「お母様達が賑やかで起きちゃったわ。貴女達もあの二人に振り回されて大変ね」


というか、なんでこんなに周りが騒がしいのかしら。貴女なにか知っていて?そう居るはずの侍女に問いかけているのに返事がない。


「もう貴女、私の話を聞いて──えぇ、え?」

「ごめんね。振り回しているのは僕の方なんだ」


侍女じゃない。というか女性でもない。

褐色の肌に、王家の象徴でもある艶のある黒髪。トパーズの煌めきを持つ、切れ長の瞳。


「お、王子殿下……?」

「久しぶりだね、セレーナ嬢。可愛らしい部屋着も君にぴったりだ」


アルフレッド・エル・ロバーツ。この国の第一王子殿下。

何故ここに?それに今部屋着って言った?自身の着ている服を見下ろす。フリルとレースたっぷりのパステルピンクの部屋着。

部屋着なんてこの人生、家族や使用人以外に見られることなんて無かったし、そもそも今は寝起き……!

カッと顔が熱くなっていくのを感じる。


「み、み、」

「み?」

「見ないでぇ!!!!!!!!!!!!」


ベッドに置かれた枕を掴み、王子殿下に向かってフルスイング。当たったかわからないけど確認することなくベッドに潜り込む。お化粧してないし、髪もボサボサだし、寝起きで顔も絶対浮腫んでた。部屋着だって前世の顔タイプやパーソナルカラーがあったら、絶対に選ばれない可愛らしいもので。

どうしようもない恥ずかしさに、侍女やお兄様が駆けつけるまで丸まることしか出来なかった。






「殿下。側近、ではなくセレーナの兄としてお伝えさせていただきますけど、令嬢の部屋に一人で向かうのは紳士としてあるまじき行動では?」

「セレーナは妹のような存在でしょうけど、セレーナから見たら突然部屋に成人男性が乗り込んできたんですからね」


私の悲鳴を聞いて駆けつけたお兄様やお母様に殿下は確保され、説教中だ。高位貴族で歳が近かったこともあり、お兄様とお母様は昔から殿下と王妃様の話し相手として城に上がっていたらしい。

そのこともあってか、王族相手に二人は割と砕けた態度だ。


「すまない。一応ノックはしたんだけど」

「ノックの相手が王族とは誰も思いません!」

「はは、それはそうだ。セレーナ嬢、驚かせて申し訳ない」


正装に着替え、身支度を整えた私は、侍女と護衛に守られるように殿下から一番遠い席に座っている。声をかけられ、力なく首を振った。着替えた今でも恥ずかしさで殿下の顔を見ることができない。

手持ちのハンカチをギュッと握りしめ、震える声を絞り出す。


「わ、私も、確認不足でしたわ。大変申し訳なく存じま、す……」

「それで、殿下はなんでセレーナのもとに?そもそも我が侯爵家に何の御用で?父はあいにく出払っていますが」


言葉が尻すぼみになっていく私を制し、お兄様が口を開いた。昼の頼りなさが嘘のようだ。声音の冷たさに、殿下に対しての怒りを感じる。


「あぁ、今日の昼間の一件でね。セレーナ嬢が襲われたと聞いて、居ても立ってもいられなくて」

「襲われたのが俺だけだったら、殿下は何もしなかったでしょうね」


まぁ恋に敗れた君の不運には同情するけどと殿下は笑い、お兄様は胸を押さえて唸ったまま動かなくなってしまった。


「──セレーナ嬢、」


心臓の奥をくすぐるような声に肩が跳ねる。

顔を上げると宝石のような瞳が私を射抜く。


「君が無事で本当に良かった」

「あ、ありがとうございます…?」

「幼い頃を知っていたし、ヨアキスがいつも君を自慢していたから、勝手に兄のような気持ちでいたんだ。今回の件で久しぶりに王都に来て嫌な思いをするのは僕としても不本意で、君に会いたいと思ったんだ」


実際に君に会ったら、兄だなんて気持ち枕と一緒に吹き飛んでしまったのだけれど。


身体中の血液が沸騰したように熱く、呼吸を忘れてしまいそうになる。

私は黙ったまま、彼の言葉を待った。


「美しく成長した君を見て、可愛らしい一面にも触れて、──もっと君のことが知りたい。君を口説く許可をもらえないか」


私、こういうときどうしたらいいか分からないの。

お母様に視線を向けるが、自分で答えなさいと肩をすくめられ、お兄様を見ても失恋を思い出しているのか、意識がこちらにない。


殿下が嫌いかと聞かれればNOだけど、好きかと聞かれればまだ何も言えない。このドキドキは家族以外の男性と話すこと自体が久しぶりだからのか、殿下だからなのか、区別がつかない。


「ま、まずはお友達からで、いいですか…?」


ありきたりな答えに嬉しそうに笑う殿下を見て、恋に変わる日が近いのかもしれないと、私は思った。



あらあら困ったわ









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