表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旧・間諜皇女  作者: 藤花チヱリ
5/8

5 事の発端

事は突然起こった。


「だ、誰か、薬師を…医師を…!」


事の後はとても騒がしかった。なぜか泡を吹いている妓女と、それを取り囲むようにしている、ざわざわと騒ぎ立てる妓女たちと、客に食ってかかる女主と、慌てて医師を探しに行く男たちと。


四半刻後に来た薬師は言った。


もう助からない、と。



〇●〇


「なんだったんだろうねえ」


死んだ妓女の棺を前にして、丹華(タンカ)は呟く。


「あの薬師の見立てでは、毒だってことだけど、なんの毒かは分からないって言うしねえ、怖いねえ」


蘭世(ランヨ)も同じように呟きながら、死んだ妓女の髪をそっと撫でる。


「この娘、良い子だったんだよ。元々名家の出だったから、気立てが良くて、素直で。これからどこへでも嫁いでいけるだけの礼儀作法もあったのに。」


ほろっと涙が蘭世の頬を伝う。


死んだ妓女は禿時代、蘭世に付いていた。禿が妓女を小姐(ねえさん)と呼ぶように、妓女と禿の間には姉妹のような絆が生まれることも稀ではない。


「せめて何からその毒を摂取したのかが分かれば良いのにねえ」


ふと(クイ)の口から漏れたひとりごとに反論する者は誰もおらず、それを境に、皆口をつぐんでしまった。



〇●〇


「葵。ちょいと話があるんだが」


夕刻、女主(おかみ)が瑠璃の間を叩く。


葵が戸を開けると、女主がスルッと入ってきて、手早く閉める。


「何だい?」


葵が聞くと、女主は小声で話す。


「昨夜死んだ、桃林(タオリン)の死を突き止めて欲しいんだよ」


桃林というのは、あの泡を吹いて倒れ、死んでしまった妓女のことだ。


「毒なんだろ?」


「お前も言っていただろう?せめてどこから摂取したのかでも分かれば…って。どんな毒かも分からない、何から入ったかも分からない、自殺か他殺かも分からない。うちの名に傷が残るだけじゃないか。客に混ぜられたのかと思って、思わず食ってかかっちまったけど、客は身に覚えはないというし。」


「そうは言ってもねえ…」


調べる術がないのにどうしろというのだ。なんにせよ、分からないことだらけなのだ。


「やるだけでもやってみておくれ。ある程度のほとぼりが冷めるまで、うちは営業できないし、その分お前には時間ができるだろう?」


「分かったよ」


葵は大きなため息をつく。まず手始めに何からすれば良いのかも分からない。


うーん、と悩んでいると、背後から視線を感じる。


振り返ると、女主が閉じていったはずの戸が少しだけ開いていた。


「誰かいるのかい?」


すると、ひょこっと小さい娘が顔をのぞかせている。見たことある顔だがいまいちピンとこない。


「ごめんね、葵。ちょっとこの子が気になったことがあるっていうもんだから。葵は賢いから、もしかしたら、と思って連れて来たの。」


入るときは声掛けしなさい、と、丹華はその小さい娘に言う。


「構わないよ。どうぞ、入って入って」


すると、その小さい娘は葵が出した座布団の上にちょこんと座る。


「こういう時は、失礼します。って言うのよ。」


まるで丹華が母のようだ。いや、丹華の年齢だと、このくらいの子がいてもおかしくはないのだけれど。


「この子はね、こないだ入ったばかりの子で、まだ五つなの。劣悪な環境で育ったのと、大人しいのとであまり話せないんだけど、素直で可愛いから、私の禿にしたの。名前言える?」


そう言って、丹華が小さい娘の背中を優しく叩くと、その小さい娘はピンと背筋を伸ばして礼をする。


椿峰(チュンホウ)、といいます。よろしくおねがいします。」


たどたどしく礼をする姿は愛くるしい。


「ね、可愛いでしょ?」


丹華は椿峰の頭をひたすら撫で続けている。よほど可愛がっているらしい。


「葵ねえさん。きのうしんじゃった桃林ねえさんのことで、葵ねえさんにきいてもらいたいことがあります。」


「何だい?」


このくらい年の子を相手するとなると、葵の態度も自然と柔らかいものになる。


「桃林ねえさんは、かおがあかかったの」


(ん?)


何が言いたいのか、あまり良く分からない。どういうことだろうと思案気な表情をしていると、丹華が説明してくれる。


「この子ね、私の禿なんだけど、昨日は私が癖のある御客をとったから、桃林の方に行かせたの。で、一部始終を見ていたんだけど、桃林は息苦しそうにして、顔を赤くして、突然泡を吹いて倒れたって言うのよ。」


丹華の話に椿峰は大きくうなずく。


「しんだわたしのかあさまもそんなかんじでした。」


「椿峰の一家は酒蔵だったの。ほら、あの例の…」


丹華は通訳しながら言葉を濁す。


最近売られてきた子で、実家が酒蔵を営んでいたのなら、答えは簡単に導ける。


横領が見つかって刑を受けたという、皇家御用達の酒蔵だ。


「ああ。」


でもそのくらいの立場なら、教育はある程度受けるはずだ。どこが劣悪なのか良く分からないが、まあ一旦置いておくことにする。


「あの酒蔵で椿峰のお母さんは仕事をしていたんだけど、ついこの間、突然亡くなったんですって。」


「しぬまえまで、あたまがいたいっていってたし、ぶつぶついっぱいだったから、びょうきとおもったけど、おいしゃさまはどくだって。」


「毒…」


「さっき禿たちに聞いて回ったら、桃林も確かに、頭を痛がることもあったし、具合が悪そうではあったらしいの。本人はあまり気にしていなかったらしいけど…」


うーん、繋がりそうなのに何かが引っかかる。


「椿峰。あなたの実家、どうなったか知ってる?」


こんな幼い子に、それを聞くのは酷なことかもしれないが、今は椿峰の情報を頼るしかない。


「うーん、みんなほねをぬかれて、とうさまはむちうちもうけるっていってたきがする。わたしはそのまえにここにきたからどうなったかはわからない。」


酷なことを聞いているのに、椿峰の態度は淡々としている。聞いているこっちが拍子抜けするほどだ。


「そうか…」


ということは、酒蔵はまだ取り壊されていないかもしれない。それならまだ望みはある。


葵の表情が変わったのを見て、丹華は察知したらしい。


じゃあ、頼むわね、と言って椿峰を連れて行った。


(取り敢えず、酒蔵の情報が欲しい)


葵は筆を手に取ると、紙にさらさらっと用件だけを書く。


忘れず、早く返事をくれとも書いておく。


封をすると、蜜蠟を垂らす。


その上から強く印を押す。


その刻印には珍しい鳥の絵が彫ってある。


(さてと)


葵は次の行動に出るため、女主に話をしに行った。


椿峰は、恐らくチュンファン、と発音すると思うのですが(調べてみた結果)、個人的にホウの方が気に入ったので、チュンホウ、にします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ