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神様と共に

「氷汰さぁん! なんで人がぬくぬくしてるところを連れ出すんですかぁぁ!」

「はいはい、文句は後で聞くんで今は大人しく来てください校長先生」


 助手席で文句を垂れるのは久原姉妹の妹、久原楓だ。

 印象的な茶色のボブカットをもふもふ震わせ抗議する様は高校生の頃から変わってない。


 こんなでも一応我が校の校長に位置してるのだけど、言っちゃ悪いがお飾りである。

 それでも問題ないというか、それによって生じる負担は教頭先生が背負ってくれている。

 いいのだろうか。このままじゃまた十円ハゲ広がるよきっと。


 ま、秋が決めたことだから仕方ないし、子供っぽいけど人気は高い。

 話だってざっくらばんに話して終わりと潔いし、暇だからと言って校内を回っているのは意外といじめとかの抑止力にもなっている。


 ま、うちでいじめなんてしようものなら犯人は末代までロクな目にあわないだろう。主に豊野の手によって。


「……みんなで決めたことだからしかたないですけどぉ! あっちがこっち来たらいいじゃないですか!」

「あっちなんて不敬ですよ」

「フッておいてよく言いますね」

「…………」


 僕、撃沈。

 ……言い返す言葉もございません。誠にその通りです。


 でも、だからこそここに来ていると言うか、僕なりの罪滅ぼしでもあるんだ。


「普通ですよ? フッた女に構うなんてクズのやることですって! まだ好意があると思ってるんですかこの自惚れ屋ぁー」

「自己満足だって」

「それはそれで酷くないですか!」

「かもねぇ……」


 そう言われると弱い。

 霞さんからも「また秋を泣かせるようなことをしたら縛り付けますからね」と脅されている。

 刺し殺すとか切り捨てるじゃない辺りがミソだ。飼い殺しでもされるのかな?

 辞めよこの話題、思い出しただけで身震いする。この話題ばかりは星真さんも乗ってこないしね。

 ……そりゃあ、そうなんだけど、さ。


「でもさ、放置ってのも性に合わないんだ」

「どうしてです? 秋さんにゾッコンのくせにぃ」

「それとこれは別っていうか。────しゅう様って秋と出会わなかった僕なんだ。きっと」

「ほーん?」


 適当な相槌だった。

 デコピンでもしてやろうかと考えたが、運転中なのでやめておいてやる。


「分かってない顔じゃん」

「当たり前じゃないですか! あたしが秋さんの立場だったら嫌ですもん!」

「その秋が良いって言ってるんですってば」

「そんなの好きな男に頼まれちゃイヤとは言えないですし……」

「押し弱いね。だから小枝に負けたんじゃない?」

「ハァァあ!? いくら氷汰さんでもそれ戦争ですよ? 喧嘩したいんです!?」


 あれは酷かったなぁ……。

 町内での騒ぎの大きさ的には僕たちの件よりも大きかったし。

 なんなら三角どころか四角だったし。あれ、四角って双方向もあったっけ?

 忘れた。とにかく、当事者が多かったってことで四角。


「負ける気はしないね。権力的に」

「あたしの方が仕事上の立場高いのにぃ……」

「縦社会って怖いね」

「二番目に高い人に言われても困りますよ」

「いや、四番じゃない?」


 一番は秋。二番は霞さん。三番は星真さんだ。星真さんとは同率っぽいところあるけど、個人的な経緯含めて自重する。


「それでも上から数えた方がうん万倍早いですって」

「この町一万人もいないから」

「たとえ話ですぅ! つまんない氷汰さん嫌いです!」

「ごめんって。ほら、ついたよ」

「はーい……」


 麓に付いた。車を止めてエンジンを切り、外へ出る。

 楓もうなだれながら着いてきた。


「ここー、やっぱりもうちょい舗装しませんー? 人が来る場所じゃなーい……」


 畑も見えなくなるくらい人気がなくなった森林。そんな山奥に彼女はいつも居る。

 始めて来た時は道なき道で、草木をかき分けて進んだけど、月に一回くることになってからは公的権力で人が通れるくらいには切り倒して最低限の舗装をした。コンクリートを雑に流しただけだから見た目は貧相だけど。


 それでも、枝が伸びれば垂れ下がって邪魔してくるし、やっぱり森は森なので虫も多い。

 今は冬だからはるかにマシな方だ。


「文句言わないって言ったでしょ。寒いくらいじゃないですか問題なの」

「寒かったら人間死ぬんですよ!!」

「さっきカイロも買ってあげたでしょ。もう少しですから頑張ってください校長」


 中にヒートテックなりセーターなりに着込んだ上からダッフルコートで完全防寒。

 その上内側にはカイロ二つだ。むしろ熱くないんですかそれ。もう二月ですよ、冬終わりますって。


「うがー……職権乱用だー!」

「別に来なくてもいいんですよ?」

「あ……急に突き放されると悲しいのでやめてください」

「どっちだよ」


 多い方が嬉しいかと思って連れてきている。どうしても無理と言われたらこっちも諦めざるを得ないのだけど……案外楓も楽しんでいるらしい。

 どうせ、学校に居ても書類に印鑑押すだけだしね。で、暇になって校内ほっつき歩いてる訳。


 そうして僕らは他愛のない話をして畦道みたいな荒い道を進む。

 冬の時期は歩き易くて大変助かる。熊とかも冬眠中だし。いても秋が斬るけどさ……。


「あの引きこもってたって子。もう大丈夫そう?」

「ん? あんなのもうパーペキですって。体育祭でみんなに応援されてたじゃないですか」

「僕はあの子、行事だけでしか見れてないから一応ね」

「生徒と距離遠くないです?」

「校長が近すぎるだけです」


 話のタネは大抵学校のことだ。一応担任として生徒達との距離が近い僕よりも楓は生徒に詳しい。

 多分全校生徒の顔と名前を憶えてると言っても過言じゃなかろうか。

 だからこその人気なんだろうなと思う。体育祭とかなんか胴上げされてたし。


「よいしょっと」

「重くないんです? それ」

「そこそこ。野菜持ってくれてるし楽勝だよ」

「キャベツって重いですよね……」


 僕の両肩にずっしりとのしかかるリュックの重み。

 中身はガスコンロと土鍋である。今日は蟹もあるらしい。


「蟹の方が楽だったんじゃない?」

「だってぇ……あいつさわさわ背中で動くんですよ!? せめて殺してから持ってきてくださいよ!」

「鮮度もあるから、ね?」

「だから野菜でいいです! もう学生にガキ校長で馬鹿にされたくないの! 力持ちになるから!」


 語尾が素に戻ってる。よほど重いのだろうか。白菜とキャベツは確かに重いだろうが、その他キノコ類だとかは知れていると思うけどな……。

 あと、そこでムキになるからガキ校長止まりなんじゃ?

 ……僕は紳士なので口にはしないよ。


「持とうか?」

「いいです。秋さんに睨まれたくないですから」

「そっか」


 そうこう言っているうちに枝葉の落ちた木々の隙間から見慣れた建物が見えて来た。

 石段に鳥居、奥に見えるのは木製の本殿だ。我らが豊穣の神の住まう場所である。


「おっひさー!」

「ぐえっ」


 どん、と肩の重みが増した。ついでに首元に巻き付く人の温もりも増した。


「いきなりはやめてって言ったじゃないですか、しゅう様……」


 思わず口から出たため息と共に振り向けば、懐かしい高校生の秋の顔が間近にあった。

 曲がりなりにも愛した人の顔なものだから一瞬ドキッとしてしまう。

 その後心臓が直ぐに平静を取り戻すのは愛する妻の調教のおかげである。

 ……喜んでいいかは知らない。


「えへ。楽しみで仕方なくってさ! 秋たちも来てるから早く上がって!」

「元気ですねぇ、しゅう様」

「ほんとにね」


 ぴょんと飛び降りた我らが神は和服姿に似合わない全力疾走で石段を上がっていく。

 そんな彼女を見て苦笑した僕らも思い出に馳せながら後を追った。


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