表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/29

好みでしょう

「おっきてー」

「う」


 どすどすどす。

 お腹の辺りで何かが上下している。人型らしき何かが跳ねるたび、僕のお腹に鈍痛が走った。

 喉奥からせりあがる呻き声と共に目を開けた。


「しゅう、様」

「おはよー」


 にぱっと笑うしゅう様は満足そうだ。

 乱暴に起こされた身としてはちっとも面白くない。布団もない木床で横たわった体は節々が痛かった。


「何が面白いんですか」

「んー? 氷汰の顔?」

「はぁ」

「ほらっ、あれ。好きな人の顔って何見ても飽きないってやつ?」


 ふふんとどや顔で言うしゅう様。

「そうですか」と適当な相槌を打ち、立ち上がる。

 思うところはあったけど、それよりも気になることがあった。


「ここ、どこですか」


 昨日からの記憶があんまり残っていない。

 森に囲まれ、鳥たちのさえずりが寝起きの頭にキンキンと響いている。

 多分、山奥なのであろう。


「わたしの家、みたいなものかなー」

「家、ですか」

「敬語」


 注文が多い神様だった。

 せっかく敬ってるのにね。


「……なんで僕はその家にいるの?」

「わたしが連れて来たから」

「また誘拐?」

「君も抵抗しなかったじゃん」

「抵抗する元気もなかったからです」


 ちゅんちゅん、ちゅんちゅん。

 正直今も体が重い。鳥の歌がこんなにも耳障りなのは頭がろくに働いていないせいだ。

 痛む頭を鎮めるように頭をがしがし掻いた。


「そっかー」

「どうしたいのさ。こんなとこつれてきて」

「……怒ってる?」


 しゅう様が途端に上目遣いになって、口調も弱弱しくなる。

 僕はこの語りに弱かった。素直に拒絶出来る強さがなかった。

 その目を、その声色を耳にすると、僕は彼女を遠ざけることが出来ない。


 親に置いて行かれた雛鳥の如き不安げな足取り。

 自分の居場所はどこだろうかと彷徨い、見つからない予感に胸が苦しくなって孤独死してしまいそうな寂寥(せきりょう)感。


 その姿はどうしても僕と重ねてしまう。


「怒っては、ない」

「ならよかった」


 ぴと、と抱き着かれる。

 引きはがすことは出来なくて、だけど受け入れることも出来なくて、されるがままになるだけだった。


「でも、また秋に怒られるよ」

「だろねー」

「いいの?」

「かくれんぼ、だよ。わたしが見つかるまでの、ね」


 口角を上げるしゅう様。ふふーんと楽し気に頬を緩める姿はやはり子供だ。

 きっとこうやって誰かを困らせることなどしたこともないのだろう。

 彼女は神様だ。同時に、人間にとって都合の良い道具だ。

 敬われているのは豊野家に過ぎず、実豊町に生きる人たちが本当に祈るのは豊野の姫である。


 僕に抱き着いて、熱さえ感じられる彼女の体は道具でもなく本物だ。

 幽世じゃなくて、ちゃんと現世に生きている生物だ。


 だから、僕は彼女を突き放せない。

 秋の姿をしているからってのは関係ない。可愛らしい女子供の姿をしていることについては影響もあるだろうけど、無視できないのは誰だって同じだと思う。


 見えないから、誰も気にしない。


 聞こえないから、誰も話さない。


 触れないから、誰も過ごさない。


 人間じゃないかもしれないけど、彼女は生きている。


 だから、僕たちと同じで僕たちと同じように扱われるべき存在だ。

 それでいて彼女はヒトにふさわしくない力を持っている。


 だから、僕は惹かれた。その矛盾とあり得ない存在に。


「でもさ、すごいよね、あきは」

「なんで」


 しゅう様が弾かれたように顔を持ち上げる。

 何かに気付いたみたいだ。


「かくれんぼは終わりみたい」


 呟きに応えるように、石畳を蹴る音がいくつも聞こえてきた。

 特徴的な白木の下駄の音。


 かっかっかっとリズミカルに響く木音は誰が来たかとても分かりやすい。


「氷汰!」

「お兄ちゃん!」


 ……けど、流石にもう一つは予想外だった。


「……秋に、栞?」

「はぁ、はぁ。栞ちゃんが連絡をくれたんです。ここで私と同じ人影を見たって」


 そうか。小学生が掃除をしていたって。

 しゅう様の住む本殿がここにあるのを知ってたんだ。


「──わたしが見えるの?」

「……見える、よ?」


 あきが困惑したように尋ね、栞が困惑しながら答える。

 栞の困惑は理解できる。

 栞にとって気の合うお姉さんが二人も居るのだから、そりゃそうだろう。

 だけど、それよりも──


「見える……?」

「ええ、栞ちゃんは見えてます。もちろん私も、そして氷汰も」

「──お兄ちゃん、ずーっと帰ってこないし」


 むーっとむくれる栞からはやっぱり後光がさしていた。なんか陰ってるけど。多分怒ってるよあれ。


 ……そうか、後光だ。


 霞さんは霧。秋は紅葉。僕の瞳に映る幻視があった。


 今になって点と点が、過去の疑問が氷解していく。


 鳴の鎖、小枝の柳、楓の星。


 きっと、僕がオーラの見える人はしゅう様みたいな人に親和性があるんだ。


 見えやすくなるというか、見える才能みたいなものが。僕はその才能的なものを見えるだけってこと。

 ……でも、そうだとしたらしゅう様が常に見えてるってことで、あの儀式でしゅう様が躍っている姿も見えたっておかしくない。


「で、どういうつもり? 氷汰ならわたしのモノだけど」

「ふふ。まさかしゅう様と意見がすれ違う時が来るなんて、思いもしませんでした」


 和やかに笑う秋が薙刀を取り出した。

 目が笑ってない。どうやら秋も怒ってるみたいだった。

 それ以上は語るに及ばず。彼女は突き抜けた正攻法で、僕を取りに来たらしい。


 正直、どっちの許諾もとっていないんですけど。そこの所どうでしょうお二人さん。

 なんて、聞けるはずもなく。


「ふぅん。ってことは、ヤるの?」


 しゅう様もまた、虚空から薙刀を生み出す。

 一触即発の雰囲気に、僕と栞がそろりそろりと二人から距離を取る。


 二人が女の子だとしても、かたや町の統治者、かたや神様。

 どっちも下手に触れようものなら丸焦げである。


 辺り一帯を焦土にするぐらいの気迫が本殿を満たしていた。

 神域でなんてとばっちりな、と言いたいところだが、片方はここの神様で、その神様があんなだから止めようもない。

 何より──


「……氷汰」

「は、はひ」


 絶対零度が僕に刺さる。


「どうしてまた神様なんかにほいほいついていってるんですか。再三いいましたよね。貴方は私のモノだと。いくら神様とはいえ、私も貴方を譲るつもりはありませんし、それを体に教えるために付きっ切りで看病してあげていたのに、貴方は恩も知らない鳥ですか。鶴の恩返しだって、バレるリスクを冒してでも恩を返したと言うのに。朝起きたらまた居ないなんて一体なんですか。トラウマでも植え付けたいんですか。そんなに攻め気のあるかたでしたか? 貴方が望むなら受けに回るのもやぶさかではありませ────」

「あー、あー。落ち着きませんか! 神様もドン引きだし、何より栞が泣きそうなんでストップで!」


 また暴走してるよ? 人の目って知ってる?

 栞が目に入らないの? 秋の豹変っぷりに泣きそうだよこの子。


 秋の長文を聞く度に色々台無しな気がしてくるんだけど? やぶさかじゃないって何!?


「……続きは帰ってからにしましょうか。確かに今は、あの女狐切り捨てるのが先ですから」

「──随分言ってくれるじゃーん。それにいーの? 彼氏さんにあんなこと言っちゃって。捨てられちゃうかもよ?」


 しゅう様がニヤニヤと秋の心を突っつく。彼女の剣幕に押されたとはいえ、精神的優位は彼女の方が上だ。そもそも存在の格が違う。

 何が出来るかは僕も知らないけれど、ここは神様の本拠地だ。外ではできなくてもここでなら出来ることもあるだろう。

 だから、しゅう様は強気に挑発する。

 でも、豊野秋はやっぱり豊野秋であることをしゅう様は忘れていた。


「だから何か?」

「え?」

「私が氷汰をモノにすると決めたのです。周りにとやかく言われようと、それが氷汰に言われようと──ふふ、私は彼を手放すつもりなんてないですよ?」


 ──これである。

 僕の主張なんて聞いちゃくれない。聞いてくれても秋の気まぐれで全部ひっくり返るのがオチだ。でも、それが豊野秋だ。


「えへ、忘れてよ。豊野の姫ってみんなそんな感じだったねぇ」


 みんな。ですか……。やっぱり星真さんとはいい酒が飲めると改めて思った。

 同じ苦労人的なあれを共有する仲間として。


「御託はいいです」


 秋が薙刀を構える。付け替えられたばかりのLEDの照明が銀の刃をより輝かせている。

 続きはこれで語ろう。そう言っていた。


「……そうだね。力づくで手に入れるのが、君達だもん。いいよ、相手したげる」


 しゅう様もまた薙刀を構えた。

 どちらも同じ見た目で、同じ得物を持って、同じ構えを取る。


 今更になって二人は何が違うのか、分からなくなる。

 僕は二人に心を惹かれている。どっちがどのくらいかなんて、明言できない。


 だって二人を比較なんて出来るはずがない。一人は幽世、一人は現世。

 立っている場所から違う。


 どっちが可愛いかと聞かれても困るくらいどっちも可愛いと思うし、方向性も違う。

 僕のタイプで決まると言うなら、どっちもタイプだと思った。こんなことを馬鹿正直に口にしてしまえば、二度と栞が口をきいてくれなさそうだけど。


 でも。でもだ。強いて言えばの話。


 僕は少しだけ秋に寄りかかっている自覚がある。


「氷汰」


 僕の思考を銀閃が縫い留める。

 はっと顔を持ち上げれば、ほんの少し顔を曲げた秋が目線だけを向けていた。


「…………」

「言いましたよね? 貴方は私のモノですと」

「肯定してま──」

「だって」


 秋の鋭い声が僕の言葉を塗りつぶす。肯定も否定も、動作全てを許さない意志。

 細筆で丁寧に描いていた絵に、思い切りインクをぶちまけたみたいだ。


「そっちの方が、好みでしょう?」

「…………」


 答えは出なかった。否、封殺された。反論の余地すらない断言だった。

 僕は豆鉄砲喰らったみたいに固まって返事すら忘れてしまう。


 けれど、秋は満足したのか微笑む。

 そして、僕を見ることなく薙刀を持つ手に力を込め、目の前の神様を睨んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ