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一蓮托生

窓から見える三人の男女。

ゆらりゆらりとそびえたつイマジナリーな柳の前に立つ九原小枝と、ちょっと黒みがかった幻の星を瞬かせる九原楓。

姉妹二人にになじられる信藤鳴は相変わらず足元を幻想の鎖で縛られている。


しゅう様が居たからか、随分とみんなのオーラがはっきりと見えていた。

多分、まだ頭がふらふらしているからだと思う。

でもこれ以上秋の膝枕にお世話になるのもごめんだった。


「どう思います? あれ」

「……どういう答えを期待してるのさ」

「いえ、世の中にはリア充爆発しろ、なんて言葉があるらしいですね」

「自分で言うのも大概だけど、僕らも爆発する側だねきっと」

「あら、充実していると? 確かに、美少女二人から迫られるのは──」

「あーも、ごめんって」


どうやら藪蛇らしい。

また秋の口車がミキサー並みに回り出すのを口で塞ぐ。

淑女的な秋のイメージが崩れるのは色々と駄目だと思うんだ。


「……」

「わっ!?」


手の平に走るぬらりとした感触。思わず手を離せば、小さく舌を出した秋が悪戯に微笑んでいた。

まったく躊躇のない反撃に僕は大人しく肩を竦めて降参を告げた。

多分、僕は秋に一生勝てないだろう。昨日のあれが多分今生で最後の勝利だと思う。


「面白いですね、氷汰は」

「……面白がってくれたなら良かったよ」


正直今後どうなるか一ミリも想像がつかない。僕と秋についても、僕らを取り巻く環境も。

そして、行き違いすれ違っている窓に映った三人も。


「でも、悲しいとは思うかもね」

「ええ。自由とは大概ろくでもありません」

「……秋が言うと重いね」


秋があっさりと断言する。

自由に出来るモノが数えるほどしかない秋が言うからこそ、その言葉は僕に響いた。

僕に許された自由は多い。この町に来るか否かも僕の裁量に委ねられていた。

選択肢が絞られることすら自由でないというなら、話は別かもしれない。


「ええ。今も私は唯一の自由に振り回せれ、心を乱されているのですから」

「耳が痛いよ」

「責めてはいません。私の自由である以上、良いことも辛いこと受け入れる覚悟が出来ているのです」

「──」


秋は豊野の姫として生まれた瞬間から、人生のロードマップが定められていた。

豊野の巫女としての教育を受け、高校卒業までに婚約を相手を決めるのだとか。

つまり、彼女に自立という言葉は事実上存在しない。

今まで誰かが作り上げて来たものを受け継ぎ、当主となる。


実豊の地を正しく継承し、同じく子へつなげるためだけに、彼女は生きている。


「面白い、と私は思ったのです。まさか、私が武芸の心得もない男に負けるとは思いませんでした。ましてや、恋心に動かされて負けたのですから。尚のこと」

「……秋」

「いつもは流されてままでいながら、時に刃を逆立て抗う貴方を──欲しいと思ったのです」


よくよく考えてみれば、その言葉は彼女にとって本心から飛び出た初めての告白だったかもしれない。

僕が受けた告白は、彼女にとっても仮初だった。

けど、あの時はその方が都合が良かった。でも、今は違う。


だけど……だけど同時に、頷くことも出来ない。


「そっか、ありがとう」

「……卑怯ですね、氷汰は」

「そうかな」

「ええ……とても」


だから僕は、答えをぼかした。いつも断言をする秋の恋人にふさわしくないとは思う。

でも、僕が彼女にふさわしい男になれるとも思わないのだ。


ましてや、僕が親元から離れた時点で地に足を付けられた感覚はない。

ずっとずっと、僕はふわふわ浮いたまま、異国の地のような閉じた世界で間借り暮らしをしている。

……居場所なんてどこにもない。


僕みたいな道化にはお似合いだろうさ。


「あれ、いつまで続くと思う? 僕、あそこに割入りたくないけど」

「それも、氷汰が呑んだ自由の重み……ですよね?」

「世の中重いものしかないや」

「私を選ぶとは、そういうことです」

「かもね」


苦笑する。

どうやら、僕の人生はハードモードになってしまったらしい。

精神的にならまだしも、刀傷を始めとした物理方面でもハードなのは勘弁してほしいな。

悪い気がしないのも事実なんだけど。


山場は乗り越えたと思ってるしね。


……よね?


もう命のやり取りはしない……はず!


「ともかく、彼らが苦しものも彼らが選んだ道です」

「手厳しいね全く」

「そうやって悩めることも贅沢でしょう」


机の上に投げ出された赤本を撫でる秋。

きっと彼女の学力なら、お金を用意してどこか外の大学に行くのも簡単だろう。

個人口座もあるって話だし、案外一番自由を手にし易い立場だったりする。


そう聞くと、玉の輿に乗ってるよなぁ。

是非とも譲り──たくもないか。


こんなんだから面倒になってるんだけど、僕も未だ答えを出せていない。


「逆に考えればあそこに割入ることは助け舟にもなるのか」


口にしながら考えて、鳴は僕を助けてくれなかったから放っておいてもいい気がした。


「そうとも取れますね。受け取り方次第です」


窓の外を覗く。

陰のある星と背の低くなった柳、腰元まで上り詰めた鎖が見えた。

相互作用で自滅するのは勘弁してほしい。


両手で両肩をさすりながら震える鳴は寒そうだ。

コートを持って行ってやれば貸し一つ作れるだろうか。

……いや、さっき助けられた分でプラマイゼロか。ま、それでもいいや。


「──いこっか秋」


立ち上がり、扉に手をかけながら秋を誘った。

別に、難しいことはしないのだから悩んでいるほうが可笑しいんだ。

立ちすくむ足に言い訳をした。


「あら、珍しく大胆ですね」

「そう? 最近は大胆ばっかりな気がするけど」


学校に乗り込んでくる奴然り、遠慮なく真剣振るってくる奴然り、人を誘拐してくる奴然り。

体がいくつあっても持たない気がする。

それに比べれば……楽か。


「ふふ、私好みですから歓迎ですよ」

「……じゃあ行かないでおこうかな」


なんだか面白くなくなるじゃん。


「いくじなし」

「はいはい、行きますってば」


軽い応酬。

秋なりに僕の覚悟を支えてくれているのだと分かれば、大したことはない。

ささやかながら、楽しい時間だと思うんだ。


「とっとと行くからね」と言い残し、階段を駆け下りる。

軋む階段はいつ踏み抜いても可笑しくないくらい悲鳴を上げていた。

老体を労れと怒られている気がする。


知らないね、屍乗り越えてこそ若者だろと内心で笑っておいた。

老体の悲鳴は聞こえなくなった。


紐をほどくことなくスニーカーに足を突っ込み外へ出る。


「お三方さん、元気?」

「……お、氷汰か。終わったのか?」

「見えなかった? さっきしゅう様が飛び降りてったよ」

「え? どこからです?」

「窓から」

「まど……? みえなかったけど」


さっき鳴たちを見下ろしていた窓を指さす。

三人とも口をぽかんと開けて窓を見上げていた。


「え、嘘ですよねせんぱい」

「ほんとだけど」


元々しゅう様はみんなに見えない。

さっきは鳴がたまたま見えていたけど、見えない可能性も十分にあるんだから。

見逃す以前に、視界に映っていない可能性は十分にあった。


「ま、なんでもいいや。オレの家なんだ、早く帰らしてくれや」

「別に追い出してないけど」

「逃げ出さざるを得なかったんだよ!」


気持ちは分かるけど。

逃げ出された側として素直に認めるのは癪だ。


「見たかったなー修羅場―。せんぱい、再現してくれないです?」

「やだよ。秋に頼めば」

「あら、随分酷いこと言うんですね」


楓の言葉に軽口で答えれば、いつの間にか背後に立っていた秋が僕の手を握りながらにこりと笑う。


「げ」

「げ、とはなんですか」

「なんでもないです」

「怒ってないからいいですよ。代わりにこのあと付いてきてくださいね。豊野家の客人が攫われたままでは面子にかかわります。一度連れて帰らないとなりません」

「断ったら?」

「兵糧攻めでしょうか」

「ここは現代日本ですってば」


だから貴方どこの時代に生きてるんですか。


「それに……」


秋が繋いでない方の手を僕の額に当てる。

けっこうつめたい。


「熱、ちっとも引いてませんよね?」

「それはー……」

「引いて、ませんよね?」

「はい」

「しんどい、ですよね?」

「……はい」


今ばかりは虚勢を張れる程元気じゃなかった。

一度秋に体を預けてしまっている以上、二度同じことをやらかせば後が怖い。

ワンチャン監禁されるんじゃないでしょうか。いやだよ隔離生活とか。


「ですから、恋人として看病しないとなりません」

「はぁ」

「挨拶も澄ませたのですから行きますよ。先程電話も来ました。一分もすればくるそうです」

「……うっす」


ぐいぐいと引っ張られるまま僕は秋に連行される。

三人はぽかんとしたまま僕らを見送っていた。







「なぁ。オレら、何見せられてたんだ?」

「念願の修羅場! ……に見せかけたイチャイチャ?」

「恋人自慢?」

「もうどっちでもいいや……」


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