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閑・甘い誘惑、苦い束縛

「退散退散っと……」


絵にかいたような修羅場を目撃したオレ──信藤鳴はスタコラと撤退。

我が親友であり、相棒である男を生贄に自分の家から生還してやったのさ。

……オレの家、なんだよなぁ。


ハーレムものは憧れがあったが、あんな一癖二癖、いや三癖以上ある女を二人相手するなんて無理に決まってら。オレぁ逃げるね。やることだけやったらとんずらだ。

それもそれで酷いけどな……。


まともに相手してるだけ氷汰の方が……いや、悪いのは優柔不断なアイツだろ。

少なくともオレがオレの家から逃げ出さないといけない理由はアイツしかない。


「ったくよぉ……」


木々も寒い寒いと落ち葉を降らす時期だ。寒空の空気に身震いする。

慌てて飛び出してきたから上着も何もない。白T一枚の頼りない装備、防御力1もねぇ。


せめてパーカーぐらいはひっつかんでくるべきだったと後悔する。

けど、この肌寒さと修羅場に居合わせる気まずさは比べるまでもない。

あんな姫様を前にするよりは、こんな寒さへっちゃらだわな。


「羨ましいっちゃ羨ましいがねぇ」


実豊が誇る美女が一人どころか二人だ。なまじ容姿が一緒なせいでこんなことになってるんだろうと思うが、オレの知る限り氷汰は姫さんにゃ惚れていなかったんだよなぁ。

むしろ最近じゃ秋が氷汰にゾッコンて感じだしよ。


むしろ薙刀持ち込んで振り回さなかったのが驚きなくらいだぜ。

刀傷沙汰はごめんだからな、血の掃除とかヤダし。


まー、あの人は薙刀持ってなくても全然コワイ。なんだよあの剣幕。

てか血の一滴までって……。姫さんがヤンデレ属性をお持ちだとは思わなかったっつの。

…………アリっちゃありだけどな。


「……おん?」


ぱしぱしぱしぱし。

落ち葉を踏みしめる乾いた音が聞こえてきた。音数的に一人じゃねぇ。


「鳴にぃーー!」

「……オレに連絡したならアイツらもくるか」


来たのは小枝と楓だった。

楓がオレを見つけてぶんぶん手を振ってる。萌え袖になってるダッフルコートのぶかぶかさがイイ。

あー、今日も楓はかわいーなー……。動きやすさを重視してか今日は姉妹揃ってポニーテール、ゆらゆらしてらぁ。

元気ハツラツって雰囲気と低身長の噛みあいがイイんだわ。あと割と揺れるやつもな。

ちっさいのに、そこはちゃんとあるのも……な?

多分、氷汰は頷いてくれるだろ。たぶん。

小枝? アイツは制服だよ可愛げなしだ。ギャップが足りねぇ、出直してこい。


んなことはよくて。

本気で「妹さんを下さい」交渉、ありだと思うんだよな。

ほら、「娘さんを僕に下さい」より気持ち楽そうじゃね?

妹さんだから、これ頼むの小枝だし。テストの過去問チラつかせたらよゆ──いや、アイツは頭いいんだよ……。

どっちかというと過去問は楓の方が喜ぶ奴だ。……慕われる風紀委員が赤点常習犯なのも問題だけどよ。


「おう、遅かったな。間に合っちゃいるが、手遅れでもある」

「それどっちなの」

「修羅場になったってことだな」

「えー! 見たかったー!」

「一応人の不幸だぜ?」

「鳴にぃは見たの?」

「あぁ。姫さんを敵に回すのはやっぱヤベェって思ったわ」


それはもう、な? 

あの恐ろしさを伝えるために感慨深く頷いてみたりする。


「あの温厚な秋せんぱいが……!?」

「正直氷汰絡みで温厚な秋を見たことが少ないけどな」


理屈派の小枝はあんまり分かってくれないけど、けっこー感覚派な楓はオーバーリアクションで同調、反応してくれる。こういう素直な反応が愛されキャラたる由縁(ゆえん)ってやつだ。


「恋する乙女は、止められない」

「別に恋してたら免罪符にはならねーよ?」

「メンザイフ?」


一応中学で習ったはずだと思うし、結構有名なはずなんだけど。

まぁ、楓だから仕方ないってなる風潮が出来てしまってる。

小枝もめんどくさいらしく我関せずと無表情だ。……無表情はいつもか。


「楓はもうちょい勉強頑張ろうな。特に暗記」

「いーやーでーす!」

「とのことですが、そこのところどうですかお姉さん」

「……ま、貰い手いるし。嫁入り修行だね」

「どこの馬の骨とも知らない奴とは嫌ですよ!」

「どうせ好きなのは知ってる人でしょ」

「それはそう!」

「え、楓好きな人いるのか!?」


やめてくれ、オレの偶像が……! 青春が崩れる!


「……どう思うおねぇ」

「脈アリなの分かってるくせに」

「そーなんだけどぉぉ……!」

「おい、コソコソするなって! 教えてくれ!! ──居るのか! 居ないのか!」


二人そろってそんな耳元で喋られちゃ聞こえないだろ! 

オレが処すべき相手がよ!


……いや、楓を与えても十分な相手なら、涙を呑んで受け入れるべきか……!?

そうだ! だからこそオレはその好きな奴とやらに会わなくちゃならねぇ!

不十分なら処す!


「鳴にぃには教えませんー」

「自分で考えた方がいいよ、ぼんくら頭で」

「小枝は辛辣すぎやしねーか?」

「いっぺん死んだ方がいいとは思ってる。女の敵、いい加減あのブラックボックス捨てろ」

「辛辣だろやっぱ」


相変わらず小枝の口は悪いけど、こんなやりとりが出来るのも我らが姫さんのおかげだ。

だから小枝も秋にはあんまり強く言わないし、秋の頼みなら常識の範疇──その範疇外でも聞く。

ん? ブラックボックス? あれは宝庫の間違いだから知らねぇよ。


そのくらい慕われる秋を怒らせるんだから、やっぱ氷汰は素質あるよなー。


「ち、ちなみにだけど鳴にぃ」

「おん?」

「外の大学受けるって話、ほんと?」


いつもは目を合わせてくれる楓が俯きがちに聞いてきた。

そして、質問は教えたつもりもないデリケートなヤツ。漏らしたのは氷汰か? いや、ねーな。氷汰が赤本を見たのはつい最近だ。しかもそれ以降は一生誰かに振り回されてたし。

そんな話が出来る余裕もねぇ。


「それ、誰から聞いたんだよ」

「え、えっと。鳴のお母さんから……」

「おふくろかよ……いらねぇこと言いやがって」

「あ、違うの! あたしが、あたしが聞いたの!」

「楓が?」


初めから知ってたみたいな言い方だ。おふくろに聞いたのはあくまで確認ってか?

それこそ、余計謎だろ。なんで知ってんだ。


「それを言うなら、楓は悪くない。……アタシのバイト先知ってるでしょ」


確かに、小枝は町の本屋でバイトしてる。

でも、オレが買う時は小枝が店番をしていない時を見計らって────


「店長が不思議そうにしてた。勉強好きでもないのに難関大学の赤本買ってた、ってね」

「この町ほんとプライベートねぇよな。個人情報は守られるべきだろ」

「氷汰みたいなこと言わないの」

「へいへい」


まあ、バレるのは時間の問題だったのは否めない。

だけど、出来れば引き返せないタイミングまで粘りたかった。


「で……あの! 鳴にぃは……」

「……あぁ、そうだよ。外の大学受けるつもり」


正直赤本を買った大学は無理だけど、東京なり大阪なり、都会にでれりゃ何でもよかった。

真面目に勉強すれば中堅は狙えると先生からも太鼓判を押されている。

後は、テストで適当に低い点を取って馬鹿を演じてりゃおしまいって寸法だ。


オレと付き合いが浅い氷汰はまんまと引っかかった。

秋も見る目はあるが、自由意思を尊重してくるタチだから言ってはこねぇ。

となりゃ、オレの周りでうるさいのは幼馴染の姉妹二人になるわけ。


「……なんで?」

「そりゃ、こんな田舎くせぇ町願い下げなだけだ。オレぁもっと自由なところに行きたいんだよ」


田舎の坊主の温い青写真なことは承知の上。

でも、このままいたらダラダラと退屈で平坦な道に縛られるのは分かってた。

それに、だ。


「でもさ! ……ほら、鳴にぃならお見合い相手とかおねぇでしょ? いいじゃんおねぇ、優しいし、美人だし! ……スタイルもいいし!」

「…………」


だから。とは言わなかった。

町一つで完結してるが故に、男女の付き合いってのもまぁ狭い。

秋んとこのお母さん──霞さんも十代で子供産んでるのは世間的に爆速だろう。

だけど、この町じゃ十代で結婚ってのは割とある。二十代前半でよっぽどのことがない限り年の近い奴とくっつけられる。


外の世界の自由さを知らないが故に大抵の奴はそれを受け入れるし、この人と付き合うんだって先入観を与えれやれば嫌いでもない限りくっつくまでは上手く行く。


「ま、悪かねぇな」

「上から目線やめて」

「お前も嫌とは言わねぇじゃん」


別に、それはいいと思ってる。

独身嫌だしよ。


だけど、オレの親と九原のとこの親は仲が良い。

結構前から()()()()雰囲気になってるし、向こうの両親はオレなら安心して店任せられるってすっかりその気だ。


「ひゅーひゅー! ってやつですか!?」

「……楓」

「はいはい、うるせぇよ」

「いいですよ! 青春って感じします!」


やめてほしい。

九原の爺ちゃんから受け継がれてきた店を持つって? ばかばかしい。そんなの、重すぎんだろ。

オレのルートはほとんど確定してる。


線路引かれるとかそんなレベルじゃない。仕事も、結婚相手も、住む場所もだ。

オレに残された自由はなんなんだ。


「少女漫画のみすぎじゃね?」

「だね。ちょっと姉として再教育が必要」

「ねぇひどくない!?」

「おー。時間かけて教育してこい」

「らじゃー」


だから、せめてもう少し時間が欲しかった。

…………今のオレに、久原の存在は重すぎんだ。

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