私のエッセイ~第百六弾:ボクサー列伝(4):ジャック・デンプシー ~ マナッサの殺し屋
皆さん、こんばんは! ご機嫌いかがですか・・・?
今宵は、久々にボクシングの話題です。
エミュ関連のエッセイは、また後日。
皆さんは、漫画「はじめの一歩」をご存じでしょうか?
この漫画の主人公、「幕之内一歩」が編み出した「必殺コンビネーション」・・・それが、「デンプシー・ロール」です。
実は、その技の名前の由来・モデルとなった、伝説のボクサーがいます。
それが、元世界ヘビー級チャンピオンの『ジャック・デンプシー(Jack Dempsey、1895年6月24日 - 1983年5月31日)』。
『アメリカ大統領の名前は知らなくても、元世界ヘビー級チャンピオンのジャック・デンプシーの名前なら、知らない者はいない。』
・・・有名なフレーズです。
デンプシーは、狂乱の1920年代・・・獰猛な闘争本能で全米を熱狂させた、ボクシング界の英雄です。
そのボクシング・スタイルは、「官能的」ともいえるほど攻撃的で、対戦相手を震え上がらせ、見るものをとりこにしました。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
そんなデンプシーも、デビューしてしばらくは、無一文の放浪生活のようなボクサー生活でした。
「・・・奥さん、何か食べさせてください。薪割りでも、なんでもやりますから・・・。」
安いファイトマネーだけでは食ってゆけず、彼は、生きるために、まるで物乞いのように食事を求めて、さまようこともありました。
次は、その貧しい時代を振り返っての、デンプシーの言葉です。
「・・・試合に出ても、スズメの涙のような、はした金。腹が減りすぎて、11回もダウンを食った試合もある。立ち上がらずにそのまま寝ていれば楽になれるんだが、勝ったときにもらう、わずかな報酬がほしくて、なんとか立ち上がったのさ。 ・・・二日もメシにありつけないと、あんたにも、俺の気持ちがわかるよ・・・。」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
そんな折、知人を介して知り合った、ジャック・カーンズというマネージャーと仲良くなり、やがて彼からデンプシーに電報が届きます。
「シアイアリ、スグコイ。」
・・・なんと、汽車賃の手配までしてありました。
彼は、感激します。
なぜなら、その頃は、たとえ試合をしても、ファイトマネーをもらいはぐれることさえ、あったからです。
それからというもの、マネージャーのカーンズが、強引に試合の注文をとってきます。
デンプシーは、それを片っ端から、KOで片付けます。
・・・そしてついに、時の世界ヘビー級チャンピオン、「マン・マウンテン」こと、巨漢の、「ジェス・ウィラード」へ挑戦の運びとなります。
このウィラードは、当時、白人の憎悪の的となっていました、黒人初の世界ヘビー級チャンピオン、「ジャック・ジョンソン」を、キューバのハバナで、26ラウンドKOで破り、いちやく「全米の神様」となっていました。
この、カウボーイ上がりの、6フィート6インチ(=約198cm)の大男は、試合をせずに劇場で挨拶をするだけで、超満員の人気。
5年というもの、誰も挑戦者が出なかったものですから、当然、態度も大きくなっています。
ところが、ついに現れた!
それも、とびっきりのスゲーやつが!!
~ ~ ~ ~ ~
・・・試合当日。
リングに上がった両戦士を見て、観客は失笑します。
「大人と子供」
まさに、そのくらい、二人の体格差、身長差があったのです。
デンプシーは、身長185cmでした。
ところが、試合が始まると、観客は度肝を抜かれます。
余裕ぶっこいて、半笑いでデンプシーのパンチをいなしていたウィラードに、強烈な四連打のフックが襲いかかります。
たまらず、ウィラード、プロ入り初のダウン。
ヨロヨロと立ち上がるウィラード。
レフェリーを見ながら、まだ苦笑いなんかしています。
そこへ、デンプシーの猛攻。
コーナーに追い詰め、情け容赦のない、フック・アッパーの、嵐のような連打。
・・・のちに、『トレドの惨劇』と異名をとる、有名なシーンですね。
それでも立ち上がるウィラード。
襲いかかるデンプシー。
当時、相手をダウンさせたとき、現在のように「ニュートラルコーナーに下がる」というルールは無く、ダウンさせた相手が立ち上がった時点で・・・正確には、マットから膝が離れた瞬間から攻撃してもよい、というルールになっておりました。
ウィラードは、初回に、いきなり7回ものダウンを奪われ・・・3ラウンドまでがんばりましたが、途中棄権。
デンプシーが、新チャンピオンになりました。
その後彼は、ジョルジュ・カルパンチェ、ルイス・アンヘル・フィルポ、ジャック・シャーキーなどをKOで下し、ついに、「戦う海兵」こと、ジーン・タニーとの防衛戦に臨みます。
結果は・・・判定で、タニーの勝利。
再戦しますが、有名な「ロングカウント事件」もあり、タイトル奪還はなりませんでした。
でも・・・リングを降りる彼には、観客からの、おしみない、総立ちのあたたかい拍手が、いつまでも降りそそぎました。
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では、彼に関する、おなじみのYouTube動画を紹介しまして、今回のエッセイを閉じたいと思います。
ここまでお読みくださって、ありがとうございました。
m(_ _)m
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
1.『ジャック・デンプシー VS ジェス・ウィラード (1919年)』
→ UP主様は、「sportnotv 4」様。
2.『本物のデンプシーロール! 幕之内一歩の必殺技、元祖であるジャックデンプシー、その勇姿がここに!!』
→ UP主様は、「アオっくの超格闘技考察」様。
3.『'The Legendary Champions' (1882-1929) - Documentary』
→ UP主様は、「ibhof2」様。
ここの、59分10秒から、「トレドの惨劇」の、もう少し詳しい映像があります。
これは、ヘビー級の黎明期のチャンピオンを扱ったものなんですが、デンプシー以外にも、あとでエッセイを立てる予定の「ジョン・L・サリバン」、「ジェームズ・J・コーベット」、「ボブ・フィッツシモンズ」、「ジェームズ・J・ジェフリーズ」、「ジャック・ジョンソン」、「ジェス・ウィラード」、「トミー・バーンズ」、「ジーン・タニー」などの、いにしえの名チャンピオンの試合の模様も収録されています。
ただし、「サリバン」の試合で、「ベアナックル時代」のものは、写真が残るだけなんですよネ・・・。
では・・・。
m(_ _)m




