第九十八話:彼女の残したもの
「「……………」」
寺から出て、少し黄昏ていると向こうから見たことのある人達がやってくるのに気付き、俺は無言で会釈をした。すると、向こうも俺に気が付き、同じように無言で会釈する。
「あの時はご挨拶もできずに申し訳ございません。私は優梨奈の父です」
「私は優梨奈の母です」
「…………如月拓也です」
「生前は優梨奈が大変お世話になりました」
「いえ…………僕の方こそ、優梨奈さんにはよくして頂いて」
「優梨奈はいつもあなたの話をしていました。それはそれは嬉しそうに」
「………………そうですか」
「あの……………これ」
そう言って優梨奈の父親が恐る恐る渡してきたのはハートの形をした箱だった。俺はその意図が読めなかった為、訝しげに優梨奈の父を見た。
「遺品を整理しようと優梨奈の鞄を開けたら、それが出てきて……………その中に入っているものは生前、娘が一生懸命作っていたものです」
「優梨奈が…………?」
俺は開けてもいいかを確認し、優梨奈の両親の了承を得るとゆっくりとその箱を開けてみた。
「っ!?」
すると、そこから出てきたのは少し割れているハート型のチョコレートだった。そして、そこには一枚の手紙も同封されていた。
「おそらく娘はあの事故に遭う直前、あなたにこれを渡そうと思ったのでしょう。そこにどんな意図があるのかはあえて知ろうとは思いません。ですが、これだけは絶対にあなたに持っていて欲しいと思い、お渡ししました……………どうか、娘の想いを受け止めてあげて下さい」
そう言って頭を下げて去っていく優梨奈の父。その後には同じく、こちらに頭を下げていた優梨奈の母が続いていた。
「………………」
俺は彼らを見送った後、綺麗に折り畳まれた手紙を開き、それを読んでみた。そこに書かれていたのは優梨奈の俺に対する強い想いだった。俺はこの時、彼女がどんな想いで今まで俺に接してくれていたのかを知った。と同時に後悔もした。何故、もっと彼女の想いに寄り添えなかったのか…………何故、もっと彼女のことを考えてあげられなかったのか…………そもそも何故、彼女の気持ちに気が付かなかったのか……………
「うぐっ……………優梨奈………………」
途中から涙で視界が歪み、落ちた雫が綺麗な紙にシミを作っていく。そんな状態でも俺はどうにか最後まで読み切り、震える手でチョコレートを掴むとそれを口に運んだ。
「ううっ………………しょっぱい」
手紙には"とても甘く作ったのでお口に合うかどうか…………"と書かれていたチョコレート。しかし、この時食べたチョコレートからは一切の甘さを感じることができなかったのだった。
★
「ジャックさん、リリーさん……………ご報告が」
「何じゃ?」
「騒々しいのぅ」
「つい三日前…………葉月優梨奈が息を引き取りました………………おそらく、例のアレです」
「なんと……………」
「今回も止められなかったのか……………」
「はい。私の方でも最善は尽くしたのですが」
「因果なものよの……………」
「一体どうやったら連鎖は止められるのか……………」
「私は……………アレを知った日から、人生の全てをその研究に費やしてきました。私の代で終わらせてみせる…………あんなことを繰り返してはならない……………と。ですが、結局は何も変わっていません。私は無力なんでしょうか?」
「「……………」」
「ご安心を。別に心は折れてなどいません。今もなお、強い想いがここには渦巻いています」
「すまんの……………ワシらは何もできずに」
「全くじゃ。これじゃ、どちらが無力か」
「何を仰います。お二人はこの件に関して昔からご尽力されてきたではありませんか………………大丈夫です。まだ策は尽きていません。私は必ず成し遂げてみせますよ」
「おっ、その意気じゃ」
「その娘さんももしかすると、もしかするかもしれんしの……………」
「ええ。なので、待っていて下さい………………何年掛かろうが、この師走柚葉が必ずや良い知らせを持ってきます」




