第九十五話:真相
「そ、そんな…………」
「嘘でしょ……………」
優梨奈から事の真相を聞いた俺達は呆然としていた。その中でも最初に動きがあったのは神無月だった。神無月は力が抜けて立たないのか、フラついたと思った次の瞬間には床に尻餅をついていた。次は長月。彼女は驚きすぎたのか口を両手で覆って、固まっていた。
「……………」
「優梨奈が………………」
圭太は何かを考えているのか険しい顔をして黙り込み、クレアは震える声で優梨奈の名を呼び、自分で自分の身体を抱き締めていた。
「……………絶対に信じませんよ、そんな話」
「皐月?」
そして、皐月は沸々と湧き上がる怒りを言葉に乗せて呟き、次の瞬間にはそれが爆発して溢れた。
「私は絶対に信じませんから!そんな話は!!」
「お、おい皐月!」
「皆さんは今の話、信じるんですか!!」
「医者がそう言ってんだよ。信じるも信じないも」
「だって、優梨奈がですよ!?こうして、目の前で私達に笑いかけている優梨奈が!!ついこの間まで一緒に楽しく遊んでいた優梨奈がですよ!?」
「いや、それは…………」
「夏休みには色々なことをしたんですよ!?虫取りや別荘、海、キャンプ、夏祭り………………あんなに一緒に遊んだのに!それなのに……………突然、優梨奈が癌なんて言われて………………それで余命があと一週間なんて言われて………………信じろって、言うんですか…………………」
「「「「「………………」」」」」
俺達は誰一人として、皐月に何かを言うことはできなかった。何を言ってあげればいいのかが分からないからだ。おそらく、皐月だって医者の言うことが正しいことだとは分かっているはずだ。だが、人間には心が…………感情がある。はい、そうですかと簡単に受け入れられる訳がないのだ。こと命が関わることなら、尚更だ。ここにいる全員がこんなこと、信じたくないし受け入れたくはないんだ。
「私は絶対に嫌っ!!優梨奈とお別れするなんて、絶対嫌!!皆さんもそうですよね?」
皐月の声が病室に響き渡る。俺達は一度頭の中を整理したかったが為に誰もが口を固く閉ざし、黙り込んでいることしかできなかった。そんな俺達を優梨奈はただただ穏やかな表情で見守っていた。
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「そろそろ来る頃だとは思ったわ」
病院を出た俺達はそれぞれ考えたいことがあるということでバラバラに別れ、最終的に俺はクレアと二人きりになった。そして、気が付くと学園に向かい、師走先生を訪ねていた。この期に及んで先生が何とかしてくれるとでも思ったのだろうか………………いや、分からない。ただ、二人同時に先生の顔が浮かんだのだから仕方がない。
「分かっていたんですか?俺達が訪ねてくることが」
「ええ。なんとなくね……………あら?霜月さんは私の反応に対して、特に驚いてないわね」
「白々しい態度はよして下さい。先生は初詣で私と会った時、こう仰いました…………"この先、どんなことがあっても彼と一緒にいなさい。そうすれば、きっと大丈夫。あなた達なら、乗り越えられるわ"と。もしかして、先生は今回のことに対して、そう言っていたんじゃないですか?」
「何を言っているの?もし、それが本当なのだとしたら、私は未来が読めるってことになるけど?」
「どういうトリックかは分かりませんし、流石に先生にそんな非科学的な力があるとも思えません。ですが、先生の言った内容は私の引いたおみくじに書かれていたことと全く一緒なんです………………こんな偶然がありますか?」
「………………」
「先生、知ってますか?優梨奈、あと一週間しか生きられないんですよ?」
「………………」
「あんないい子がそんなことになるなんて………………あの子が一体何をしたっていうんですか。こんな仕打ちはあんまりじゃないですか。せっかく、事故は軽傷で済んでまたいつもの日常に戻れると思ったら……………先生。あなたが一体何を知っていたのかは分かりませんが、事と次第によっては……………」
「何かに感情をぶつけたくなる気持ちは分かるわ。でも、それは果たして葉月さんの望むことかしら?」
「っ!?」
「………………本当は君達みたいな若者の物語に私みたいなおばさんが口出しするのはよくないんだけど、言わせてもらうわ」
「……………はい」
「人間、生きてりゃ何かしらにぶち当たるもんよ。で、その大半が理不尽なことなの………………これは私が生きてきて、そう感じたことよ」
「………………」
「まず、この大前提があるの。おぎゃーと生まれて、人は皆、自分の幸せを追求して生きていくものなんだけど、幸せなんてそう簡単には手に入らない。もちろん、微かに幸せを感じる瞬間といったら、数多くあるかもしれない。でも、それは常に代償を支払ってる証でもある。"苦しみ七割、幸せ三割"。これは私の体感的なものだけど、ほぼほぼこんなもんよ。人生は数少ない幸せを手にする為に裏で一体どれだけの犠牲を伴うのか………………だから、私達は常に覚悟して生きていくしかないの。いつ何が起きてもいいように、極端に言えば今この瞬間に死んでも後悔しないような生き方が望ましいわ」
「………………」
「私からしたら、今あなた達がすべきことはもっと他にあると思うけど………………それこそ、こんなところで話している時間が惜しい程、沢山のことが」
「「先生…………」」
「別に悩むなって言ってんじゃないよ。でも、せっかく時間をいっぱい使って悩んで出す答えなら、自分達が絶対に納得のいくものにしなさい。それでもしも、また発破をかけて欲しくなったら、また来なさい………………私があんた達の先生でいる限りは待っててあげるから」
「「はい!!」」
「じゃあ、もう行きな。今はこんなとこにいる場合じゃないよ」
「「分かりました!ありがとうございました!!」」
「ああ!………………頑張れ、若人よ」




