第九十四話:宣告
「簡潔に申し上げますと……………癌です」
「癌…………ですか?」
その言葉も意味も元々知ってはいたけど、どこか別の世界の話のように感じていたからか……………自分がそんな状態に置かれていると理解するのには時間が掛かった。
「原因の分からない癌……………いわゆる、原発不明癌と呼ばれるものでして、どこから発生したのかが皆目見当もつかないというのが正直なところです。私もそう多く見ることはないです」
「そ、そうなんですか!?で、でもきっと大丈夫なんですよね?なんせ先生だってこんなに落ち着いて話されていますし……………」
担当の医師が淡々と話すのとは正反対にお父さんは非常に焦っていた。まぁ、そりゃ焦るよね。なんせ、娘が癌だって言われてんだもん………………あれ?それじゃあ、何で当の本人である私はこんなに冷静なんだろう……………
「残酷なことを言うようですが、もって一週間というところでしょう」
「「………………は?」」
医師の告げた事実に揃って開いた口が塞がらない両親。対して、医師はやはり淡々と話を進めていた。
「既にあちこちに転移しており、予断を許さない段階まできています。ステージで言うと……………5といったところです」
「「………………」」
「しかし、妙なんですよね。ここまでくると何らかの自覚症状があったり、身体に異変をきたしているはずなのですが、問診票には特に大きな病気に罹ったことも生まれつきの持病も存在せず、何の問題もなく日常生活を送れていると………………ここ最近で何か変わったことはありましたか?」
「いえ……………それこそ、今回の事故ぐらいしか」
「そうですよね。ですが、それは全く関係ないんですよ。さっきもお伝えした通り、後遺症も特になくかすり傷があっただけで。しかし、念の為に受けた詳しい検査によって今回、このようなことが分かった訳なんです」
「………………何で」
「はい?」
「何でそんなに平然としていられるんですか!!今、目の前にいるこの子が!!うちの娘が癌だって判明したんですよ!?なのに何故、さっきから淡々と話をすることができるんですか!!」
「ううっ、優梨奈がっ!!まさか、うちの優梨奈がっ!!」
私は感情を爆発させる両親と至って冷静な医師のやり取りをやけに俯瞰的に見ていた。本当にどうしてなのだろう?私は当事者なのに。一番感情が露わになってもおかしくないのに………………
「私の仕事は医師です。怪我した人がいるのなら、それを治療したり、何か違和感があって来院された方には親身になって話を聞いて必要とあれば、お薬を渡したり手術を施したりします。そして、今回のもその仕事のうちの一つです。私はプライドと誇りを持って、この仕事をしているんです。それに甘えたことや怠けたことは一度たりとて、ございません」
「あなたの仕事に対するスタンスなどどうでもいい!!こっちは…………」
「そちらの優梨奈さんだけに肩入れし、感情を出すというのは不公平だ!私は今まで今回のような患者さんに同じ態度で同じトーンで接してきました。それを崩したことはありませんし、今後もするつもりはありません。もちろん、お父さんのように仰る方は多いです。自分の大切な人が今回のような立場になったら、そうなるのも当然でしょう」
「……………」
「しかし、私は医師であり、これも仕事なんです!先程、仰いましたね?何故、平然としていられるのかと……………平然な訳ないでしょう!!毎日毎日、目の前で人の生き死にを見ているんですよ!これは人の持つ防衛本能です!毎度毎度、こうなる度に反応していたら、きっと私は心が壊れておかしくなってしまうでしょう。ですが、それだけは避けなければならない。何故なら、私にはまだ救うべき多くの患者さんがいるんです!!だから、私は………………」
「先生、分かりましたから………………私はもう大丈夫です。それから、父と母が大変失礼致しました」
「「優梨奈っ!?」」
そうだ。私が何故、冷静なのか……………それは現実感がまるでないからだ。今、ここにこうして元気に生きている私があと一週間で死ぬということが信じられないのだ。
「っ!?………………こちらこそ、大変失礼致しました……………私は自分が情けない。あなたは何も謝る必要なんてないんです。一番辛いのは当の本人であるあなたなはずなのに………………私は…………………お父さん、お母さん。取り乱してしまい、本当に申し訳ありませんでした!」
「いえ……………こちらもすみませんでした。それから、優梨奈もごめんな」
「ごめんね、優梨奈」
「ううん」
「………………先生、まだ聞いていなかったので一応……………優梨奈に完治の見込みは……………」
「………………こればかりはどうにも」
「………………そうですか」
「ううっ!優梨奈ぁっ!!優梨奈ぁっ!!」
医師が顔を曇らせ、お父さんが力無く項垂れる。そして、お母さんは力一杯、私に抱きついてきた。およそ、日常では見かけないこの状況にやはり私は…………………どうしても現実感がなかった。それと同時にこの時の私の頭の中にはみんなの顔が浮かんでいたのだった。




