第九十二話:病室
「「優梨奈っ!!」」
教室で優梨奈を待っていた俺に師走先生からの一報が入ったのは三十分前のことだった。"葉月さんが校門を出たすぐのところで車に撥ねられたらしい"……………そう、目の前で真剣に口にする先生。それに対して俺は思わず、ハンマーで頭を殴られたような衝撃を覚え、視界が揺らぐのを感じていた。
「しっかりしなさい!!辛くて苦しいのは葉月さんの方なのよ!!」
しかし、先生のその一喝により、どうにか平静を保った俺は帰宅途中だったクレアに連絡し、一緒の車に乗って優梨奈の運ばれた病院まで向かった。それから受付で名前を告げ、急いで病室まで駆けつけたのだった。
「あ、拓也先輩にクレア先輩!」
そこには既に意識の戻った優梨奈が頭に軽い包帯を巻いており、ちょうどベッドで身体を起こしているところだった。その傍にはおそらく両親だろう男女が揃って座っていたが、俺達に気が付くと軽く会釈をして去っていった。
「来てくれたんですね」
「そりゃ、来るだろ……………もう身体を起こしても平気なのか?」
「ええ。頭は打ちましたが幸い、大事には至っていませんでしたので」
「よ、良かったわ……………い、いや、事故に遭ってるんだから良くはないのだけれど……………兎にも角にも不幸中の幸いね」
「ご心配をおかけして、すみません」
「優梨奈が無事なら、それでいいよ。師走先生から聞いた時はびっくりして心臓が止まるかと思ったぞ」
「ええ。私も帰りの車内で聞いた時は顔が真っ青になって震えが止まらなかったわ。拓也もかなり取り乱していたし」
「そりゃ、パニックにもなるだろ。だって、優梨奈がまさか……………なぁ?」
「ええ」
「運転手が言うには優梨奈が急に飛び出してきたらしいんだが……………何かあったのか?お前はそんな不注意をやらかす奴じゃないだろ」
「えっと……………それは」
「拓也、やめましょう?さっきの今で優梨奈もまだ本調子じゃないのよ?優梨奈、私達のことはいいから、今はゆっくり休みなさい」
「ありがとうございます。まだ詳しい検査とかが残っているそうなのでクレア先輩の言う通り、しっかりと身体を休めたいと思います」
「身体だけじゃなくて、心もね。あんなことがあれば、どんな人だって知らぬ間にメンタルがやられてたりするのよ?それはいつも明るい優梨奈だって例外じゃない」
「そうだな……………優梨奈、騒がしくして悪かったな。また今度、みんなも誘ってお見舞いに来るわ」
「はい。今日はありがとうございました」
先に病室を出たクレアを追いかけるように俺も後に続く
………………と、その時、優梨奈が俺を呼び止めた。
「あ、拓也先輩」
「ん?」
「………………いえ。やっぱり何でもないです」
「うん?いいのか?何か言いたいことがあるのなら、遠慮しなくていいぞ」
「いえ、その………………」
「何だ?喉が渇いたのか?下の売店で何か買ってこようか?」
「………………いえ。本当に大丈夫です」
「いいのか?」
「はい。次のお見舞いもお待ちしています」
「おぅ!今日は急いでたから、手ぶらだったが次はちゃんと何か持ってくるから」
そう言い残して、俺は病室を出た。いまいち釈然とはしなかったが、本当に大事なことは言ってくれる。優梨奈はそういう奴だ。俺はその点に関しては何も心配していなかった。




