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窓際の君  作者: 気衒い
窓際の君〜現代編〜

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第九十一話:真っ赤なバレンタインデー

「つ、遂に来たな」


「あ、ああ。とうとうこの日が」


「べ、別にどうってことない平日だけど?ひ、久しぶりに下駄箱の掃除でもするかな〜」


昇降口で何やらソワソワとしている男子達。というか、彼らだけではない。見れば、そこかしこでどこか落ち着かない様子の者達がいた。そう。今日はバレンタインデー。一世一代の大イベントに学園中の男子達が浮き足立っていたのだった。







「それ、重そうだね。俺が代わりに持つよ」


「あれ?教科書、どこかな〜」


「あっ!あいつに漫画貸してたの忘れてた!よし!あいつが来た時に入れやすいよう、カバンを開けておこう!」


「え?俺の好きな食べ物?もちろん、チョコレートだよ」


教室でも男子達のソワソワは止まらなかった。そして、それを冷ややかな目で見つめる女子達。


「見て、あれ」


「無駄なことしてるね〜」


「ねっ。当日に優しくしたところでもう遅いっつうの。だって、既に誰に渡すか決まってんのに」


「それを捻じ曲げてまで急に下心アリで優しくしてきた人になんか渡す訳ないのにね」


「あと、机の中の教科書探すフリしてチョコ探してんのも小さいわ〜どうせ、やってることバレてんだから、もっと堂々とやれっての。ってか、あんな奥の方まで手突っ込んでるけど、入れるとしたらもっと手前だから」


「あの、わざとらしくカバン開けて放置するのもないよね。こんなみんながいる教室でわざわざ入れる訳ないっての。本当、ムードとか考えて欲しいわ」


「あと、好きな食べ物がチョコレートって何?ってか、"もちろん"ってのも意味分かんないけど」


「「「「………………」」」」


うわ……………ボロクソだな。さっきまでソワソワとしていた男子達が揃って落ち込んじゃってるよ。まぁ、でも細かい女心とかは置いといて、言っている理屈も分かるし、確かに正論なんだよな。でもさ、俺達はさ、それでも夢を見たいんだよ!!後で冷静に振り返ってみると何やってんだ自分!!ってなるけども!!それでも!こんなに思考力が落ちてしまう程、俺達はチョコを求めているんだよ!!


「あ、如月くん。おはよう」


「長月、おはよう」


そう。こんなに笑顔で迎えてくれる長月だけど、変な勘違いはいけない。だから、お前らもそんな目で俺を見るな!安心しろ!俺はお前らを裏切らない!そう!俺達は同志なん…………


「はい。これ」


「わぁ!ありがとう!」


「「「「「如月っ!!!!!」」」」」


俺が長月から綺麗なラッピングのされた箱を受け取った瞬間、クラスの男子からは声を上げて詰め寄られそうになった。でも、まだ近くに長月がいるということで一応離れてはいるが。全く……………まだ、これがチョコレートと決まった訳じゃないだろ。俺を責めるんなら、それが確定してからに……………


「それ、私の気持ちだから」


「えっ」


「あ、まだ未練があるとかじゃないよ?もちろん、霜月さんにも許可もらってるし、二人の間に割り込もうとなんて考えてないし……………でも、私の如月くんへの想いはまだ変わってないから」


「長月……………」


「ごめんね。こんなの困るよね」


「いや!とても嬉しいよ!ありがとう!」


「そう?喜んでくれたのなら、良かったよ」


ホッとした笑みを浮かべる長月を見て、自然と俺の頬も緩む………………なんて呑気に実況している場合じゃない。なんせ俺の後ろには嫉妬の炎に燃える飢えた狼達がいるのだから………………あれ?何か表現間違ってるかな?


「あ、あはは」


俺は苦笑いを浮かべつつ、長月と別れ、席へと戻る。その途端、俺に押し寄せようとする波。しかし、ここでまさかのクレアが立ち塞がって、彼らにこう言った。


「いい加減になさい。その嫉妬は醜いわよ?ただでさえ、下がってる株をこれ以上下げるのかしら?」


「「「「「ぐはっ!?」」」」」


「そこまで悔しい思いをするのなら、もっと男を磨くことね」


そのトドメの一撃は確実に男子達のライフをゼロにした。


「「「「「霜月さん、カッコいい…………」」」」」


そして、新たなファンを獲得していたのであった……………あれ?あの子、クレアにチョコ渡そうとしてるけど、宛名が違う人なんだけど……………渡す相手って当日には変わらないんじゃなかったの!?ってか、普通そうだよね!?


「相変わらず、凄いね霜月さん」


「だ、だね〜あはは」


再び横にやってきた長月へと反応を返しつつ、俺はクレアの規格外さを改めて思い知るのだった。







            ★






「うふふ……………拓也先輩、喜んでくれるかな?」


私は放課後の廊下を鼻歌混じりに歩いていた。この時を一体どれほど待ち望んでいたことか。私は拓也先輩と一緒に行ったあの屋内プールの帰り道……………そこで止めてしまった言葉の続きを言う機会をずっと欲していたのだ。そして、今日はそれに最も適した日だった。


「ちゃんと手紙にも私の気持ちを書いてあるし……………これで万が一、緊張して気持ちを伝えられなかったとしても大丈夫」


私はラッピングされたチョコレートを握り締めながら、ゆっくりと廊下を歩く。実は拓也先輩の下駄箱に事前に時間と場所を指定した紙を入れておいたのだ。


「まだ時間までは余裕があるけど、早めに行って先輩を驚かせようっと」


ちょっとしたイタズラ心を出しているけど、今日は特別な日。いつもはやらないドッキリのようなことをしてみてもいいだろう。後で振り返った時にいい思い出になりそうだから。


「おっ」


そうこうしているうちに目的の教室に辿り着いた。そこは拓也先輩の教室だった。やっぱり、気持ちを伝えるのならば、先輩の教室がいい。だって、もしも想いが通じれば先輩はいつも私のことを、今回のことを意識せずにはいられないから。だから、先輩の教室にしたのだった。


「すぅ〜はぁ〜…………ん?何か聞こえてくる?」


と一旦、気持ちを落ち着かせようと深呼吸をしている時だった………………教室から声が聞こえてくることに気が付いたのは。









「まだ、優梨奈が来るまで時間はあるわよね?」


「ああ」


「じゃあ、今だけ時間を貰ってもいいかしら?」


「……………分かった」


「文化祭の時もそして、クリスマスイブも拓也は私に気持ちを伝えてくれた。でも、私はまだ覚悟ができてないからと拓也にずっと猶予をもらっていた」


「うん」


「でも、このままじゃいけない。ずっとそんな葛藤があったのだけれど………………やっと覚悟ができたわ」


「……………聞かせてくれ」


「私、霜月クレアは如月拓也が好きです」


「……………」


「これは私の気持ちです。もちろん、手作りよ……………是非、受け取って下さい」


「……………ありがとう。とても嬉しいよ」


「良かった……………喜んでもらえて」


「そりゃ、そうだろ。好きな人にもらったのに嬉しくない訳がない」


「ありがとう………………あ、一つ勘違いしないで欲しいのは別にバレンタインデーに乗っかってとかではないから。背中を押されたのは事実だけど、最終的に決断したのが今日だったってだけ」


「そうか………………あ、じゃあ俺も改めて伝えさせてもらうわ」


「ええ。是非、聞かせて」


「俺、如月拓也は霜月クレアさんのことが好きです。というか、愛しています。もし、よろしければ俺と付き合って下さい」


「はい!喜んで!」








「はぁっ、はぁっ、はぁ」


私はたまらず、その場から駆け出していた。文化祭の時も?クリスマスイブも?何?ってことは拓也先輩は既にクレア先輩に気持ちを伝えていて、クレア先輩からの返答待ちだったってこと!?それ以前に二人は実は両想いでこれまでずっと一緒にいたってこと!?みんなは知っていたの?もしかして、知らなかったのは私だけ?私が勝手に舞い上がってただけなの?…………………分からない。何も分からないよ!というか、分かりたくない!!


「ううっ」


何故だろう?何がいけなかったのだろう?今朝から現在まで半日も経っていないっていうのにどうして、こんなにも世界が変わって見えてしまうのだろう……………私は何もかもがどうでもよくなり、涙で滲む視界のまま、校門を飛び出した。


「……………えっ!?」


多分、それがいけなかったのだろう。私は向こうから走ってくる車がよく見えず………………


「きゃあああっ〜〜〜!!!」


「だ、誰か!!至急、救急車を!!」


気が付けば、空中をスローモーションになりながら、漂っていた。そして、それと同時に私が覚えているのは………………というか、意識があったのはここまでだった。







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