第八十一話:手
「寒そうね」
「ん?……………あぁ。流石に12月だからな」
俺が手に息を吹きかけるのを見たのか、クレアはそう言った。季節は冬本番。街ゆく人々の装いは防寒に徹底したものとなっており、皆どことなく足早に家路を急いでいた。おそらく、早く家に帰って風呂にでも入りたいのだろう。なんせ、今年の冬は例年で一番の寒さだとこの間、テレビでやっていたからな。
「本当に……………寒そう」
「ん?まぁな」
こんな時に手袋をしないのは俺ぐらいなものだろう。まぁ、これにはちょっとした理由があるのだが………………それにしてもやけに見てくるな、クレア。
「………………じゃあ手でも繋いで暖めてくれないか?」
「ふぇっ!?て、手!?」
「いや、寒いから……………もしかして、嫌だったか?」
「そ、そんなことはないけれど…………そ、そうね!考えてみたら、その方がいいかしらね!」
「ん?」
「いいえ、何でもないわ」
若干、顔を赤くしたクレアはゆっくりと控えめにだが、俺の右手を握ってくれた。
「ありがとう」
「あ、暖かいかしら?」
「うん。とっても」
そこから、しばらくの間、俺達は無言で歩いた。手を繋いでいるってだけでどうしてか、こんなにも温かい気持ちになれる。それはおそらく、相手がクレアだからだろう。まるで、手から彼女の想いが伝わってくるかのようで……………いや、彼女は純粋に俺の手を温めてあげたいという気持ちかもしれない。そうなるとむしろ、俺の方の少し不純な気持ちが伝わってしまわないか、不安だな。
「んんっ!」
俺はそれを誤魔化すように咳払いをした。危ない。独りよがりはよくない。
「…………うん。思ってた展開ではないけれど、これはこれで」
その時、俺は顔を見られないように向こう側を向いていた為、クレアが何を言っていたのかは聞こえなかった。
★
「如月、そっち側持ってくれ」
「分かった」
放課後の体育館。俺達はとある作業をしていた。それは来る24日の夜にこの場所で行われるクリスマスパーティーの飾り付けだった。この催し物は毎年二年生によって行われる自由参加のものであり、そこでは沢山の料理とジュースが振る舞われる。元々、これはクリスマスを一緒に過ごすカップルに嫉妬した一部の男子生徒達が発起人となって、行われ始めたものらしく、最初は数人程度の参加者だったのが徐々に増えていき、気付けば学年を巻き込む程になっていたみたいだ。で、それを見かねた教師陣が受験生である三年とようやく学園に慣れ始めたばかりの一年を除く、二年生だけで行うこと、またその際に使用する場所を体育館とすることを条件に許可を出したのだ。今ではこの催し物を目当てに入学し、二年生を待ち望んでいる後輩もいるくらいだ。現にこの中にもようやくといった想いの者もいることだろう。ところが、男子連中に至ってはその多くが…………
「「「「「ふざけんな!何が悲しくて、そんなのに参加しなきゃならん!!」」」」」
とか、
「「「「「女子達に憐れみの目で見られたくない!!」」」」」
とか、
「「「「「クリスマスは限定イベントがあるんだ!そんなのに参加してる暇はないよ!!ああっ、待ってて僕のヒロイン達!!」」」」」
とか、それぞれの派閥が出来ていて主張していた。かくいう俺ももし去年のままだったら、理由は違えど参加する気にはなれなかったかもしれない。しかし、今年は違う。なんてったって、一緒に過ごしたい人がいるのだ。確かに二人きりで過ごすというのもいいかもしれないが、こんなみんなで過ごすのはおそらく一生でそうあることではない。だからこそ、俺は参加したいと思った。その為にこうして作業しているのだ。あ、俺が手袋をしてなかった理由もちょうど素手で作業をしていて、その時に買い出しを頼まれたからです。まぁ、俺はそもそも学園の行き帰りぐらいでは手袋をしない派なんだが………………あ、俺もなんらかの派閥には所属していたな。
「そっちは順調?」
「ああ。そっちは?」
時間を忘れて、黙々と作業をしているとクレアに声を掛けられた。確か、クレアはあっちの方でデコレーションか何かを担当していはずだったが。
「私の方も順調よ。私がこっちに来たのは拓也にそろそろ帰らない?って誘おうと思って」
「えっ!?気付けばもう、そんな時間か」
「ふふっ。夢中で作業してたわね」
「見てたのかよ」
「そりゃ、拓也だもの。見るわよ」
「っ!?そ、そうかよ……………ちょっと待っててくれ。キリのいいところまでやっちゃうから」
「ええ。分かったわ」
その後、クレアは飽きもせずに隣でずっと俺の作業を……………ってか、俺のことを見ていた。途中、飽きないか聞いたが、どうやらそれはないらしい。不思議だ。別にそこまで面白い作業ではないんだが………………結局、そこから三十分くらいで作業を終了し、俺達はクラスメイトに挨拶をしてから帰った。その帰り道では相変わらず、気になるのか俺の手をチラチラと見たり、そうかと思ったら急にニヤニヤとし出したりといつも通りのクレアさんだった。




