第七十三話:喧嘩
「おい、皐月!お前、言い過ぎだろ!」
圭太が思わず、皐月を怒鳴る。あの後、優梨奈は目に涙を溜めながら神無月邸を走って出て行ってしまった。
「……………睦月先輩には関係ないです」
「お前、それ本気で言ってるのか?」
「………………」
「お前はみんなで楽しくやってたのをぶち壊しにしたんだぞ!しかもここは神無月の家だ!わざわざ、家の庭を貸してくれた神無月に申し訳ないとか、思わないのかよ!!」
「まぁ、まぁ睦月くん。僕は気にしてないから」
「お前が気にしなくても俺達は気にするんだよ……………大体、皐月。お前は分かっていたはずだぞ………………葉月が文化祭での拓也と霜月の一件を知らないことを」
「「っ!?」」
俺とクレアは圭太の言葉に思わず、身体をビクッと反応させた。ここで自分達の名前が出されると何だか罪悪感が凄かったのだ。
「葉月は聡くて気を遣える奴だ。それはこの場にいる俺達全員が分かっていたことだ。もしも、あの件を知っていたら、皐月を焚き付けるようなマネはしなかったことも」
「………………」
「なのによりにもよって、一番仲が良いはずのお前があんな態度を取ったんだ。葉月にしても他の誰に言われるよりも辛かっただろう。お前は……………皐月だけは葉月のことを一番慮ってなきゃいけなかったんだ」
「……………そんなの」
と、その時、それまで黙り込んでいた皐月は徐に口を開くとこう言った。
「そんなの私だって分かってますよ!優梨奈は何も悪くない!あの子は純粋に私に協力してくれて!しかもそれを頼んだのは私なのに!」
「じゃあ、何で…………」
「それでも私は一人の人間なんです!頭では分かっていても感情だけはどうしようもなかった……………おそらく、私はまだ飲み込めてないんです」
「皐月…………」
「でも、それは……………睦月先輩だって同じはずです」
「っ!?お、お前、何を」
「私がこうなってしまうぐらい…………親友に対して、あんな酷いことを言ってしまうぐらいに感情が嵐のように吹き荒れていることはあなたも知っている……………というか、あなたも同じ気持ちのはず」
「……………くっ」
こ、これはなんかとんでもない展開になってないか?
「ねぇ。皐月さんは一体何を言っているの?……………ボソッ」
そ、そうか!クレアは皐月が誰に対して好意を向けているのか知らないんだった。そりゃ、この喧嘩もちんぷんかんだろう。
「よ、よく分からんがとりあえず俺達は何があっても大丈夫なよう、ここで見守っておこう……………ボソッ」
「ええ。そうね……………ボソッ」
ふぅ。これはやばいぞ。何故か、分からんが皐月の矛先が今度は圭太に向いている気がする………………あれ?ってか、皐月と圭太の気持ちが同じってどういうことだ?
「あなたは私と同じ…………にも関わらず、未だ自分の気持ちに整理もつけていない睦月先輩だけには言われたくないです。他人の心配よりもまずは自分の心配をしたら、どうです?」
「っ!?ああっ、そうかよ!!まさか、そこまで言われるとは思ってもみなかったわ!!………………頼むから、今すぐ出てってくれ。今はお前の顔を見たくない」
「……………言われなくてもそうしますよ」
そう言って静かに皐月は離れていった。ど、どうしてこうなるんだ?考えたら、俺達ってこんなことばかりじゃないか?
「む、睦月くん。さっきのは言い過ぎじゃないかな?」
「……………」
「ほら、今からなら間に合うから。追いかけて、謝ってきた方が………………」
「じゃあ、お前は葉月があんなことを言われて黙っていろっていうのかよ?」
「いや、それは……………」
「お前が一番嫌じゃないのか?葉月が傷つくのは」
「そうだけど……………でも、人の感情ってどうしようもない時があるし」
「だから、俺も皐月にああ言った。友達があんなこと言われて黙っていられる訳ないからな」
「睦月くん……………」
「じゃあ、お前が言ったその感情ついでにもう一つ言わせてもらうぞ」
「えっ!?」
「そもそもお前が告白なんかしなければ、こうはならなかったんじゃないのか?」
「っ!?」
「おい、圭太!それは……………」
「拓也は黙っててくれ」
「っ!?」
本当にどうしたんだ、圭太?お前がここまで言うなんて……………
「どうした?ここで俺に言い返すと言い過ぎて、自分の言ったことと矛盾するから、できないのか?だったら、そんな考え、捨てちまえよ。そもそも人は感情的になったら、ああ言ってしまうと皐月を擁護した時点でお前は矛盾してるんだよ」
「っ!?睦月、お前っ!!」
「おっ!やっと本性を現したか!」
「お前、何様なんだよ!いつも上から目線で自分は一歩後ろで俯瞰してるスタンスで……………お前はそんなに偉いのかよ!」
「いんや!俺はお前らと同じ年齢のごくごく普通の高校生だ………………だがな!ここまでガキじゃねぇんだよ!!」
「うっせぇ!お前だって、俺と一緒に師走先生に怒られてた仲だろ!!」
「分かってねぇな!あの人と比べれば、大抵の奴は子供だよ!!それこそ、二回りとか歳上の奴でもな………………それにあれを怒られたって思うところにお前のガキさ加減が出てんだよ!!」
「何だと!!」
「……………もう、やめて」
圭太と神無月の喧嘩はヒートアップし、これ以上は誰にも止められないかに思われた。
「神無月っ!!」
「睦月っ!!」
しかし、二人が拳をお互いに交えようとした瞬間、そこに割って入る者が現れた。
「もう、やめてよ!!」
「「っ!?」」
二人は突然のことに驚き、と同時に拳をすんでのところで止めることにどうにか成功した。
「二人までこうして喧嘩しちゃったら、元も子もないじゃない。どうして?私達はただただ楽しく一緒に過ごしたかっただけなのに……………」
喧嘩を止めたのは長月だった。彼女はひどく悲しそうな表情で二人を見つめていた。
「………………今日はもう帰りましょう」
「そうだな」
ここでクレアの一言とそれに頷く俺によって、この日は解散となった。そして、そのままそれぞれの仲が修復されることなく、俺達はとうとう月末の体育祭を迎えてしまうのだった。




