第六十八話:絆
文化祭が終わり、数日が経過したが、まだ一部熱の冷めない部分があった。それは……………
「あれじゃない?如月先輩」
「へ〜……………あれが」
「なんか劇でむちゃくちゃしたらしいぞ」
「どうやら、劇を私的に利用して告白までしようとしたとか」
実は俺が出たロミオとジュリエットの回が話題となっていたのだ。まぁ、おそらくはあの時客席にいた生徒が劇を見てなかった友達とかと共有したのだろう。それがどんどんと広まっていって……………あぁ、恥ずかしい。しかし、俺は自分のやったことに後悔はしていない………………って、ちょっと待て。今、聞き覚えのある声が聞こえたような…………
「どうも!ロミオ先輩」
「って、皐月じゃねぇか!ってか、俺はロミオじゃねぇ!」
「凄い噂になってますね」
「……………ああ」
「ん?どうして、目を逸らすんです?」
「いや、お前には悪いことをしたなと」
「何がです?」
「だって、その……………お前の気持ちを知っているのに…………こ、こ、こ」
「ニワトリ?」
「違うわ!…………その、告」
「告白ですか?」
「分かってたんなら、掻き乱すなよ!………………あの、その節はごめん」
「へ?でも、してないんですよね?」
「まぁ、完全には」
「じゃあ、私にもまだ勝機はあるじゃないですか!勝負は最後までやってみなければ分かりません!」
「お、おぅ」
「あっ、そんなことよりも優梨奈がどこにいるか知りません?」
「優梨奈?…………そういえば、最近会わないな」
「クレア先輩に見惚れていて、気が付かないだけじゃないですか?」
「ば、馬鹿か!そんな訳」
「まぁ、冗談は置いておいて」
「おい」
「実は最後に会ったのって、文化祭一日目の時なんですよ。その時は一緒に出し物を見て回ってて、次の日も一緒に見る約束をしたんです。でも、二日目は集合場所に現れなくて……………」
「連絡はつかないのか?」
「はい。何度も電話やメッセージを送ってみたんですけど、駄目で……………」
「それは少し心配だな」
「はい。でも、流石に文化祭が終われば会えるかと思ってたんですけど、未だ会えずじまいで……………これから、担任の先生に優梨奈が登校しているか、聞きに行こうと思ってたんです」
「…………そうか。何か分かったら、教えてくれ。それから、俺が力になれそうな時も」
「はい……………でも、如月先輩って今、クレア先輩に夢中じゃないですか。そんな余裕あるのかな」
「お、おい!夢中って!仮にそうだったとして、それとこれとは別だろ!優梨奈は俺達の大事な友達なんだ!友達が困ってたら、助けるのは当たり前だろ?」
「冗談ですよ。如月先輩、どうしたんですか?今日はやけにバサバサしてますね?やっぱり、ニワトリなんですか?」
「誰のせいだ、誰の」
俺の言葉に皐月は軽く笑って、少し遠くを見た後、クルッと向きを変えた。
「じゃあ、私もう行きますね」
「おぅ!何か困ったことがあれば、教えろよ!それが優梨奈のことだけじゃなくて、お前のことでもだぞ!」
「はい!分かりました!でも、あまり他の女にうつつを抜かすとクレア先輩、怒りますよ?」
「お前はそればっかりだな!だから、友達のことを助けるのは当たり前だろ!」
「はいはい……………困り事ですか。じゃあ、今の私の困り事がお二人のことって言ったら、どうするんですか……………ボソッ」
「ん?何か言ったか?」
「これからクレア先輩は苦労するだろうなと」
「っ!?皐月!!」
「わっ!?怖っ!!じゃあね、先輩!!」
「おぅ!もし、優梨奈に会ったら、よろしくな!」
★
「……………今、聞いたことを信じろと?」
「そこまでは言わん。だが、今回の件で私はあまりにも多くのことを見過ぎた。そして、自分がもしかしたら、とんでもない見当違いをしていたのではないか…………そう思ったのだ」
「……………何を見たのです?」
「私はあの席で家族とはどういうものか……………正信達の絆をまざまざと見せつけられた気がしたのだ」
「あの人達に絆?正気ですか?あの人達がオリヴィアさんやクレアちゃんにどういう態度を取っていたか、忘れたのですか?」
「……………そうだな。だが、それに関しては私もどうこう言えた義理ではない」
「……………確かにそうですね。今、私にした話が本当なら、あなた達は………………同じ穴の狢だ」
「私も歳を取った。昔から正信とは親友でいつも暴走しやすいあいつを止めるストッパー役のようなことをしていた。その私が結果的にはあいつと同じようなことをしていたのだからな」
「歪んでますね」
「いつから、そうなったのか。もしかしたら、始めからそうだったのか……………お前に愚痴ったところでどうしようもないが、子育てとはそれほど難しいものなのだ」
「……………だからって!僕に神無月家とは関わりをなくして、自由に生きて欲しいから、あんな態度を取っていたなんて今更、そんな話を聞かされて、僕はどうしたらいいんだよ!ってか、どんな愛情だよ!まわりくど過ぎるんだよ!!」
「広輔……………」
「父さん達の志は分かったよ。けどさ、如月夫妻や他の十二家の人達が言いたい"子供達には背負わせない"って、きっとそういうことじゃないよ。だって、逆に僕は神無月に対する敵対心を持つようになってしまったのだから。それって結局、家のことを意識してるってことにならない?」
「………………」
「そうじゃなくて、僕はもっと単純に……………そう!普通の家族として、父さん達と過ごしたかったんだ」
「っ!?」
感情が迸り、思わず神無月広輔の目からは涙が流れる。そして、それを見た父、広信の目からもまた同じように涙が溢れた。
「はぁ……………最近、泣いてばっかだな。僕って、こんなに涙脆かったっけ」
「本当にすまなかった!今、考えるとどうかしていた。いくら、お前を神無月家から遠ざけたいからって、あのような言葉と態度を……………本当に申し訳ないことを……………」
「……………今、思えば不思議だったんだ。本当に僕のことに興味がなくて、いらない子だと感じているのなら、ちゃんと育てたりはしないし、仕送りなんてするはずがないんだ…………… "出来損ないとはいえ、仮にも神無月家の者が野垂れ死ぬなど風体が悪い"からっていう理由も嘘だ。そんなことしなくても神無月のやり方で僕のことなどはどうとでもなる。でも、あの時の僕はそこまで頭が回らなかった。余裕がなかったから………………今の僕なら分かるよ。父さん達は僕が神無月の力なしで自分だけの力で生きていけるよう、あえてそうしていたって」
「ううっ……………すまない……………本当にすまない」
「あのさ、一つ言わせてもらうよ?」
「?」
「僕をみくびりすぎ!そんなことしなくても自分の将来をどうするかなんて、自分でちゃんと決めるよ!神無月家の人間として生きていくのか、そうでないのか……………そんなのその時になってみないと分からない。父さん達は勝手に僕が神無月家と関わりたくないと考えていると思ってたみたいだけど、もしかしたら僕はそう思ってないかもしれない。先のことなんて、誰にも分からないんだから」
「でも、お前……………」
「確かに僕にはビジネスの才能がないかもしれない。でも、他にもやりようはある。いずれ神無月に僕の居場所だってできるかもしれない。だからさ、理想はちゃんと待ってて欲しかったかな」
「………………」
「もちろん、それには凄い年月を有するかもしれない。でもさ、やっぱり自分のことは自分で決めたいから」
「……………もう遅いか?」
「うん?」
「今からでも私達がごく普通の家族として過ごすのは」
「父さん!!」
父、広信の言葉を聞いて思わず彼の胸へと飛び込む広輔。二人の目からは未だ涙が流れ続け、それが互いの服を濡らしていた。
「僕…………父さんと母さんにしてもらいたいこと、一杯あったんだよ………………でも、僕嫌われてるかもって。それ以前に興味すら持たれてないかもって……………」
「大切な子のことをどうでもいいなんて思う親などはいやしないさ。お前は私の半身。何があってもお前だけは守ってみせる」
「でも、世間ではネグレクトをしたりする親や必要最低限のことすらしない親だっているって聞くし……………」
「あんなのは親でも何でもない、その資格すら有していない者達だ。覚えておきなさい……………子に子は育てられない」
「父さん…………」
「さぁ。これから、母さんも誘って一緒に食事でもしよう」
「えっ!?」
「ゆっくりとでもいい。家族の絆を取り戻していこう」




