第六十六話:会合2
それは文化祭が始まる一週間前のこと。とある名家の屋敷にて、十二家の面々が勢揃いし、進みの遅い話し合いをしていた。とはいってもそれが話し合いの体をなしているかと問われれば、非常に頷きづらいものがあった。前回の会合に引き続き、クレアの両親と神無月の両親が揃い、議題は専ら両家の婚約話だった。両家の言い分としてはこちらはもう婚約を決めたから、お前らがごちゃごちゃ言ってくるなという非常に一方的なものでそれに対して、他の十二家の面々はその多くが反対だった。曰く、当人同士の意思を無視した婚約など到底許されるものでない、自分達のエゴの為に子供達を犠牲にするなと………………しかし、両家は強情だった。時には十二家内での序列の話を持ち出し、こちらに逆らったらどうなるかといった権力まで振り翳して圧力をかけてきた。ただ、十二家もそのまま黙っている訳ではない。そんなことをすれば、こちらも十二家としての役割を自ら終えてやると好戦的な様子を見せ、威嚇した。お互いに決して譲らぬこの状況。このままだと何も進まぬまま……………いや、しれっと両家は婚約を進め、子供達が可哀想な目に遭ってしまうかもしれないと十二家の面々が危惧した時、突然襖を開け放ち、やってきたのだった………………心強い助っ人が。
「お久〜!!」
「オリヴィア、流石にその登場の仕方はないでしょ」
「ほっほっほ。爺さん、見てごらん。あの柚葉ちゃんが引いとるぞい」
「ああ。流石は我が孫娘じゃな」
クレアの姉である霜月オリヴィア、蒼最学園の教師兼師走家現当主である師走柚葉、クレアの祖父母ジャックとリリー……………隙のない最強の布陣だった。
「っ!?オリヴィア!!帰っていたのか!?」
「おっ!重吾さんじゃん!!お久〜」
「本当に何年ぶりですか?」
「驚いた……………もしかして、師走さんの計らい?」
「ん?その声は皐月さんと葉月さん?マジで久しぶりじゃん!!」
十二家の面々が喜びと感動に打ち震える中、一方のクレアの両親はただただ驚きを隠せないといった表情をしていた。
「な、何故オリヴィアがここに……………」
「ああ。帰国するなど聞いてないぞ」
「あ、父さんに母さん!久しぶり〜……………だって言ってないもん」
「な、なんですって!?」
「自由人か!!」
「固く考えすぎだって!海外じゃ、サプライズなんて当たり前だよ?もっと人生楽しまなきゃ!!」
「あんたは楽しみすぎよ!少し自重しなさい」
ここで呆れた表情の師走柚葉によるツッコミが入る。そのおかげか、張り詰めた空気が一瞬とはいえ、少し和らいだ。
「……………ちっ。まさか、オリヴィアが帰ってくるとは。それに師走家の当主とお義父さんにお義母さんまで引き連れて……………これは想定外だ」
「狼狽えないで。何を言われようとも私達は私達の意見を貫き通せばいいだけよ」
オリヴィア達の登場に焦り出すクレアの父、正信とそれを諫めるソフィア。それとは対照的に神無月家の二人は静かにこの状況を受け入れていた。
「父さん、母さん。私がここに来た目的、分かるよな?」
「………………」
「あいにくと分からないわね」
「おいおい。そこは嘘でも"家族水入らず"で過ごす為とかって言おうぜ」
「家族水入らず?冗談じゃないわ!あの日、家を飛び出したあなたにそんなこと言う資格なんてないわ!!私を……………私達を裏切った癖に!!」
ソフィアの感情の篭った言葉に周囲はかなり驚き、どよめいた。今までここまで彼女が荒ぶるところを見たことがないのだ。当然といえよう。
「それはまぁ、なんつーか……………申し訳ないと思うよ。あの時の私にはそうするしかなかった。今の私とは訳が違う。霜月という狭い鳥かごの中で一生を終えることにつまらなさを感じていたんだ。私はもっと世界を見たい。もっと世の広さを感じたい……………そう思っていたのに周りが求めるのはあくまでも"霜月オリヴィア"だった。私はそんなしがらみだとか、慣習だとかに縛られたくない。そう思って、家を出た………………その結果、それら重荷は全て妹のクレアが背負うこととなった。彼女には一番申し訳ないことをした。だから、私は今回、その罪滅ぼしも兼ねて妹を助けに来たんだ」
「オリヴィア……………」
「あなた、オリヴィアのペースに乗せられないでよ」
「わ、分かっている!!」
「そうかしら?あなたは昔から娘達には甘いから」
「………………」
「おいおい、痴話喧嘩なら他所でやってくれよ」
「全く……………誰のせいで」
「話を戻すぞ?そんで私は世界を見て回ってきた。世界はいいぞ!こんな狭いところでは味わえないことが山ほどある!当然、私の価値観もガラリと音を立てて変わった……………んで、気持ち良く帰国してみれば、これだよ……………あんた達さ、まだこんなことやってるの?」
「そうだ!言ってやれ!オリヴィア!」
「いや、重吾さん。私はあなた達のこともまとめて言ってんだけど」
「……………へ?」
「今回の婚約話に限らずさ、"十二家"なんて制度自体が古いんだって。如月夫妻も別に形にこだわっていた訳じゃないと思うんだよ。わざわざ、そんな括りでなくともみんなで仲良くすりゃいいじゃん。正月とか、何かのイベントごとに集まってワイワイやったり、困り事があれば助け合ったり……………そんなのただの"霜月"とか、"神無月"とかで十分じゃん。それとも何か理由がなきゃダメなの?私達の絆ってそんなものなの?」
オリヴィアの言葉に誰も言葉を返せずにいた。実は心の奥底でそう思っていたが口に出せなかった者、それとは真逆で思いがけずハッとしたような顔をしている者もおり、とにかくオリヴィアの勢いに圧倒されていた。
「……………師走さん、あなたの意見は?」
そして、ややあってソフィアが口を開いた。その矛先である柚葉はというと少し苦笑した後、真剣な顔でこう言った。
「"十二家"に関して、うんぬんというのはそこまで思っていないですけど、婚約話については私もオリヴィアと同意見ですね………………あなた達のやってること、寒いと思います」
「「「「っ!?」」」」
満面の笑みから繰り出される威力が最大限にして、言葉数が最小限の嫌味は両家に深い傷を与えた。すると、そこにさらなる追い討ちがかかる。
「ソフィア。お前は昔からそうじゃ。頑固で一辺倒。こうと決めたら、ひたすら進み続ける。だがな、それだけではダメなんじゃ。もっと柔軟に物事を広い視野で見よ」
「こうして、ワシら四人が駆けつけたから良かったものの、お前はワシら以外の言葉を聞こうともせん。今一度、何が一番大事なのか、ゆっくりと考えてみなさい」
立て続けに説教じみたことを言われたソフィアは俯いて、肩をプルプルと震わせ始めた。そして、最後にトドメの一撃が柚葉によって下された。
「先程、序列うんぬんみたいな話も聞こえましたが……………それ、私の前でも言えます?この"十二家"筆頭、師走柚葉の前でも」
そこがソフィアの限界だった。彼女の中で何かがはち切れたような音がした……………と同時に彼女は気が付けば、大きな声を上げて……………
「うわああぁぁぁ〜〜〜んんんん!!!!」
泣いていた。
「「「「「えっ!?」」」」」
これには流石に周囲も驚き、固まってしまった。そうならなかったのはソフィアの両親であるジャックとリリーだけだった。
「や、やめるよ〜〜〜!!!婚約は白紙に戻すよ〜〜〜!!!だから、そんなに寄ってたかって言わないでよ!!いじめだよ!!」
「「「「「え〜……………」」」」」
いきなり幼児化が進み出したソフィアに対して、周囲はドン引きに。オリヴィアと柚葉はもしかしたら自分達のせいかも……………と冷たい汗を流していた。
「わ、私だってクレアちゃんの幸せを一番に考えてるわよ〜………で、でも正信さんがぁ〜……………」
「ごめんよぉ〜ソフィア〜。お前ばかりに辛い想いをさせて!」
"いや、お前もかよ!"…………この時、この場にいた全員の気持ちがシンクロした瞬間だった。
「俺がいけないんだ!俺の可愛い可愛いクレアをどこぞの馬の骨に取られたくなくて〜どうせ、取られるなら昔から知ってる広輔くんだったらって〜」
「そんな理由かよ!!この婚約は!!」
思わず、オリヴィアがツッコむ。海外で色んな経験をしている彼女も流石にこの展開は予想していなかった。
「だから、言ったじゃないか。やめた方がいいと」
ここでずっと傍観を貫いていた神無月家の当主が参戦。ちなみに彼は神無月広信。広輔の父親だった。
「ふざけんなよ、ヒロ!!それでも最後には最大限フォローをしてくれるはずだっただろう!!」
「俺は最初から反対だっただろ!!でも、マサがどうしてもって言うから、それならできる限り、フォローするって言ったんだ!!………………でも、これじゃフォローどころの話じゃないだろ!!」
「やめて、あなた達!!これ以上は見苦しく思われてしまうわ!!」
「安心して下さい。もう十分、見苦しいですから」
サラッと笑顔で言う柚葉。その横では容赦ないな……………とオリヴィアが呟いていた。
「……………ソフィア。よく聞きなさい」
「…………お母さん?」
リリーの言葉にゆっくりと振り向いて、耳を傾けるソフィア。それはまるでいけないことをした子供とそれを叱る母親のような図だった。
「お前が正信さんを大切に想っていることはよく分かっておる。正信さんもお前と同じ気持ちじゃろう。だが、同時に正信さんは同じくらい娘達のことも大切に想っておるんじゃ………………そして、それはお前も同じじゃろう?」
「……………うん。この間、帰省してくれた時は本当に嬉しかった。久しぶりのクレアちゃんはまた一段と大人びていて、綺麗だし可愛いかった」
「そうかそうか」
「でも、横にいるのが男だと分かって、さらにそれがあの如月家の者だと認識した瞬間、あんな態度を取ってしまって………………本当はあんなこと言うつもりじゃなかったのに!帰ってきてくれて、嬉しい!ありがとう!大好き!って伝えるつもりだったのに!!」
「お、おぅ…………それはなんとも」
「でも、クレアちゃんをあんな風に変えたのも横にいる男が………………とか考え出したら、もうダメで……………今、思うと醜い嫉妬だわ」
「拓也くんはいい男じゃ。あの子になら、クレアを」
「そ、それはまだ早いんじゃないかしら?」
「まだ、自分の過ちが分かっておらんのか!何故、こんなことになっておると思う!……………正信さんは拓也くんをどう思う?」
「如月拓也には一度、会っています。少しだけしか接しませんでしたが、あの男は……………あの男になら、悔しいですがクレアを任せられるかと」
「正信さん!!」
「し、仕方ないだろ!!こんな醜態を晒しておいて、まだ、くだらないプライドに固執するような人間だとは思われたくないんだ!!」
「それを言わなければ、カッコよかったんですがね」
「うっ……………お義母さんには敵いませんね」
「あの〜割り込むようで悪いけど、まとめちゃっていいか?」
「おぉ、オリヴィア。よろしく頼むぞい」
「分かった……………まず、父さんと母さんは親バカを拗らせすぎて、今回の婚約話を持ちかけた」
「「親バカっ!?」」
「で、神無月家はそれを渋々、了承。だが、私達が押しかけたことで婚約話は白紙に。結果、クレアと広輔は晴れて自由の身となることができた、と………………これでいい?」
「「「「コクリ…………」」」」
オリヴィアの言葉に頷く両家。これで終わるかに思われたが、オリヴィアの言葉はまだ続いた。
「そして、父さんと母さんがクレアにキツく当たっていたのは素直になれないツンデレ心と霜月家の人間としてカッコいい姿を見せたいという余計な見栄ってことでいい?」
「「ぐはっ!?」」
「ちょっとオリヴィア!いくら、本当のことだからって、もう少しオブラートに包みなさいよ!!」
「柚葉ちゃん。その言葉は追い討ちにしか、ならんよ」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!!」
そうして、話がいよいよ終わろうという時、弥生重吾が霜月家の者達にこう尋ねた。
「婚約話は終わったが、途中の拓也になら任せられるとかなんとかっていう話……………クレアちゃんの意思は聞いてないぞ?本当に彼女は拓也のことを……………?それに拓也は五人も認める程の人物なのか?本当に任せられるのか?」
この質問に対し、五人は揃ってこう答えた。
「「「「「如月拓也になら」」」」」




