第六十四話:蒼最祭2日目/長月華恋の告白
文化祭二日目。その日はちょっとした違和感から始まった。
「おはよう、神無月!今日も元気に頼むぜ!!」
「お、おはよう如月くん……………うん。今日も元気に……………ね」
なんだか神無月の元気がないのだ。しかもよく見れば、目を腫らしている。全く、調子が狂うな。こいつが元気ないとクラス全体もまとまらないんだが………………昨日の夜、怖いものでも見たのか?
「おい、神無月。昨日、なんかあっ」
「如月くん、おはよう!」
俺がそう続けようとした時、ちょうどそこへ声が掛かった……………それは長月だった。
「おはよう、長月」
「今日も一日、頑張ろうね」
「ああ…………っつても俺は裏方だけどな。だから、それは俺の台詞だぜ」
「え〜でも、裏方さんも大変だよ?仕事、多いし」
「何言ってんだ。表舞台でお客さんの視線と仲間からのプレッシャーを感じながら、演じる長月達の方がよっぽど大変だぞ」
「いいや!裏方さんの方が断然、大変だね!」
「いいや!演者の方が断然、大変だぞ!」
俺達はそのまま数秒、睨み合った。
「ぷっ、あはははっ!!」
「うふふふっ!」
そして、どちらともなく笑い合った。
「俺達、なんて言い合いしてるんだろうな?」
「しかも本番前にね」
「ああ」
「どっちも大変でいいのにね」
「そうだな……………裁判長!判決は?」
「無罪!どちらも大変です!!」
「お、様になってる!劇のおかげで演技力、凄くなってるな!!思わず、ここを法廷だと錯覚する程だったよ」
「やっぱり有罪!罪状は"過剰に褒めまくって、私の本番でのパフォーマンスに支障をきたした罪"です!!」
「どんなドンデン返しだよ!!ってか、そんな罪は存在しない!!」
俺達は本番が始まるまでそのような他愛もないやり取りを続けていたのだった………………あれ?俺、確か誰かの違和感に気付いて、それで……………まぁ、いいか。
★
二日目の文化祭が終了した。生徒達は明日の文化祭に向けて居残る者や用事があって足早に帰宅する者、特に用事はないがどこかの教室で友人と駄弁る者など様々だった。そして、かくいう俺もどこかの教室にいた………………まぁ、正確には呼び出された、が正しいが。
「長月、こんなところに呼び出して、一体どうしたんだ?」
「お疲れ様、如月くん」
「ん?ああ、お疲れ様」
「ちゃんと来てくれて、嬉しいよ」
「そりゃ、あんな顔でお願いされれば誰だって行くだろ」
「………………その相手がたとえ私じゃなくても?」
「うん?どういうことだ?」
「ううん。なんでも……………忘れて」
「ん?あ、ああ」
本当にどうしたんだ、長月。いつもと言ってることも雰囲気も違う。なんなんだ?
「私と如月くんが話すようになって、どのくらい経つっけ?」
「ん?確か、今年の四月からだから……………半年近くか?」
「そんなか……………なんか、あっという間だよね」
「ああ。今年は一緒にいることも多かったしな」
「旅行も行ったし、試験勉強もした。そして、何よりも…………夏休みは楽しかったよね〜」
「全イベント、やったんじゃないかってくらい遊びまくったな」
俺達は少し前のことに話を咲かせる。たった半年前のことに昔話もへったくれもないのだが、何年分も経験したってくらい、それは濃い時間だった為か、特に違和感はなかった。
「でもね、私が一番心に残っているのはイベント自体じゃないの」
「…………長月?」
やばい。長月は今、とんでもないことを言おうとしている。そして、それはほぼ確実に……………何故か、俺の頭の中では警鐘が鳴っていた。
「私が一番心に残っているのはね……………」
聞きたいような、聞きたくないような………………とにかく、ここから先を聞いてしまえば、確実に俺達の関係は変わってしまう。何を言われるのかは分からないが、それだけは確信した。
「如月くん………………君との想い出だよ」
「長…………月?」
「すぅ〜はぁ〜………………如月拓也くん」
「は、はいっ!!」
「私、長月華恋はあなたのことが好きです。私と付き合って下さい」
「………………」
長月の言ったことに思考がフリーズした。今のはいわゆる告白ということになる。それは去年からずっと俺が望んでいたことだ。長月と恋人になった未来を今までどれだけ妄想したことか。今の俺を見たら、きっと学園中の男子生徒達が泣いて羨ましがるだろう……………だけど、何故かこの時の俺は………………
「……………俺が初めて窓際に座っている君を見たのは去年の五月頃。入学してから、ちょうど一ヶ月程経った時だった」
「えっ…………」
「その時既に君は学園中の噂になっていた。とんでもない一年生が入学してきたらしいと。成績優秀、運動神経抜群、しかも美人という三拍子の揃った………………俺も噂ぐらいには聞いていた。でも、特別興味もなかった。だって、どうせ関わることはないと思っていた」
「………………」
「だから、窓際に座る君を見たところでどうともないはずだった。だけど、その時は違ったんだ。今でも覚えてるよ……………移動教室でちょうどある教室を通りかかった時にいたんだ………………窓際でどこか憂いた表情をした誰かさんが」
「………………もしかして」
「俺はそんな君に……………長月に一目惚れをしたんだ」
「っ!?」
「それから今日まで本当に楽しかった。想いが届くにしろ、届かないにしろ、好きな人がいる毎日はとても充実していた。好きな人がいるってだけで自分の見ている景色が変わった気がした。何より、君を見ているだけで幸せだった……………本当にありがとう」
「如月…………くん」
「すぅ〜はぁ〜……………でも、ごめん。長月の想いには応えられない」
「っ!?」
そう。それはずっと待ち望んでいたことのはずだった。少し前の俺だったら……………もしも、あの試験勉強を一緒にしていた時に告白されていたら、まず間違いなくOKしていたし、自分からも熱い想いを伝えていたと思う。だが、長月に告白された瞬間、俺の頭の中にあったのは……………頭の中に出てきたのは別の女の子だった。何故か、その子のことを考えると長月と付き合うということができそうになかった。
「………………うん。なんとなく結果は分かってたよ」
「長月?」
「一つ教えといてあげる……………霜月さん、婚約者がいるんだ」
「っ!?」
「相手はあの神無月くん……………動くなら、早い方がいいと思うよ」
「クレアに婚約者………………それも相手が神無月………………」
「ちゃんと考えて、答えを出してあげて。きっと霜月さんもそれを望んでる………………それじゃ」
俺は長月の言われたことが頭の中をぐるぐるとしていて、彼女の顔を見る余裕すら、なかった。だから、その時の彼女が一体どんな顔をしていたのか、気付きもしなかった。仮に気付いたところで俺にはどうしようもない。彼女を慰めることもその涙を拭う資格だって、俺にはありはしない。俺のせいでそうなっているのだから……………こうして俺は今日、一人の女の子を傷付けてしまった。と同時に俺の長い片想いも終わりを迎えたのだった。




