第六十三話:蒼最祭1日目/神無月広輔の告白
ついに文化祭当日がやってきた。蒼最祭と呼ばれるうちの学園の文化祭は計三日間行われる。来場者の多くは地元の人や卒業生達だ。皆、各クラスや各部活動の出し物を非常に楽しみにしており、中でも飲食系が人気だった。どんなイベントもやっぱり、まずは食。食あってのイベントという共通認識がある程だ……………知らんけど。だから、だろう。飲食系の出し物をしているところは軒並み、気合いが入りまくっていた。現にこうしている今も威勢のいい呼び込みの声が聞こえてくる。
「何を黄昏れてるの?」
「いや、ついにこの日が来たんだなと」
「気持ちは分からないでもないけど、そんなことしてる暇ないわよ」
「……………だよね」
「廊下、見てきた?」
「うん」
「……………あぁ、なるほど。それで現実逃避してたのね」
「いや、だって!まさか、あんなに来ると思うか?一学生のそれも"ロミオとジュリエット"だぞ!?文化祭では割と定番の劇じゃないのか!?」
「う〜ん……………どうなのかしら?」
「まぁ、クレアと長月が出るんじゃ、そりゃこうなるのも納得だけど」
「?」
「だってお前ら、可愛いし綺麗じゃん。それに勉強もできて運動もできて……………あと演技も上手いし」
「っ!?か、可愛い!?」
「っ!?き、綺麗!?」
あれ?なんか今、長月の声も聞こえたような……………
「でも、本当のことじゃん」
「後半の二つに関してはお客さんが来る要因にはなってないけど……………あと、地味にショックなのが演技を付け合わせみたいな感じで褒められたことかしら」
「本当、それね。練習ではあんなに感動してくれたのに」
だから、何故ここにいない長月の声が……………って、あれ!?いつのまにか、目の前に!?何で!?
「如月くんが褒めてくれるのを私が聞き逃すはずないじゃん」
「いや、知らんけど!?」
全く……………俺に"知らんけど"を何回使わせるつもりだよ。既に二回だぞ。
「それこそ、知らんけど?」
はい!クレアさんので三回目頂きました!……………ってか、俺って本当に考えてることが顔に出やすいのな。
「まぁ、とにもかくにもさ」
と、ここで急に神無月がフェードインし、こう高らかに宣言した。
「"ロミオとジュリエット"、頑張っていこ〜〜〜!!!」
「「「「「お〜〜〜〜〜!!!!!!」」」」」
神無月の言葉に同調するクラスメイト達…………本当、こいつは良いとこを持っていくよな。
「君程じゃないよ、如月くん」
そして、やっぱり俺は読まれやすいな。
★
劇は特にトラブルもなく順調に進み、一日目の公演は無事終了した。そして、今は昼の少し前。公演が終わるとほぼ同時に教室を飛び出したクレアは一目散に実行委員の本部へと向かっていった。対する俺は同じ準備委員として、あの戦いを潜り抜けた戦友と共にささやかながらお互いを労おうと色々見て回っていた。
「うわ〜本当に気合い入ってるね」
横で長月が呟く。今、考えると凄い光景だよな。俺なんかがあの長月と一緒に文化祭を見て回っているなんて…………去年じゃ絶対に有り得なかったもんな。
「ん?どうしたの?私の顔なんか見て」
「っ!?い、いや劇良かったなって!やっぱり、流石だな長月は」
「また、それ?もう十分褒めてもらったよ?でも……………ありがとう」
そう言って頬を赤くしながら照れる長月は間違いなく可愛い。誰が見てもときめくだろう。かくいう俺ももちろん、可愛いとは思っている……………だが、なんだろう。この違和感は。
「如月くん?」
「あ、ああっ。悪い。ちょっと考え事してた」
「何?もしかして、霜月さんのことでも考えてたの?」
「っ!?な、何言ってんだよ!!そ、そんなんじゃないよ!!」
あれ?どうしたんだ俺?クレアの名前を出された途端、急にドキドキしたりして……………
「怪しいな〜」
「本当だって!!」
「まぁ、いいけど……………私にとっては如月くんの言ったことが本当だった方が都合が良いし……………ボソッ」
「ん?」
「ううん!……………あっ!あれも見てみようよ!!」
それから長月とはいくつも飲食の出し物を回った。昼が近いからって、そんなに食べれないんだけどな……………
★
私は今、凄い場面を目撃している。
「葉月優梨奈さん………………あなたが好きです!僕と付き合って下さい!!」
時刻はちょうど夕方頃。文化祭も終わり、多くの生徒達が帰宅する中、私は物思いに耽ろうと屋上へ向かっていた。すると、着いて扉を開けようとした私の耳にとんでもない言葉が飛び込んできたのだ。
「神無月くん……………」
それはかつて私が恋をし、そして失恋をした相手だった……………まぁ、憧れだったから正確には恋や失恋というのも少し違う気がするけど。
「………………」
まぁ、とにかくそんな人が今、物凄い勇気を振り絞って想いを告げているのだ。これは本当に凄いことだ。やったことのある私にはそれがどれほど難しいことなのかが良く分かった……………というか、私も第三者からはああ見えてたのか……………
「ゴクリッ…………」
あんな一世一代の大勝負を盗み見ることは良くない。心の中ではそう思っていても私はその場から離れることができないでいた。
「確かに僕達は出会ってまだそんなに経っていないかもしれない。でも、そんな短い間でも葉月さんの良さをどんどんと知る毎日がとても楽しかったんだ。そして、それ以上にドキドキした。最初はこの感情がなんなのか分からなかった。けど、今なら分かる……………僕、神無月広輔は葉月優梨奈さんに恋をしているって」
こんなところを学園の女子達が目撃したら何て言うのかな…………なんて私がどこか他人事のように考えていたのはきっと現実逃避の為だったんだろう。私は葉月さんの表情を見て、彼女が出す答えが…………この後に起きる展開が分かってしまったから。それを見たくないんだ。見たくないのにここから動けない……………私は今、そんな矛盾した状況に陥っていた。
「……………神無月さんのお気持ちは凄く嬉しいです」
「っ!?葉月さん!!」
「でも」
「あ」
「すみません。そのお気持ちに応えることはできません」
「………………」
屋上を一陣の風が通り抜けていく。それはまるでこの状況を表しているかのようで少し……………いや、かなり胸がズキズキと痛んだ。
「……………理由を訊いてもいいかな?」
「……………好きな人がいるんです」
「……………なるほど」
「その人が私をどう思っているかは分かりません。でも、私がその人をどう思っているかはハッキリとしています……………好きなんだって」
「そうか。その人は幸せ者だね。なんせ葉月さんみたいな子に好かれているんだから」
「いえ、私なんて……………その人は私が学園見学で迷っていた時、すぐに救いの手を差し伸べてくれました。それだけではありません。その後も何度も何度も」
これはかなりキツイ。なんせ自分を振った相手から、別の好きな人の話をされるのだから……………神無月くんは凄いな。本当だったら、振られてすぐにその場を離れたいだろうに。あえて残って理由を訊くということはその後もさらに傷付くことになるのを覚悟するということ。私だったら、耳を塞いでその場にうずくまってしまうかもしれない。
「でも、その人のそばには必ず他の女の子がいて…………私なんかが眼中に入っているのかなって常に不安で」
「…………そうか」
もう、やめて。これ以上は本当にやめてあげて……………
「だけど…………神無月先輩のおかげで勇気を貰えました。ありがとうございます」
「っ!?……………うん。そう思ってもらえて良かったよ」
葉月さん、あなたは悪魔だ。そんなことを言われたら、神無月くんはあなたを一生恨むことなんてできないじゃないか。
「では私はこれで………………寒くなっているので体調にはお気を付けて」
神無月くんがこの後も屋上にいるのを見越しての台詞か……………って、お前がそれを言うのか!一体誰のせいで……………
「風邪には気を付けて」
「っ!?あ、ああ」
「では」
うわ、最後にその心配そうな顔と笑顔のダブルコンボは…………キツイな。
「はぁ……………」
私はこの一部始終によって、当事者でもないのに疲れてしまっていた。だから、だろう。当然、屋上を去るということはこっちに向かってくるに決まっているということを失念していたのは…………あるいは私が俯いていなければ、それにも気付けたかもしれないというのに………………
「っ!?長…………月さん」
「……………あっ」
私は葉月さんの声によって、我に返り顔を上げた。すると、辛そうな表情をしている葉月さんと目が合った。彼女は何か言いたげに口を開きかけたが、結局は何も言わず…………
「…………………」
そのまま下を向いて走っていってしまった。彼女は神無月くんに感謝を述べ、相手の身を案じていた。そこからは前を見据えて、次に進んでいるようなポジティブな印象を受けた。しかし、実際の彼女は深く傷ついていた。誰かに好意を向けられるということ、それは嬉しさも感じる反面、もしも両想いでなかった時………………悲しい結末が待っているということだ。ましてや気持ちを口に出して、相手に伝えてしまえば、もう以前のようには戻れない。それが良い結果、悪い結果のどちらであったとしても確実に関係性は変わってしまうだろう。断られる方はもちろん、断る方も心が抉られるような痛みを覚え、それが普段から仲の良い相手ならば尚の事。でも、神無月くんと葉月さんは逃げなかった。神無月くんは告白しないという選択、葉月さんは答えを出さないという選択があったにも関わらずだ。彼らは今後、お互いの関係性が…………もっと言うと未来が変わってしまうかもしれないというのにあえて、その道を選んだのだ……………そういえば誰かが言っていた。"青春とは常に痛みが生じるものである"……………と。
「ううっ………………うぐっ」
私は屋上に一人残り、泣いている神無月くんを見ながら、静かに覚悟を決めるのだった。




