第六十二話:帰国
「パスポートをお見せ頂けますか?」
「Here it is.……………あ、日本語でいいのか。すみません、これ」
空港に突如現れたモデルのような体型をした銀髪の美人な女性。すれ違う人々どころか、遠く離れた場所にいる人すらも思わず、足を止めて見入ってしまうその女性は黒のTシャツにジーンズ、ヒールのついたサンダルを履き、耳には赤いピアスを付けていた。全体的にラフな格好と見て取れるその女性は掛けていたサングラスを外すとニヤリとした笑みを浮かべてこう言った。
「着いたぞ……………懐かしの日本」
そして、徐に甲高いヒールの音を立てながら、どこかへと向かって歩き始めた。すると、その途端にあちらこちらから男達がその女性に群がり始め、しつこく絡み出した。
「ねぇ、お姉さん。どこ行くの?」
「……………」
「今、暇?実はちょうど俺達も暇しててさ」
「……………」
「良かったら、どっか行かない?」
「……………」
「えっ。もしかして、金がないから遠慮してんの?だったら、安心してよ。ちゃんと俺達が出すからさ」
「……………」
「おい。さっきから無視してるけどよ……………あんまり調子こくんじゃねぇぞ」
「……………」
「だから、無視すんじゃ…………」
と、男が女性の肩を掴んだ瞬間、気のせいかその場の空気が少し下がったような気がした。
「お前、今触ったな?」
「あん?」
「これは暴力を振るおうとしたってことでOK?」
「はんっ!だったら、何だよ!お前がさっきから無視してんのが悪いんだろうが」
「白状したな?じゃあ、こっちも正当防衛ってことで心置きなくやれるな」
「は?一体何言って……………ぐぎゃっ!?」
次の瞬間、気が付けば男は宙を舞っていた。あまりにも早すぎて、女性が何をしたのか視界に捉えられた者はこの場にはいないだろう。男の仲間達もその男が地面に叩きつけられた瞬間、我に返り、事態を把握した程だ。
「っ!?」
「てんめっ!」
「女だからって調子に乗りやがって!!」
男達は数的有利な状況を理解した上で女性を取り囲み、ジリジリとその包囲網を狭めていった。
「おいおい。質の低いナンパに女一人に数人がかり……………日本はまだこんなところで止まってるのか?」
「何訳分かんねぇこと言ってやがる」
「そりゃ、虫ケラには何を言っても分かんねぇだろうな」
「っ!?」
「てんめっ!!」
「おい、やっちまうぞお前ら!!」
「力づくでしか女を持ち帰れねぇようじゃ、そこまでだな…………worm」
「こいつ、いよいよ何言ってやがる」
「惑わされるな!なんか、こいつはやべぇ!気付いたら、ペースに乗せられるぞ!!」
「いけ!やるぞ!!」
そう言って、飛び掛かる男達。対して、女性は鞘から抜き放たれた刀のように鋭い目で男達を睨み、こう言った。
「お前らみたいなのは海外に行けば一瞬だな」
そして、数秒後地面に倒れ伏す男達。この一部始終を見ていた人達は先程までの感情とは違い、女性に対して恐怖を覚えていた。
「良かったな。なんて言ったっけ…………………あぁ、そうそう。井の中の蛙、大海を知れて」
★
それは文化祭まであと二週間といった時だった。その日も準備委員としての仕事を終え、色々と考え事をしながら帰宅していた。すると、いきなり俺に向かって声が掛けられたのだった。
「Excuse me」
「うぇっ!?俺!?」
それは銀髪の美人だった。ファッションは至ってラフだったが、スタイルがとにかく良く道を行けば、ほとんどの男が思わず振り返ってしまう程だった。しかし、同時になんというか……………隙がないというか、まるで抜き身の日本刀のように関われば、斬られてしまうのではないか、そう思わせるような鋭さを放っていた。
「Could you show me the way to the station?」
「えっ!?えっと〜駅?それは…………ああっ!英語か…………go straight…………and turn the left……………」
「OK!thank you!…………… sorry. I just came to Japan and don't know much」
「えっ!?まだ、途中だったんだけど……………いいのかな?」
「Great!……………英語は誰に習ったの?」
「えっ!?え〜っと、友人に少し」
「へ〜…………大切にしなさいな、その友人は」
「は、はぁ」
「じゃあ、もう私行くわ!ありがとうね〜」
「いえいえ。どうも……………って!?あれ!?あの人、日本語話せたのかよ!!……………じゃあ、何でわざわざ英語で俺に?」
今はもう遠くに見えるその背中は路地を曲がったところで消えてしまった。
「しかも全然教えた道と違うところに行ってるし」
「へ〜あれが如月家のご子息…………であり、クレアの友人か……………なかなかに良いわ。柚葉も気にいる訳だ。ますます日本に戻ってきた甲斐がある」
夕日に映えるその女性は民家の壁にもたれかかりながら、黄昏れる。その様は非常に絵になっており、もしも道を行く画家がいれば、思わず描かせてくれと泣いて頼むこと間違いなしだった。
「これは余計に気合いが入ってきたぞ」
女性はそう呟くと壁から身体を離し、コツコツというヒールの音を鳴らしながらどこへともなく歩いていく。
「さぁ〜て…………可愛い可愛い妹の為に一肌脱ぎますか」




