第五十八話:会合
とあるお屋敷……………その客室に約20名もの人々が集まっていた。そのどれもが名家の人間であり、中にはお付きの者を連れてきているところもあった。夕食時ということもあり、長いテーブルには所狭しと料理が並べられ、もちろん酒も振る舞われている。既にこの会が始まって、どのくらい経ったのか。皆、好き勝手に飲み食いし、お互いの近況を報告し合っている……………と、そんな中で一人の男性がぼやくようにこう言った。
「全く、あの阿呆が・・・保護対象に恋愛感情を抱いた挙句、ストーカーとは」
「阿呆はお前じゃ。子供達には背負わせまいとワシらの代でそういうのは終わりにするんじゃなかったのか?見方を変えれば、お前のせいでそうなったとも言えるぞ」
「うぐっ!?」
「ん?弥生さん、何の話をしているんですか?」
「あぁ、卯月んとこの倅がやらかした件で話をしていたんじゃ」
「いや〜あれは驚きましたよね……………確か、被害に遭われたのは葉月さんとこのでしたっけ?」
「ん?何ですか?呼びました?」
「あ、葉月さん。この度はどうも」
「あ、どうも…………っと、お酌もすみません」
「いえいえ」
「それで何の話をしていたんですか?私の名前が呼ばれてましたが」
「いや、お宅の……………優梨奈ちゃんでしたっけ?例のストーカーの件ですよ」
「…………あぁ、それね」
「っ!?葉月さん!!その節は本当に申し訳ありませんでした!!うちの馬鹿息子が!!」
「だから、馬鹿はお前じゃと言うとろうが!!息子に全て罪を着せるな!見苦しいぞ」
「卯月さん、顔を上げて下さい。確かにあなたのところのご子息さんが致した行為は到底褒められたものではございません。しかし、私共は何度も心からの謝罪をお受けしました。それを今更、ほじくり返して責めるなど……………それでは私共の方が見苦しく映ってしまいます」
「………………」
「それほど反省しているのでしたら、今度はどうぞ息子さんに目を向けてあげて下さい。卯月家の者としてではなく、ちゃんと一人の息子として……………さっき、弥生さんが仰っていたようにそういう風習だとか、しきたりだとかは私達の代で終わらせようと昔、約束したじゃないですか」
「……………はい」
「いや〜それにしても優梨奈ちゃんに大事がなくて良かったですよね」
「優梨奈なら、大丈夫ですよ。だって、あの子達が側にいますから」
「それも凄い偶然ですよね……………私の娘もそのパーティーに加えて頂きましたし」
「皐月さん、パーティーって……………そんなゲームじゃないんですから」
「はははっ!……………まぁ、でも本当に凄い偶然ですよね」
「偶然なのか、はたまた運命なのか」
「弥生さん、どう思います?」
「偶然かどうかはさておき間違いなく、これだけは言える………………あの如月拓也が鍵を握っていると」
「なるほど。拓也くんが………………拓也くんといえば、あれは大変でしたよね……………如月さんもまさか、あの若さで」
「大変なんて言葉で片付けられたものではないわ。幼くして交通事故で両親を失い、そのショックにより、一時記憶喪失。この場所でワシらや子供達と会っていたことなどは記憶に残ってないじゃろう」
「その年の会合から今日に至るまで如月家は依然として欠席。今では十二家ではなく、十一家と認識している者も少なくありません」
「阿呆じゃな。如月夫妻は亡くなったが、彼らの意志はまだワシらの中に息づいとる。そして、それを完遂するのがワシらの使命じゃ」
「如月夫妻の願い……………それが」
「ああ。"子供達には何のしがらみもなく幸せに生きていって欲しい"……………じゃ。だから、卯月は阿呆なんじゃ。彼らの想いを踏み躙りおって」
「うぐっ!?……………すみません」
「まぁ、でも…………もう一人、その想いを踏み躙りそうなのがいるがな」
弥生家当主、弥生重吾がそう口にした瞬間、襖が開け放たれ、そこから二組の男女が現れた。
「申し訳ありません。皆様にご足労頂いている身でありながら、少々遅れました……………ん?師走家の当主はまた?」
「ええ。あの方はここぞという大事な場面でしか現れないみたいな印象がありましてね」
銀髪の美しい女性が近くにいた者に確認を取る。それを見た弥生重吾は鋭い目をしながら、呟いた。
「来おったな……………張本人が」
「ここぞという大事な場面?では、此度の会合は大事ではないと?」
「私共も暇じゃない。十二家の者としての顔もある一方で普段は会社勤めのサラリーマン………………本当にご足労ですよ、こんなお茶飲み雑談」
「……………相変わらずね、睦月家は。あの、今は亡き如月家のことでいつまで私達に敵対心を持つ気ですか?」
「如月家には大恩がある。だから、こうして私もここに出席しているんだ……………それが彼らの意志を継ぐということ」
「ふんっ。お友達ごっこがしたいなら、他所でやって下さい」
「なら、こんなところで行う無駄話も他所でやってはどうか?」
二人の会話に突然、割り込む声。それは先程から黙って話を聞いていた弥生重吾であった。
「無駄話?」
「そうじゃ。横に神無月家がいるということは例の縁談とやらじゃろう?くだらない」
「くだらない?私達からすれば、これほど有意義なことはありません。我々、霜月家の娘とこちらにいらっしゃる神無月家のご子息……………その両名がめでたく結ばれることでより一層の繁栄を……………」
「白々しい敬語なぞ、相手に使いおって。娘の婚約者が決まった途端、これだ。相手に逃げられないように太鼓持ちか?なるほど。霜月家は太鼓を叩かせる方じゃなかったか」
「一体何が言いたいのですか?」
「本人の意思を無視した婚約など白紙だと言いたいんじゃ。何が婚約者じゃ。時代錯誤も甚だしい。裏で親同士が勝手に決めたことじゃろうが」
「……………全く。序列が低い癖に偉そうに」
「おい、お前。重吾さんだけは怒らせたら、ダメだ……………ボソッ」
「何よ。じゃあ、あなたが何とかしなさいよ」
始まってもいない話し合い。にも関わらず、空気は既に緊張状態がMAXだった。誰もが二人の……………霜月ソフィアと弥生重吾のぶつかり合いに口を出すことができず、このまま膠着状態が続くかに思われた。しかし、そこで長月家の当主である長月明がゆっくりと口を開いた。
「あの…………とりあえず、一旦別の話をしませんか?例えば、来月に開催されるあの蒼最学園の文化祭についてとか」
「は?」
「いや、実はうちの娘が何やら劇でお芝居をするらしくて、張り切っていて……………確か、霜月さんの娘さんも一緒にやるとか聞いたん…………」
「くだらない」
「はい?」
「何が文化祭ですか。うちの娘はそんなくだらないことにうつつを抜かしている場合じゃないんですよ。あの子は天下の霜月家の人間なんです。あの子が出て行ってしまった今、もう私達にはクレアしか…………」
「じ、じゃあ、せっかくの文化祭なのに見に行かないんですか?娘さんの頑張りを見たくないんですか?」
「行きませんし、別に見たくもありません」
そこで一旦、言葉を区切ったソフィアは少ししてから、こう言い放った。
「あの子はただのクレアではありません。どこまでいっても……………霜月クレアですから」




