第五十七話:夏祭り2
射的や金魚すくい、屋台の食べ物を買って分け合ったりなど、いわゆる定番と呼ばれる夏祭りの楽しみを味わいつつ歩いてゆく。その際、みんなが心の底から楽しんでいるのが伝わってきて、俺も気が付けば、その輪の中に入って笑っていた。やはり、みんなももうすぐ夏休みが終わってしまうのが寂しいのだろう。だから、この夏を最後の最後までしっかりと楽しんでいるような気がした。そして、そうしていると人混みもどんどんと増してきて……………
「あっ!?」
「クレアっ!!」
俺は思わず、ぶつかってよろけてしまったクレアの手を取った。
「た、拓也…………」
「危ないし、迷子になるから。しばらく、このまま我慢してくれ」
「え、ええ」
下駄ではこの中を歩くのは至難だろう。俺は絶対にこの手を離すまいと少し強く握って、振り返った。
「お前らもこの人混みだから気を付けて………………」
とみんなへ向かって呼び掛けたところで気が付いた。
「あれ?みんな、どこに行った?」
まずい。こういったところで一番やらかしてはいけない行為………………そう。はぐれるということをしてしまったのだった。
★
「ちょっと!どうするんですか!」
「そんなのこっちが聞きたいわ!!」
「あ〜みんなとはぐれて、こんな人と二人きり……………神様、私に一体どうしろと?」
「そりゃ、こっちの台詞だ。こんな奴と二人きりなんて……………無人島で誰と二人きりがいいかを訊かれて、真っ先に候補から排除するような奴なのに」
「は?何ですって!?」
「え?聞こえなかったのか?もう一度、言ってやろうか?」
「いいです〜!聞こえてましたから〜!それよりも普段、私が睦月先輩に抱いている感情について、お教え致しましょうか?」
「は?んなのいらねぇよ。本当、お前と二人きりとか、お先真っ暗だわ」
「あら〜そうなんですか〜じゃあ、この懐中電灯で照らして差し上げますね!ほれ、ほれ!!」
「うわっ!?やめろ、馬鹿っ!!何でそんなもん、持ってんだよ!」
「何かあった時の、為に、決まってんじゃ、ない、ですか!!」
「おい、こら!喋りながら、的確に俺の目を狙って照らしてくるな!!ってか、真っ暗ってそういう意味じゃねぇよ!!」
「あはははっ!!楽しいですね!!」
「お前、最悪なんじゃなかったのかよ!!」
「はい!最悪で最高です!!」
「皐月桃香、てめーはやっぱり嫌いだ〜!!」
「あはははっ!!私も睦月先輩が大嫌いで〜す!!」
★
「……………みたいな会話が繰り広げられてるよね、きっと」
「もしも、あの二人が一緒だったらの話でしょ?」
「うん……………でも、何であの二人はあんな感じなんだろうね?」
「そうだね……………特に彼女のあの感じは如月くんに対してのものとはまた違うよね」
「そうだね。なんか、本能的なものなのかな?」
「前世でいがみ合ってたりして」
「ああっ!あり得そう」
終始、和やかに会話を続けるこの二人は蒼祭り最大のイベントを見に行く人達の群れによって、拓也達とはぐれてしまった優等生組だった。周りの人々はお似合いで絵になる二人を見てはため息をついて、通り過ぎていく。
「…………じゃあ、後は如月くん、霜月さん、葉月さんの三人が残っている訳だけど」
「葉月さんは分からないけど……………霜月さんは十中八九、如月くんと一緒にいると思う」
「どうしてだい?」
「だって、あんな人混みの中に如月くんが霜月さんをひとりぼっちで放っておく訳がないから」
「なるほど……………でも、仮に如月くんの近くにいたのが長月さんであっても僕はそうすると思うけどな」
「そう……………かな?」
「きっとそうだよ。だから、もっと自分に自信を持ちなよ」
「うん……………あれ?何で私、慰められてるの?」
「だって、如月くんにとって大切な人と思われてないかもって不安そうだったから……………余計なお世話だったかな?」
「いや、全然そんなことはないんだけど………………でも、何で私が不安になる必要があるの?だって、私の好きな人は……………」
「如月くんでしょ?」
「っ!?」
「その反応は……………やっぱりね」
「い、いや!何言ってるの!?私、前に神無月くんに告白したよね?まさか、忘れたの!?」
「いいや、あんなことを忘れる訳がないさ。だって、思ってもみないことだったんだから………………あれはかなり衝撃だったな」
「そうだよね。神無月くん、思い切り、目を見開いてたもん」
「うん……………ああ、そういえばあの時、告白を断った理由を今、言ってもいいかな?」
「えっ……………聞いてもいいの?」
「うん。実はね……………僕には婚約者がいるんだ」
「っ!?こ、婚約者!?」
「やっぱり驚くよね。まぁ、時代錯誤だし………………でも、これは正真正銘、本当なんだ。お互いに好きな人ができれば、話は別かもしれないけど……………ごめん。あの時、僕は君のことを異性として、見てはいなかった。もちろん、友人としては好ましいと思っているけど」
「謝らないで。むしろ、同情で好きでもないのにOKされる方が嫌だから。それに」
「そのおかげでもっと魅力的な人を見つけることができたって?」
「っ!?な、何を言ってるの!?」
「隠さなくてもいい。別に好きな人が変わるのはおかしなことじゃない。よくあることさ」
「……………」
「君の好きな人は如月くん……………に変わったとは違うな。"だった"だ。今、思うけど君が僕に抱いていた感情は"好意"ではなくて"憧れ"なんじゃなかったかい?」
「憧れ…………」
「こんなこと言うと自惚れみたいに聞こえるかもしれないけどさ、思えば初めて長月さんと出会った時に僕が向けられていた視線もそういった類のものだったと思う」
「じゃあ、私はずっと憧れを恋だと勘違いしていたってこと?」
「ん〜難しいところだね。憧れから恋に変わる話も聞くし、そのまま憧れで終わることだってある。ほら、芸能人とかを思い浮かべてみると分かりやすいかも。こんな綺麗な人と、カッコいい人と付き合いたいなと思ってみても結局、結婚するのは違う人だったりする。一方、ファンのまま、生きていって偶然、その芸能人と出会って結婚する人もいる……………要はその人次第かな」
「で、私の場合は憧れのままだったと」
「うん……………あ、別にそれで長月さんが僕に対して罪悪感を感じたり、気に病む必要はないよ」
「でも…………」
「いや、僕も人を好きになる気持ちっていうのが最近、身に沁みて分かったからさ」
「えっ……………それって」
「うん。そういうこと…………あっ、僕だけが君の好きな人を知ってるっていうのは不公平だから、教えとくね。僕の好きな人は……………」
★
「お、嬢ちゃん!いい食いっぷりだね!ほれ、これも食いな!!」
「ありがとうございます!!」
私は色んな屋台を回りながら、ひたすら食べ物を平らげていく。せっかく来たんだから、こうでもしないとお祭りの気分は味わえないからね。でも……………
「それにしてもみんな、どこに行ったのかな?」
私は頭にハテナを浮かべながら、今この瞬間も食べ物を口にする。葉月優梨奈、十六歳。華の女子高生…………とは少し言い難い過ごし方がここにはあった。
★
「はい」
「ありがとう」
人気のない神社の縁側に腰掛けるクレアへさっき屋台で買った飲み物を渡す。あれから、俺達は周囲を軽く見渡したのだがみんなを発見することができなかった。しかし、連絡があり、それぞれが無事であることを確認できた為、こうして、一緒にどこかで休憩することにしたのである。しかし、その途中でクレアの履く下駄の鼻緒が切れてしまったのでそこからは俺が背負ってここまできたのだった。
「ねぇ…………重かった?」
「……………重くなかった」
「今の間は何かしら?」
「どう答えたもんかと思ってな」
「普通に答えなさいよ」
「ダメだ。どう答えようが角が立つ気がしてな」
「そんなことないわよ」
「いや、ある。頼むから、今みたいな質問や"どっちの服がいい?"みたいな質問は避けてくれると助かる。男側からしたら、難しくてしょうがない」
「……………結構、大変なのね」
「まぁな。でも、それも含めて甲斐性な気がする」
と、そこで少しの間、沈黙が訪れた。俺達以外は誰もいないこの場所。並んで腰掛けると月に照らされて二つの影が浮かび上がる。もう夏も終わりが近い。暑さも段々と和らぎ、蝉の声も少なくなった。
「ん?」
不意に風が吹き、それに乗ってどこからか音が聞こえてきたような気がした。これは……………尺八か?
「甲斐性といえば……………」
そうクレアが何か言いかけた次の瞬間、
「「っ!?」」
ヒュルルルッ〜という音と共にどこからか打ち上げられた筒のようなものが上空で破裂して、そこに大輪の真っ赤な花が咲いた。
「……………綺麗ね」
「……………綺麗だ」
それは美しく壮大な花火だった。そういえば、蒼祭りにおいて、最大のイベントといえば後半になって開かれる花火大会だった。毎年、多くの人々が訪れているのもそれが目的の大半な程であり、友人や家族連れ、はたまたカップルなど老若男女問わず、魅了してきた。
「「………………」」
現に俺達もその花火に魅せられた者達だった。示し合わせた訳でもなく、二人共が自然と立ち上がり、次々に打ち上げられる色とりどりの花火を見ては声に出すことこそしなかったものの、しっかりと感動に打ち震えていた。
「ねぇ」
「…………ん?どうした?」
そして、かなりの時間、そうやって無言で花火を見つめていると……………ふと、視線を感じた。それを辿って横を向くと一体いつからそうしていたのか……………そこには俺を見て不安げに瞳を揺らすクレアがいた。
「もしも私に……………くれる?」
クレアは側から見れば、しっかりとこの場に立っているように見える。しかし、その実……………心は揺れて不安定になっている。俺にはすぐにそう分かった。何故かは不明だが、分かってしまうのだから仕方ない。彼女はそんな状態で俺に何かを訴えかけてきていた。これもまた何故かは不明だが、この時の彼女の言葉はちゃんと聞いておかないと後々、後悔するハメになる……………俺にはそんな予感があった。だから、花火をBGMに彼女の…………クレアの声を必死で追いかけた。すると、途中の部分は花火の音によってかき消され、ちゃんと聞き取ることはできなかったが何が言いたいのかは把握することができた。そして、俺はそんな彼女に対して、笑ってこう言うのだった。
「ああ……………任せろ」
★
そんなこんなで二人きりの花火大会も終わり、後はみんなと合流するだけとなった。しかし、俺はここである重大なことを思い出した。
「じゃあ、お願いするわ」
「お、おぅ」
そう言って下駄を手に持ち、遠慮なく俺に体重を預けるクレア。そう。彼女の履いてきていた下駄は鼻緒が切れて使い物にならなくなってしまっていたのだった。俺は花火に夢中でそんなこと、すっかりと忘れていたのである。
「……………しっかりと掴まっててくれよ」
「ええ」
ただでさえ、この年頃の男女がおんぶをしているという事実だけでも恥ずかしいのにあの人混みの中を進んで友人の元へと向かうのは凄く難易度の高い行為だった。俺はもう一回しっかりと背負い直すと思わず、声で気合いを入れて、一歩を踏み出した……………と、そこでクレアがまたしても余計な一言を言った。
「ねぇ……………重い?」
「……………勘弁してくれ」
俺は出鼻を挫かれたような気持ちになりながらも再び、気合いを入れ直して階段を降りていった。
「ただいま。父さん、母さん聞いてよ。今日はクレア達と夏祭りに行ったんだけどさ………………」
家に帰った俺は早速、今日あったことをつらつらと話し始めた。普段はここまでじゃないはずなんだが……………テンション高くなってんのかな、俺
「これでみんなと過ごす一夏のイベントは全て終了……………… なんだか今年の夏は今までとは少し違うものになったよ」
そう言う俺の言葉に父さんと母さんは笑っていた。




