第五十四話:お盆
チリンッ………チリンッ…………という心地良い風鈴の音が聞こえてくるここは風情ある日本家屋である。総坪数1400、東京ドー○の約十分の一もの敷地面積を誇るとある名家の総本山。その最奥に位置するこの場所は現在、風鈴の音とは裏腹にとても緊張感溢れていた。
「あら……………帰ってきてたのね」
奥からゆっくりと歩いてきたその女性は姿勢正しく、気品に満ち溢れており、この場所において何ら違和感のない人だった。おそらく、良いところで作られたのであろう着物を召し、銀の長い髪を上に持っていき、簪で止めている。どことなく、冷たさを感じさせるその態度には非常に見覚えがあった。
「はい。ちょうどお盆ということもあって……………お久しぶりです、お母様」
横でクレアがゆっくりと頭を下げる。そう、ここは天下に名高い霜月家…………その本家なのである。本日は八月十五日。世間ではちょうどお盆といわれる時期にクレアは何故か、俺を伴って帰省を果たしていたのであった……………本当に何で俺?
「そう。もうそんな時期なのね」
「……………」
「ひとまず、あなたの帰省理由は分かったわ……………でも、その男は何?」
その女性……………クレアのお母さんは俺のことを上から下まで見回すと侮蔑を含んだような視線で俺を射抜いた。ひぃ〜怖っ!!初めて、クレアを見た時のことを思い出すな。
「言っちゃ悪いけど、名家の出ではないでしょ?その男からは品性の欠片がまるで感じられないもの。あと、それだけじゃないわ。姿勢も悪いし、清潔感もない。何より、野心や気概が……………」
「お母様。そこまでにして下さい」
「……………」
「彼は今日、私が無理矢理、連れてきた……………いわば、客人です。まさか、天下の霜月家が客人に対し、そのような無礼な態度で接するというのですか?」
「嘘はよしなさい。そのような下劣な男が客人などと」
「ではもしも、彼が客人だった場合、どう落とし前をつけるおつもりで?」
「………………」
「疑わしきを罰していたら、それこそ霜月家の名が廃るというものです。あまり悪い噂は流したくないでしょう?」
「言うようになったわね……………傀儡が」
「私のことはどうとでもお言いになって下さい……………ですが、彼に言ったことは即刻、取り消して謝罪をして下さい」
「……………ふんっ」
クレアのお母さんはそんなクレアの言葉に耳を傾けるつもりがないのか、くるっと踵を返して去ろうとした。すると、すかさずクレアは追い討ちをかけるように言葉を吐いた。
「お母様の目もお曇りになられたものです。こんな聡明な男性を下劣な男呼ばわりなどと」
「目が曇っているのは果たしてどちらかしら?……………こんな大事な時期に一体何を考えているんだか」
「っ!?拓也、行くわよ……………ボソッ」
「うん?一体、何…………って、ちょっ!?」
クレアはお母さんが何やら呟いた言葉を聞いた瞬間、強引に俺の手を取ってどこかへと引っ張っていった……………一体、何を言われたんだ?
★
「本当にごめんなさい。こっちが頼んだことなのに嫌な思いをさせてしまって……………」
どこかの部屋へと着くなり、クレアはそう言った。一方の俺はそんなクレアに対して、思ったことをそのまま言った。
「気にすんなって。確かに結構、癖のある母親だとは思うよ。でも、まぁ、なんつーか……………元気出せよ」
「この状況で何故、私が慰められているのかしら?」
「いや、だってどう考えても俺よりもお前の方が居心地悪そうだったじゃん」
「っ!?………………気付いていたの?」
「うん。明らかにおかしかったからな」
「そう。でもね」
「ストップ!どの家庭にも何かしらの事情はあるものだ。それを無理に聞こうとは思わない。だから、クレアが話したくなった時にでも聞かせてくれよ」
「拓也……………」
「ずっと待ってるからよ」
「っ!?」
その瞬間、急に顔を背けだすクレア。俺はというと何事かと心配になって身を乗り出した。
「お、おい。大丈夫か?」
「だ、大丈夫よ。ちょっと汗臭くないか確認しているだけ」
「別に臭くないと思うけど」
「それはセクハラよ」
「えっ!?何で!?」
「冗談よ」
「おい。心臓に悪いぜ」
「ふふふ」
してやったりのドヤ顔。俺はその顔を見れただけでひとまず安心した。ここは彼女の実家なんだ。さっきのような暗い顔をして欲しくはないからな。




