第五十三話:キャンプ
"山でキャンプでもしようぜ!"……………それは圭太からの提案だった。
「わ〜いわ〜い!クレア先輩と山でキャンプ!」
なのに何故、提案者ではない奴が一番浮かれてるんだ?俺はクレアの手を嬉しそうに繋ぎながら歩く皐月を見て、そう思った。天体観測をした日、もう夜も遅いということで俺達が屋上を後にし、校門を出たところで息も絶え絶えにしながら、こちらに向かってくる皐月が見えた。しかし、そうなることはあらかじめ予想していた為、俺達は特に驚くようなことはせず、そのままその場で二人のやり取りを見守っていたのだ。
「それが…………もうここまで」
俺は以前よりも断然、距離が近くなった二人を見て呆れ返った。現に今も皐月がグイグイと近付いている。おい、あまりやりすぎるなよ?また、前みたいになるぞ。
「本当、良かったよね。二人が仲直りして」
「神無月、お前は完全に他人事だな」
「だって、二人なら大丈夫だって思っていたからね」
「神無月先輩の言う通りです!私の信じる二人が仲違いしたままなんて、あるはずがないです!!私は最初から、そう思って、ずっと静観を決め込んでましたもん!!」
「その割には結構、皐月の相談に乗っていたみたいじゃないか」
「ぎくっ!?そ、そ、そんなことないですよ〜?」
「おいおい。あまり後輩をいじめるなよ」
「圭太、お前も他人事じゃないぞ?今回のキャンプだって、仲直りした直後のあいつらの為に提案したんだろ?」
「っ!?ば、馬鹿かよ!!別にあいつらのことなんて、どうだっていい……………」
「ふんっ。横から口を挟むんなら、自分に隙がないことを確認してからだな」
「そういう如月くんだって、彼女達の為に色々と動いていたよね?ってか、むしろ一番動いていたんじゃなかった?」
「「えっ!?本当!?」」
「……………」
「顔が真っ赤だね〜……………言い出しっぺなら、もっと隙をなくさなきゃね?」
「…………うるさい」
「うふふ。いい仲間達だね〜」
オチとして、山中に長月の間延びした声が響いた。くそっ!夏はやっぱり暑いな。
★
現場に到着した俺達がまず最初に取り掛かったのはテントの設営だった。川遊びやバーベキューなど、楽しむことは他にもあるが、それを我慢してまでやらなければならないのがそれだった。たかがキャンプと侮るなかれ。初心者であればあるほど、テントの設営にはかなりの時間がかかる。慣れている者ですら、一、ニ時間かかってしまうことだってあるのだ。だから、着いて早々、遊びに興じるのではなくまずはテントを設営するのが先決。そして、ここから既にキャンプは始まっているのだ!!………………と、ボーイスカウトの経験があり、キャンプが趣味の圭太はそう熱弁していた。
「っと、こんなもんか」
「よ、ようやく終わったな」
「そ、そうですね」
圭太の指示に従いながら、動くこと約ニ時間。ようやくテントの設営も終わり、俺と優梨奈はまるで一仕事終えたような感じで自前のアウトドアチェアへと腰を下ろした。実は事前に圭太から必要なものを教わっていた為、こうして用意することができたのだ。本当、聞いといて良かったわ〜。自分一人じゃ、用意できたかどうか………………って!!
「何で神無月と長月はそんな余裕そうなんだ?」
何気なく、前を見るとそこには大して疲労もしてなさそうな神無月と長月が談笑をしていたのだ。ちなみにテントは全部で三つあり、それぞれが班に分かれて作業していたのである。俺と優梨奈は圭太に任せっきりにするつもりが何かあった時の為に慣れておいた方がいいと楽はさせてもらえなかったのだ。今更だが、何かってなんだ?……………まぁ、いい。それにしても二人はいつの間に終わってたんだ?決して楽ではなかったはずなんだが……………俺達もこっちに集中していて周りが見えていなかったくらいだし……………あ、クレアと皐月は愛の力とかで何とかするだろ。
「別に余裕じゃないよ。現に少し疲れてるし」
「私も。久しぶりだから、結構鈍っちゃってたし」
「少ししか疲れてない?久しぶり?一体、何を言ってるんだ?」
「僕は天体観測が趣味って言っただろう?その関係でたまに山とかに来て、星を眺めたりするんだ。その際、テントの設営をすることがあるんだよ」
「私の方は昔、ガールスカウトをやってたこともあるから。全くの初心者って訳じゃないんだよ」
「そういうことか。つまり、二人は慣れてると」
「いや、私は神無月くん程じゃないよ」
「いやいや、僕だってそこまでできるって訳じゃ」
「じゃあ、そんな二人にお聞きしたいんだが」
「「?」」
「あの二人のあれはどう説明がつくんだ?」
俺は向こうでキャッキャッとはしゃぐクレアと皐月を見て、そう言った。当然、テントの設営も終わってるから、あんなに余裕そうなんだが……………でも、解せない点がある。二人はおそらく経験者ではない。その上、彼女達の班には指導者もいない。だから、俺達の方が終わり次第、圭太が彼女達の班へと向かうはずだったのだ。しかし、あれは……………
俺はさっき"愛の力"だとかいう、くだらない妄想をしたのだが流石にそんなことは……………
「「愛の力だね」」
「って、ええええっ〜〜〜!?そんな馬鹿な!?」
★
一通り、バーベキューや川遊び(水着は持ってきていない為、濡れない程度の軽い遊び)を楽しんだ俺達は焚き火を囲みながら、夜空を見上げていた。まさか、前回に引き続き、ここでも天体観測をすることになるとは。でも、まぁ……………
「ふふふ。クレア先輩と天体観測!ようやく、できました……………ボソッ」
とても嬉しそうな表情をしている皐月を見ているとそれもいいかと思えてくる。考えてみれば、俺達にとっては二回目でも彼女にとっては初だからな。
「皆さん」
「「「「「「?」」」」」」
と、そんなことを考えていた時だった。皐月が徐に神妙な表情をして、そう呼び掛けてきたのは……………一体、どうしたんだ?
「改めて、今回の一件……………本当にすみませんでした!それとこんな私を気にかけて頂いて、本当にありがとうございました!!」
それは別に山中に響く程の声量でもないし、この場で発せられる自然の音よりも特段大きいということもない。だが、その声は…………想いは確実に伝わってきた。そして、それはみんなも同じだったのだろう。それが証拠に皆、微笑みながら皐月を見ている。
「…………………」
そこから、しばらくは焚き火の爆ぜる音と自然の音しかしなかった。神聖な雰囲気を壊したくないというのももちろん、あったろうがおそらく、別の理由もあっただろう。
「……………それと」
そう。彼女にはまだ言いたいことがありそうだったのだ。
「今回、誘って頂いてありがとうございました!私、凄く楽しいです!!……………ね、クレア先輩?」
「ええ。楽しいわね……………本当に」
だから、彼女が再び話し始めるまでは待っていたのだった……………いや、正確には彼女達か。
「ふふふ。星が綺麗です!……………あ、月も」
俺達はその後、飽きるまで星を見続けていた。きっとこの先、こういった機会はなかなか訪れないだろう。だからこそ、みんなで過ごすこの一瞬一瞬を大切にしていこう……………俺は改めて、そう思ったのだった。




