第五十話:肝試し
「今回は"肝試し"をしましょう!!」
その提案は優梨奈からだった。別荘での一件から、数日が経っていたが未だクレアと皐月は仲直りできておらず、それに痺れを切らした優梨奈がそう言ったのだ。もちろん、皐月には誰から聞いたとかは伏せるが、二人がギクシャクした経緯を聞いたと伝え、その上で俺は気にしていないと告げた。しかし、それでも謝り倒す皐月に対して、俺は神無月に言ったような内容を伝えて、むしろこれ以上に俺と皐月が仲良くなれるチャンスが到来してラッキーだと念を押した。だから、その調子でクレアにも同じように仲良くなれるチャンスだと考えて、逆に積極的に押していけとアドバイスまでしたのだ。ところが、やはりあれだけの一件は皐月の中でも流石に堪えたのか、俺に対しては説得の甲斐もあり、通常の態度を取り戻したが、クレアに対してはそれも難しいらしい。う〜ん。話題に出された当の本人がいいと言っているのに…………人間関係とはなかなかに難儀なものである。
「黄昏れていて、どうしたの?」
と、クレアに呼び掛けられたことで俺は我に返った。いけない、いけない。今から肝試しをやろうっていうのにボーッとしてたら、醍醐味も何もないじゃないか。今回、集まったのは皐月を除く全員である。時刻は夜7時で場所は神社近くの小道。ちょうど六人な為、くじ引きでニ人一組のペアを作り、進んでいくこととなる。スタートの合図で出発し、約200m先の灯篭まで辿り着いたら、折り返してスタート地点まで戻ってくる。その間にミッションなどは特に存在せず、仕掛けや驚かす役の者などもいない。至って、シンプルかつ平和なものだった。とはいってもそのぐらいでちょうどいいのだ。なんせ、この小道はまだ夜も始まったばかりとはいえ、既に不気味な感じが漂っており、ここを通るカップルが次々と悲惨な目に……………
「わ〜〜〜!!!怖いモノローグ、やめて下さい!!」
「あれ?バレた?」
「当たり前です!!顔が思いっきり物語ってます!!」
「優梨奈、もしかして怖いのか?」
「こ、こ、こ、怖くなんてないですよ!!何を言ってるんですか!!」
「にしても不思議ね。何故、怖がりなのにこんな提案をしたのか」
「クレア先輩!!だから、怖くないって言ってるじゃないですか!!」
「でも、私も葉月さんの気持ち、分かるかも。だって、ここ……………出るって噂だし」
「ひぃっ!?そ、そうなんですか!?」
「そんな悲鳴を上げるってことはやっぱり怖いんじゃないか」
「ち、違います!こ、これは…………そう!長月先輩に合わせてあげただけです」
「"そう!"って言ってる時点でね…………」
「あっ!神無月先輩まで!酷いです〜!!」
「まぁ、んなこといいじゃん。ほら早速、くじ引きしようぜ」
「ちょっと!勝手に話をまとめないで下さいよ!!」
「そうね。ちゃっちゃとしちゃいましょう」
「うわ〜ん!肝試しは私の提案なのに〜〜!!」
★
「結構、雰囲気あるな」
「だね」
くじ引きの結果、俺と長月、クレアと圭太、そして優梨奈と神無月という組み合わせになった。ちなみに順番決めはジャンケンで行い、俺達は晴れて最初に出発することとなったのである。
「でも、優梨奈にああ言った手前、俺達が怖がってちゃ世話ないよな」
「うん。ここはさっさとゴールして、威厳を保たないと」
とはいっても長月を置いて、走り去る訳にはいかない。俺は可愛く横で気合いを入れる長月を見ながら、彼女の歩幅に合わせて歩いた。
「……………あれから、皐月さんとは話した?」
「ああ。だいぶ、いつもの調子は取り戻しているみたいだったな。でも、クレアに対してはまだ…………」
「うん。今日、来てないことを確認して悟ったよ。早く仲直りできるといいね」
「ああ。一応、頑張れとは伝えたけど、こればっかりは当人の心持ち次第だからな。あんまり急かすのも良くないし」
「……………やっぱり、如月くんは優しいね」
「は?何だよ、突然」
「いや、改めてそう思ってさ。私の時もそうだったけど、あの時はそんなこと感じる余裕もなかったし。でも、今は客観的に如月くんを見ることができるから」
「そ、そうか?」
「そうだよ」
「いや、だから、いつかの試験勉強の時も言ったけどさ……………俺なんて本当、大したことないんだよ。買い被りすぎなんだって」
「ううん。そんなことない」
「おいおい。これはドッキリか?集団で俺のことを気持ち良くして、後でどん底に突き落とすつもりじゃないだろうな?」
「集団?……………あぁ、もしかして神無月くん達のこと?」
「あれ?何で分かるんだ?なんか、最近やたらと俺を褒める奴が多くて困ってるんだよ。自分じゃ大したことしてないつもりなのさ」
「見てれば、分かるよ。ちなみに今日のメンバーは全員、如月くんに対する印象が私と一緒だと思う」
「はぁ…………おだてたって何もでないぞ」
「あ、そうなんだ」
「ん?ってことはやっぱり、ドッキリなのか?」
「冗談だよ」
「おい!!」
「うふふ」
長月は本当に心臓に悪い。今の笑みを見たら、学園中の男子達が虜になること必至だろう……………まぁ、俺も例外ではないが。
「でもさ……………そんな、みんなが認める如月くんだからこそ、この間の発言は凄く気になった」
「この間の発言?」
「うん」
その瞬間、時が止まったかのように錯覚してしまった。それほどまでに長月の表情が印象深かったのだ。
「如月くんに霜月さん以外に好きな人がいるっていう話」
「…………あ…………それは」
「あれって、一体誰のことなのかな」
「………………知りたい?」
「うん。もしも、教えてくれるのならだけど」
俺は間違いなく、今までの人生で一番焦っていた。喉が異常なスピードで渇いていき、と同時に汗も止まらなかった。どう答えればいい?正直に言えば、いいのか?それとも……………いや、ここで言うのが果たして、本当に正解なのか?然るべき場所、然るべきタイミングでちゃんと自分発信で気持ちを伝えるべきなんじゃないのか?なんせ、一年以上の片想いだ。それを今、ここで解き放つべきなのか?
「……………長月……………あのな」
だが、俺の心は震えていた。もしかしたら、気が付いていないだけで俺はこの想いを長月に知って欲しかったのかもしれない。今まではそのタイミングが上手く噛み合ってこなかっただけで実はもう覚悟はできていたのかも…………
「あっ!!」
「っ!?どうした!?」
俺がいよいよ、どうするかを熟考し、その択を選んだ時…………長月が徐に声を上げた。
「ほら。あれじゃない?灯篭」
「へ?……………あ、本当だ」
途中からすっかり忘れていた。今、俺達は肝試しの真っ最中だったのだ。
「もう着いたんだ。結構、早かったね………………あれ?そういえば、何か言いかけてなかった?」
「………………いいや。俺もちょうど向こうに何かが見えたから、それを伝えようとしただけ」
「あ、そうなんだ」
ちぇっ。そんな空気でもなくなっちゃったよ。なんか、タイミングに恵まれないな。
「いつか、来るんだろうか?俺の気持ちを伝えられる日が…………………ボソッ」
俺は灯篭を触りながら、はしゃいでいる長月を見て、そう呟いた。帰りは言葉数もそれほど多くなく、ただただゴールする為だけに足早に進んだ。まぁ、焦ることはない。時間はまだまだ、あるのだから。俺は先を行く長月の背中を見つめながら、そう思った。当然、その時の彼女が一体どんな表情をしていたのか……………俺には知る由もなかった。




