第四十八話:別荘3
「こんな時間にどうしたんだ?」
夕食も終わり、各々が部屋でまったりしているであろう時間。俺は神無月にバルコニーへと呼び出されていた。
「ごめん。ちょっとね」
「?」
「あ〜あ。本当だったら、今頃みんなでトランプでもしていたのにね」
「それは一体、誰に対する嫌味なんだ?クレアか?皐月か?……………それとも買い出しに行っていた長月か?」
実は俺達はリムジンで別荘へと向かう道中で話をしていたのだ。夕食の後はまったりとお菓子をつまみながら、トランプでもしようと。その為、俺と長月による買い出しの中身には夕食の材料だけではなく、そのお菓子も含まれていたのだった。
「本当に凄いな、君は。そこで真っ先に自分の名前を出さないところが」
「俺のことなんて、どうでもいいだろ。だが、クレア達が何か言われるのは気に食わん」
「へ〜」
「事と次第によっちゃ、お前を許さん」
「何?実力行使?でも、いいのかな?そんなことをしたら、学園中の女子達が黙っていないかもよ?」
「そんなの知るか。俺は後で嫌な目に遭うよりも今、しなくて後悔する方が嫌だ」
「なるほど……………それが自分の為ではなく、誰かの為であれば尚更か……………ボソッ」
「神無月?」
「あ、ごめんごめん。こっちの話」
「?」
「それにしても少し嫌な言い方をしてしまったね。ごめん。僕はただ、みんなでこの時間を過ごしたかったのかもしれない」
「それなら、そうとはっきり言えよ。"少し"じゃなくて、"かなり"嫌な言い方になってたぞ」
「ごめん……………でも、こんな言い方をして良かったかもしれない」
「うん?」
「やっぱり、君は僕が思った通りの人だったって分かったから」
「何だ、それ?褒めてんのか?」
「うん。それに」
「それに?」
「彼女達が君を…………………」
と、その時タイミング悪く強い風が吹いた為、神無月の声はそれにかき消されてしまった。
「うん?何だって?」
「ううん。何でもないよ」
なんか今、物凄く重要なことを言っていた気がするのは俺だけだろうか?しかし、俺はモヤモヤする気持ちを無理矢理、抑えながら、続きを促した。
「で?世間話はもうこれぐらいにして、俺をここへと呼び出した理由を教えてくれ」
「あっ、そうだったね」
神無月はそこで手すりに両腕を置くと遠くを見ながら、こう言った。
「君を呼び出したのは他でもない……………君と長月さんが買い出しに向かっていた間にあったことを教えておこうと思ってだ」
★
あれは君達が別荘を出てから、すぐだった。別荘の設備に一番詳しい霜月さんと何故か、異常に張り切っていた皐月さんが先頭に立って下拵えを開始したんだ。霜月さんはやっぱり何でもできる人だったよ。君達が帰ってきたら、すぐに取り掛かれるように最効率を求めた動き、さらにはキッチンにどんな調理器具がどのように置かれているかもしっかりと把握していた為、テキパキとした指示も出してくれていた。そんなのが十分程続いて、若干余裕が出てきた時だった。僕達は徐に世間話なんかをし始めたんだ。と、そんな中、話の流れで皐月さんがポロッと口にしたことから、今回のことが起きたんだ。
「でも、私ってどうしても男の人って無理なんですよね」
「そうなの?じゃあ、学校の男子も?」
「うん」
その時の皐月さんはここ数十分の中で一番違和感があったんだ。何やら、言葉に熱を帯び出して、一瞬だけ葉月さんに強くアイコンタクトを取っていたような気がする。何か打ち合わせでもしていたのか、現に葉月さんの言葉には若干、言わされている感がしたよ。
「私、同じクラスどころか全学年の男子が異性の対象として見れなくて……………酷い時は嫌悪感まで出てきちゃって。特に………………」
でも、そっから先は葉月さんも聞かされていないアドリブだったのだろう。彼女は予想外とでもいうような表情をしていたよ。
「如月先輩なんですけど…………正直、無理なんですよね。いや、確かに私もよくしてもらってますよ?でも、それもそろそろ限界なんですよね。近くにいるだけでうざいっていうか、はっきり言って迷惑っていうか……………あの人、なんか動きがうるさいじゃないですか。だから、目障りなんですよね。まぁ元々、如月先輩に近付いたのだって、他に目的があったからですし……………あの…………それでですね!その近付いた目的っていうのが」
と、その時だったよ。頬を強く叩くような大きな音がしたのは。見ると、叩かれていたのは皐月さんで彼女の頬は赤く腫れていた。そして、叩いたのは鬼のような形相をした霜月さんだった。
「クレア……………先輩」
「今すぐ自宅へ帰ってちょうだい」
「えっ」
「聞こえなかった?あなたのことを視界に入れたくないから、帰ってって言ったの」
「ちょっ」
「はっきり言って、目障りよ」
それは皐月さんが先程、如月くんのことを形容して言った言葉だった。そして、そこで皐月さんはようやく自分が何て言ったのかに気付き、驚いた表情を浮かべていた。見ていて分かったことだが、彼女はきっとそこまで言うつもりはなかったのだろう。ただ、どこかでスイッチが入ってしまい、自分でも止められなくなってしまった。おそらく、彼女にはとても強い目的があった。それに焦っていたのだろう。その為にあそこであんな長文を吐いた。だから、余計なことまで言ってしまったのだ。だが、問題はそこではなかった。余計なことと言ったが、その長文に一部とはいえ本音があったのも事実ということ、それと今回、僕達が最もやってはならないこと……………そう。霜月さんを不快にさせてしまうということだった。
「あの…………クレア先輩」
「どこまでが本音でどこまでが蛇足かなんて、どうでもいいの。肝心なことはあなたが私の気に食わないことを言った…………ただ、それだけよ」
「ち、違うんです!わ、私は」
「拓也は…………拓也はね!」
霜月さんはちゃんと皐月さんの様子がおかしいことに気が付いていた。しかし、気が付いていて尚、彼女もまた気持ちが制御できなかったんだ。こんな彼女を見るのは初めてだった。長月さんとの一件でも他のどんなことでもあんな表情をしている霜月さんを見たことはない。それほど、彼女は…………激怒していたんだ。
「いつも一生懸命なのよ!私の時も長月さんの時も優梨奈の時もそう……………睦月だって今まで色々と助けられてきただろうし、神無月も一目置いてる。何より……………あなただって身に覚えはあるでしょ」
「っ!?」
「なのにどうして、そんなことを言うの?」
「わ、私は……………」
「確かに拓也にも悪いところは沢山あるかもしれないわ。不器用だし、頭もそれほど良くないし、突拍子もないことをしたりもするし……………でも、それでもあいつはそんなこと気にならないぐらい優しい奴なのよ!常に誰かのことを気に掛けて、困っていたら全力で助けようとするし、とても明るくて見ていて飽きない………………良いところだっていっぱいあるの!何より、あいつとは………………一緒にいて楽しいのよ」
「……………」
霜月さんの言葉にその場にいた誰もが口を開くこともできず、ただただこの後の展開を見届けることしかできなかった。そして、彼女は最後にこう締め括ったんだ。
「だから、私は相手が誰であろうが、あいつを………………拓也を貶す奴は絶対に許さないわ」




