第三十六話:告白
「優梨奈」
「…………」
「優梨奈」
「…………」
「優梨奈ってば!!」
「っ!?ふぁ、ふぁい!?」
「どうしたんだよ、ぼ〜っとして」
「そうよ。それにびっくりした時のリアクションがこの変な人と同じで随分とマヌケになってたわ」
「変でマヌケで悪かったな!!……………ってか、優梨奈本当にどうしたんだよ。今日一日中、そんな感じじゃないか」
「い、一日って…………今、お昼ですよ?まだ一日は終わってませんよ?」
「…………確かに今日はどうかしてるわね。普段なら、この変な人の発言の揚げ足を取るようなことはしないもの」
「あ、揚げ足って…………だって、そうじゃないですか。まだ半日しか経ってませんし」
「でも、朝に昇降口で挨拶を交わした時も様子がおかしかったわよね?」
「……………」
「昨日、何かあったのかしら?」
「っ!?せ、先輩達の気のせいですよ。それにもしも仮に万が一にも私に何かあったとして、それが一体何だっていうんですか……………先輩達には関係ないじゃないですか」
「いいえ。そんな理屈は通らないわ。だって、あなたの今までの行動を思い返してみて。あの小旅行の時もその後に私達の間で起きた諍いに対してもあなたは私達を心配し、想ってくれていた。それだけじゃないわ。あなたは常に私達と笑顔で楽しく過ごしたいと感じてくれている……………それなのに自分の時は関係ないだなんて」
「そうだぞ!関係なくなんかない!俺達には優梨奈の気持ちが痛い程、伝わってるんだぞ!だから、何かあるなら話せ」
「……………何も知らない癖に」
「……………」
「優梨奈?」
「何も知らない癖に知った風なこと言わないで下さい!!私の気持ちが痛い程、伝わってる?じゃあ分かるじゃないですか!!私が今、どんな気持ちでどうしてこうなっているのか………………一体誰のせいで」
「やっぱり私達のせいなのね」
「っ!?」
「あなたの本音が聞けて嬉しいわ」
「いや、今のは違っ……………」
「別に嫌味でも皮肉でもないから、安心して。私は……………いえ、私達はただ、あなたの力になりたいだけなの。もしも、何か悩んでいることがあるのなら、できれば一緒に悩んで解決したい。だって……………それが友達というものでしょ」
「クレア先輩…………」
「ま、まぁ本当は親友というのも考えてあげなくもないけど………ボソッ」
「えっ!?いいんですか!?」
「っ!?ち、ちょっ!?聞こえていたの!?」
「はい!!バッチリ聞きましたよ!!もう取り消せませんからね!!」
「ははは〜こりゃあ〜いいね〜」
「ああっ、もう!それでいいわよ!というか、拓也!その外国のお父さんみたいな笑い方やめなさい!!」
「ふふふ……………クレア先輩、ありがとうございます。そして、すみませんでした。八つ当たりのようなマネをしてしまって」
「いいえ。あなたの悩みが私達のことなら、それは八つ当たりとはならないわ」
「そうだな。逆に俺達が謝るべきだよな……………ごめん優梨奈」
「ごめんなさい」
「いえいえ!……………むしろ、この時間でもっとお二人と仲良くなれたような気がするので私としては良かったです」
「……………そうね」
「良かったな」
私達は全員で顔を見合わせてから、同時に笑い合った。そして、その後、悩みの内容を訊かれたがどうにか誤魔化してその場を取り繕った。確かに二人のおかげで心は軽くなったけど、流石にこの内容を本人達に直接、言うことは憚られた。
これは誰が私の立場でもそうだろう。もしかしたら、今後の私達の関係性にまで響いてくるかもしれないのだから。
★
「皐月さん?どうしたの、こんなところに呼び出して」
「もうっ!私のことは呼び捨てでいいって以前、言いましたよね?」
「ああ、そうだった…………ごほん。それで桃香、こんなところに呼び出して一体何の……………っ!?」
俺がそう言った瞬間、頬を鋭い何かが掠めたような気がした。思わず驚いて、振り返ると後ろの壁に万年筆のようなものが突き刺さっていた。
「ひっ!?」
「これも以前、言ったことですが……………誰が名前を呼び捨てにしていいと?」
「す、すみません!!」
「分かって頂けたのなら、幸いです」
そう言って微笑む皐月。対する俺は今いる空き教室内をゆっくりと見回して、出口を探した。それは恐怖だった。もしかしたら、これから危険な目に遭わされるかもしれない。それか、何かトラップが仕掛けられていて俺をどうにかするつもりとか……………何にせよ、さっきの投擲は一切の躊躇いがなかった。これは心してかからねば俺の命も……………
「ああ、安心して下さい。あんなことはもうしませんので」
「そ、そうか。それは良かっ」
「拓也先輩がふざけなければ」
「は、はい!!私、如月拓也は今後一切のおふざけを禁止します!!」
「分かればよろしい……………さて、では無駄話はこの辺にして、とっとと本題に入りましょう。あなたとただ、こうしているだけなのは時間の浪費に過ぎませんから」
「ひ、酷い…………」
「では単刀直入に言いますね。如月拓也先輩」
「は、はい!!」
そこで皐月は真っ直ぐ俺を見つめるとこう言った。
「私を応援して下さい」
「……………はい?応援?」
「はい。応援です」
「あ、あれぇ〜?なんか思ってたのと違う展開だな〜」
「まさか、告白でもされると思ったんですか?」
「いや、そ、そんなことは」
「私が、あなたに?馬鹿馬鹿しい。それこそ、私の思ってるのと違う展開ですよ」
「えぇ〜…………辛辣。そこまで言う?」
「ええ。言いますとも。だって私、そもそも男の人嫌いですし」
「そ、そうなんだ」
「はい。恐怖というよりは嫌悪に近い感情ですね」
「へ〜……………あれ?じゃあ、あの日何で俺に近付いたの?」
「それは私がこれからする話に関わってきます」
「これからする話?」
「その前にまずは何の応援をして頂きたいか、お話ししますね」
「うん」
「先輩にして頂く応援。それは…………恋の応援です」
「恋?」
「はい。まず大前提として、私は……………霜月クレア先輩に恋をしています」
「へぇ〜霜月クレア先輩ね。それはそれは……………って、おい!?それはまじか!?」
「はい。大マジです。あの人のことを考えるだけで私は胸が熱くなって、張り裂けそうで居ても立っても居られなくなります」
「おぉ…………それは凄く強い想いなんだね」
「はい。ちなみにこのことは優梨奈も知っています。昨日、話しましたから」
「へぇ〜優梨奈もねぇ〜……………って、あいつが悩んでたのはこのことかよ!!そりゃ、どうあってもあの場では言えねぇわ」
「なので先輩、応援よろしくお願いしますね?」
「お、おぅ。できる限りのことは…………あの、時間があったら……………いや、機会があったらね」
「くれぐれも私の行動を邪魔したりしないで下さいね?もし、少しでも邪魔する素振りがあれば」
「あれば?」
「もうっ!それ以上、言わせたいんですか?」
「ひぃっ!?その笑顔怖いからやめて!!」
「さて、では今後のことも踏まえて、まずはどうしてクレア先輩を好きになったのか、それと吐き気を催しながらも如月先輩に近付いた理由についてもお教えしますね」
「ううっ。何故、協力する立場の俺が傷付かなきゃいけないんだ」
「先輩、ファイト♪」
「あぁ、はいはい。世界一嬉しくない応援、ありがと」
「……………今、何て言ったの?」
「だから……………俺の恋を応援して欲しいって」
「その後よ」
「何度も言わせないでくれ……………俺の好きな人っていうは拓也のことだ」
「っ!?で、でも、あなたも知っているでしょう?彼の好きな人は……………」
「ああ」
「もしかして、今までそんな想いを抱えながら、彼の恋の相談に乗ったり背中を押したりしていたの?」
「…………ああ」
「……………こんなことまで訊いていいのか分からないけど、一体いつから?」
「去年からだ」
「……………」
「どんな風に思ってくれても構わない。でも、この気持ちだけは嘘じゃない…………本物だから」
「……………睦月」
「あいつはな、俺にないものを沢山持ってる。学園の奴らは見る目がないが、本来なら同性異性問わずモテモテの奴なんだ。だからこそ、本当は俺なんかの傍にはいちゃいけねぇ。それなのにあいつときたらよ……………」
そこで一瞬、どこか遠くを見た睦月圭太はゆっくりと目を閉じるとこう言った。
「俺が辛い時には必ず、傍にいて支えてくれた。嬉しい時は一緒にいて、それを分かち合ってくれた。そして、何より俺という不安定な存在を確固たるものにしてくれた」
「……………」
「だからこそ、俺はあいつのことが大好きなんだ」
「……………そう」
「ちなみにこのことは葉月も知っている。昨日、既に話したからな」
私はこの時、睦月圭太という一人の人間の想いの重さを知った。と同時に何故、優梨奈が私達に悩みを打ち明けられなかったのか、も……………これは致し方ない。このことをあの場で言うことはおそらく誰が優梨奈の立場であったとしてもできないだろう。




