第三十四話:雨に咲く紫の美しき花
「どうしたんですか、拓也先輩?」
「いつものだらしない顔が今日はさらにだらしないわよ」
昼休み。学食でいつものように飯を食べていると同席している優梨奈とクレアが心配してきた…………いや、クレアの場合は単に気味悪がっているだけか。
「クレアくん、何とでも言いなさい。今日の俺はあなたにどんな言葉を投げかけられようとも笑って許せる自信があるのだよ」
「…………変な物でも拾い食いしたの?」
「ふふふ」
「本当にどうしたんですか、拓也先輩。いつも変ですけど、今日はもっと変ですよ?」
「ほら、優梨奈にも言われてるわよ…………ってか、何気に優梨奈の方が結構なこと言ってるわね」
「ふふふ……………諸君、そんなに俺の豹変ぶりが気になるかね?」
「いえ、別に」
「私は気になりますよ!もしも、何か事件でも起こされたら、たまりませんもん!!」
「優梨奈、あなたね…………」
「そんなにどうしても君達が気になるというのなら、教えてあげよう!!」
「うわ、ウザいわね」
「私は嫌いじゃないです、この感じ!!」
「落ち着きなさい。あなたまでそっちに行ったら、収拾がつかないわ」
「聞いて驚くなよ?…………俺は昨日、出会ったんだ」
やれやれとクレアが肩をすくめる中、俺は徐にテーブルを叩いて立ち上がり、こう言った。
「雨の中、美しく微笑む紫陽花に!!」
「…………ルビも字も両方おかしいわね」
「あれ?天使?」
「両方って言ってるでしょう」
「?」
呆れ顔のクレアと俺の言っていることをイマイチ理解できていない優梨奈を尻目に俺は続けて、こう言った。
「君達は知らないと思うが、ゴールデンウィーク明けの初日に皐月桃香という転校生がやってきたんだ。それはそれは大層な美少女で物腰柔らかく…………」
「あ、その人、知ってます!」
「ええ。学園中の話題になっているものね」
「あのな、人の話は最後まで………………って、え?今、何て?」
「だから、その子、学園中の話題になっているのよ」
「ええ。私は同学年なんで比較的、早く知りましたが」
「へ?」
「知らなかったのはあなたぐらいよ。むしろ、よく今まで知らないでいられたわね」
「そ、そんな…………」
「わ、私はその鈍感さ、嫌いじゃないですよ拓也先輩!!」
「それ、フォローになってないわよ」
「な、なんてことだ」
「分かりますよ拓也先輩!昨日、今日知った知識をひけらかしたいその気持ち!!そして、それが失敗に終わった時の無力感や恥ずかしさ!!でも、そんなの誰でも通る道です!!気にしないで下さい!!」
「…………あなた、わざとやってるでしょ」
自分だけが知らなかったショックで俺にはしばらく二人の声が耳に入らなかった……………が、しかし。そこで俺は思い出した。彼女が俺にしか見せない顔があったことを。
「……………ふふふ」
「っ!?急に変な笑い方しないでよ。薄気味悪い」
「どうしたんですか、拓也先輩」
「実は昨日、彼女と一緒に帰っていた時のことなんだが……………」
「ん?」
「一緒に帰った?」
俺が再び口を開いた瞬間、空気が変わったような気がした。おかしい。変なことは一つも言っていないはずなのだが。
「その話、詳しく聞かせてもらってもいいですか?」
…………とにかく慎重に話を進めよう。なんせ、最も怒らせてはならない後輩の目が危険な光を放っているような気がした。
「先輩……………」
そんな俺達を件の人物が遠くから見つめていたのだが、この時の俺には知る由もなかった。




