第三十三話:梅雨の一時
「……………」
雨の中、一学年下の美少女転校生と同じ傘に入りながらの帰宅。この事実を学園の男子共に知られれば、俺はたちまち蜂の巣にされてしまうだろう。それほど周りから見れば、羨ましい状況。にも関わらず、俺はというとどこか腑に落ちない感情に見舞われていた。確かに彼女…………皐月桃香は噂通り、黒髪ロングで雰囲気の柔らかそうな美少女だ。こんな女の子に望まれれば、どんな誘いだろうと喜んで受け入れる男は大勢いるだろう。だからこそ余計に、だ。そんな美少女が一体何だって俺なんかに……………自分ではあまり言いたくないが、俺なんて何の取り柄も特徴もない平々凡々な男子高校生だ。話したこともない女の子、それも美少女に興味を持たれることなど、どう考えてもおかしい……………なんか自分で言ってて悲しくなってきたな。
「如月先輩」
「っ!?ふぁ、ふぁい!?」
と、じっと彼女を見つめながら考えていた俺は突然かけられた声にびっくりして、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。これはかなり恥ずかしい。
「今、"何の取り柄も特徴もない平々凡々でどうしようもないクズ男子高校生である俺にこんな美少女が興味を持つなんておかしい"……………とか考えてませんでしたか?」
「っ!?な、何故それを…………あ、ちなみに"どうしようもないクズ"は余計ね」
「顔にそう書いてありましたから……………如月先輩って素直なんですね……………いや、単純な馬鹿?」
「け、結構辛辣だね皐月さん」
「呼び捨てでいいですよ」
「あ、そう?じゃあ…………桃香」
「は?誰が下の名前を呼んでいいって言いました?名字に決まっているじゃないですか。身の程を弁えて下さい」
「……………」
「ん?どうしました?」
「いや、あの…………噂に聞いていた雰囲気とは随分違うから、どうしたのかなと」
「あれ?私、どんな風に噂されているんです?」
「まぁ、噂というか俺もさっき男子達が会話しているのをたまたま聞いただけなんだけど…………それによるととても柔らかそうな雰囲気の美少女で男に壁を作っているとかなんとか」
「じゃあ、私そのままじゃないですか」
「いや、どこが!?結構辛辣なこと言っていたし、それにそもそも男に壁作っているんだったら、こうして一つ傘の下で下校しないよね?」
「まぁ、それはなんというか……………如月先輩は特別ですから。私、あなた以外の男の人に対しては噂通りの女の子なんですよ?」
「っ!?」
「ふふふ…………あ、私の家こっちの方なんで。ありがとうございました…………拓也先輩」
そう言って少し大人びた顔で笑う彼女は軽やかに傘から抜け出して、手を振りながら去っていった。俺はというと終始、彼女のペースに翻弄され、ただただその場で呆然としていた。
「……………不思議な子だ」
ほんの一瞬のようにも数十分にも感じられた彼女との帰り道はやけに印象に焼きついた。それにしても急に傘から飛び出したが彼女は濡れなかっただろうか…………あぁ、大丈夫か。俺はその後、ゆっくりと傘を閉じた。気が付けば、雨は止んでいた。




