第三十二話:転校生
「おい、知ってるか?」
「ん?何がだよ」
その会話が聞こえてきたのは本当に偶然だった。教室に忘れ物をしたことに気が付いた俺は面倒臭いと思いつつもせっかく取り出したばかりの靴を靴箱へとしまい、昇降口から離れようとしていた。その際に近くにいた二人の男子の会話が聞こえてきたのである。
「ゴールデンウィーク明けの初日に転校生が来たらしいぞ」
「あぁ、それな。一年生の」
「ああ。しかもめっちゃ可愛いらしいぞ」
「"らしい"じゃなくて、そうなんだよ」
「何っ!?お前、まさかもう確認したのか?」
「ああ。わざわざ教室にまで出向いて見てきたぜ」
「ごくりっ…………ど、どうだった?」
「そりゃ、めちゃくちゃ可愛いかったさ。名前は皐月桃香。黒髪ロングでとても柔らかい雰囲気を醸し出している。どうやらクラスメイトの女子達とは上手くやっているみたいだ。しかし、どうにもこう……………男の俺にとっては高嶺の花のような感じで声をかけづらかったぞ。なんか、男に壁を作っている感じがしてな」
「マジかよ」
「ああ。まぁ、たとえ声をかけていたとして、俺なんて相手にされてなかったと思うがな」
「それは間違いない」
「おい!言っておくが、お前であっても結果は一緒だからな!」
「うるせー!俺はお前とは…………」
俺はそんな会話を流し聞きしつつ、教室へと急いだ。
「ふ〜ん…………こんな中途半端な時期に転校生か」
「よし。忘れ物も回収したし、戻るか」
自分の机の中から今日中にやらなければならない宿題を回収し、俺は教室を出ようとした。すると…………
「ん?」
どこかで視線を感じ、思わず辺りを見回した。しかし、自分以外、誰かがいる気配はしない。
「…………気のせいか?」
俺は特に気にしないことにして、すぐさまその場から離れた。
「あちゃ〜…………降ってきたか」
そして、昇降口まで戻ってくると先程まで曇りだった天気が雨へと変わり、そこそこの量が降っていた。
「まぁ、この時期は仕方ないか」
「…………如月先輩」
そんな中、俺が鞄から傘を取り出していると不意に背後から声をかけられた。それは人気のあまりないこの場所において、よく響き、俺は少し驚いた。
「っ!?…………ん?君は」
「初めまして。私、皐月桃香っていいます」
長い黒髪を揺らしながら、名前を名乗り、人懐っこい笑顔を浮かべた彼女は次の瞬間、こう言った。
「傘、入れてくれませんか?」
それは五月も後半に差し掛かった梅雨入りの時のことだった。




