第二十七話:進展
「す、すみませんでした!!この度の無礼の数々、どうかお許し下さい!!」
放課後の屋上にて、ストーカー男の大声が響き渡る。幸いにも周りには俺達しかいない為、特に咎められることもなかったが、もしも見回りの先生に見つかったらと思うと気が気ではなかった。あの件があった翌日。すぐにでも謝罪してもらうべきだとクレアが言い放ったので俺達はこうして屋上に彼を呼び出した次第である。
「……………」
すると、やってきて早々、ストーカーはヘッドスライディングを決めるかのようにして俺達に向かって土下座をし出した。ちなみにメンバーは俺とクレア、優梨奈、そしてストーカーの計四人。長月は実害を受けていないから、話す必要がないと言ってここには来なかった。
「……………」
「うぐっ…………ほ、本当にすみませんでした」
俺とクレア…………というよりも優梨奈がただ黙って、遠くを見つめているという事実に耐えられないのか、ストーカーはひたすら頭を地面に擦り続けた。ちなみに俺はそのことがかなり意外だった。着いて早々、何の反省もなく逆ギレをかましてくるということも危惧していたのだ。それがこの有様である。昨日の今日で一体、この男の身に何があったのだろうか……………
「あなたの…………」
「…………へ?」
と、そんな中、ずっと黙ったままだった優梨奈は突然口を開いたかと思うと次の瞬間、驚くべき台詞を発した。
「あなたの気持ちは分かりました。ですが、ごめんなさい……………あなたの気持ちに応えることはできません」
「っ!?な、何故このタイミングで」
それは俺も思った。ここはストーカーの謝罪に対しての返答が普通ではないのか?それがなんだって今更、ストーカーの気持ちに対する返答など……………
「まだ、あなたに対して正式に告げていなかったので………………私はあなたに一ミリも好意を抱いていないということを」
「ぐはっ!?」
優梨奈の正直すぎる口撃にストーカーは上げた顔を再び、地へと落とした。これは……………もしかしなくても優梨奈なりの反撃なのか?
「それに…………」
「ま、待って下さい!!これ以上は」
ストーカーは優梨奈の続く言葉に嫌な予感を抱き、もう一度顔を上げて慌てて待ったをかけた。本能が語りかけているのだろう。次くる言葉を受ければ、自分はこれ以上立ち上がることができないと。
「私には他に好きな人がいるので」
「あばべらびょお!!」
ストーカーはこの日、完全に機能を停止した。葉月優梨奈、この子は本当に恐ろしい。絶対に敵に回さないようにしよう。この時の俺はそう誓ったのだった。
★
ストーカー男の謝罪を受けるよりも数時間前。実はこの日もう一つ、事態が進展するような出来事があった。朝、俺とクレアが教室の扉を潜った瞬間、一際大きな声が教室中に響き渡ったのだ。
「みんなに聞いて欲しいことがある」
そう声を発したのはなんと神無月広輔だった。彼は普段の柔らかい表情を崩し、真剣味の帯びた顔をするとクラスメイト達へ向かって、こう語りかけたのである。
「二人には黙っていて欲しいと言われたんだけど、これ以上は我慢できそうにないから言わせてもらう。実はこの間の長月さんと霜月さんの喧嘩……………あれは芝居だったんだ」
神無月の言葉にザワつきだすクラスメイト達。俺も彼らと同じ気持ちだった。一体どういうことだと。
「少し気が早いんだけど、今度の文化祭は僕らのクラスで劇をやりたいなと思ってて…………ほら、僕はクラス委員でしょ?もちろん、文化祭実行委員なんかも務めたいと思ってるんだけど、それを二人に相談したら出し物は劇がいいんじゃないかということになったんだ。そこで試しに二人に演技をしてもらってたんだよ。みんなには何も相談せず勝手に決めて悪いとは思ってるんだけど、当日は一般の人にも観てもらう訳だし、何も知らない状態で演技を見てもらった方がいいと思ったから、あえて黙ってたんだ。それでもし、みんなが気に入らないようなら、演者を変えるか、そもそも出し物自体を変えることにしようって………………」
神無月の説明に静まり返る教室。それを見た神無月は申し訳なさそうにしながら、いきなり頭を下げた。
「びっくりさせてごめん!でも、二人のことを悪く思わないで欲しい!!二人ともみんなの為に頑張っていたんだ」
クラスメイト達は神無月の言動に驚き、終始無言だった。おそらく情報過多で混乱しているのだろう。そんな中、俺はというと…………
「っ!?如月!?」
「ご迷惑をおかけして、本当にすみませんでした!!」
居ても立っても居られず、気が付けば教室に駆け込み、神無月の隣で同じように頭を下げていた。その際、横で驚きの声が上がっていたが。
「何で如月が謝るんだ?」
「いや、だってあの現場にいたじゃん」
「ん?そういえば、いたな」
途端に再びザワザワしだすクラスメイト達。チラッと横を見ると神無月が面白い顔で俺を見ていた。
「お前でもそんな顔をするんだな…………ボソッ」
「っ!?今、そんなことどうでもいいだろ。何やってんだよ……………ボソッ」
俺達は周りに聞こえないように小さな声でやり取りをした。その間も教室のザワつきは治らず、そのまま俺達は針のむしろのような状態が続いた。しかし、それもすぐに終わりを迎えた。これまた急に静まり返る教室内。気になって、頭は下げたまま、左右を見ると俺と神無月の横に誰かが一人ずつやってきて同じように頭を下げ始めたのだった。
「「誠に申し訳ございませんでした!!」」
顔を見なくてもそれが誰かは分かった。と同時に何だかそれが無性に嬉しくなった。教室内に頭を下げる男女が四人。側から見れば、異様極まりないこの光景に俺は胸が揺さぶられるような感覚を覚えた。それはまるでバラバラだったピースが一つずつ合わさって形を成していくように………………この時の俺達は確かに一つだった。
「か、顔を上げてくれよ!!」
「そうだよ!みんな、私達の為を想ってやってくれてんじゃん」
「にしてもすげ〜演技力だな」
どうやら問題は解決したようだ。だが、俺達は俺達でこの後、話し合う必要があった。何故、神無月はこんなことをしたのか、真意を問わなければならないからだ。
「ん?ってことは一番最初の長月と霜月の喧嘩も?」
「ああ、演技だよ」
「じゃあ、睦月のあれは何だよ!!」
「あれは完全に彼のアドリブだね。凄いよね」
とにかく俺は質問に答える神無月を見ながら、
「ありがとうな」
「ん?何のことだい?」
深々と礼をするのだった。




