第二十三話:友人
「はぁ、はぁ、はぁ」
現在、私は走って学園へと向かっていた。別に遅刻するとか、日直の仕事で早く行く必要があるとかではない。理由はただシンプルに一つ。最近、やたらと感じる視線の正体が分かり、と同時にその回数も多くなっていたからである。
「何で私がこんな目に…………」
私はようやく見えてきた校門を前にテンションが落ちてくるのを感じていた。おそらく、今感じている視線も学園の中へ入れば、もっとタチが悪くなっていくかもしれない。しかし、私にはそうする他選択肢がなかったのだ。
「あっ!拓也先輩だ!!」
何故ならば、私には会いたい人がいるからである。そして、その人に会っている間だけ何故か、視線も感じなくなるのだ。
「平常心、平常心……………よし!」
私は最近、感じている不安を悟られないよう深呼吸してから、拓也先輩に近付く。ここで私が笑顔で挨拶をすれば、先輩も私も気持ちよく一日が始められるのだ。それを私なんかの事情で台無しにする訳にはいかなかった。だから、私は……………
「拓也先輩!おはようございます!!」
「おっ、優梨奈!おはよう!今日も元気だな」
「はい!なんせ、それが私の取り柄ですから!!」
今日も少し無理をして、笑顔を作るのだった。
★
「優梨奈、お前無理をしているだろ?」
「っ!?」
「図星か」
「な、何を言っているんですか」
学食で昼飯を食べながら、俺は優梨奈へ兼ねてからの疑問をぶつけてみた。ちなみに初めて一緒に昼飯を食べてから、俺と霜月と優梨奈の三人での昼休みは今じゃ恒例となっていた。
「正直に答えて欲しい。あの日…………屋上へと続く扉の前で一体何があった?」
今から数日前の放課後、屋上で霜月と話をしていた俺は突然、聞こえた叫び声に驚いて思わず、声の聞こえた方へと駆けつけた。すると、そこには腰を抜かしたのかへたり込んだままの優梨奈がいて、どうしたのかと訊くと笑ってこう答えたのだ。
「すみません…………勢い余って転んじゃいました。私ったら、本当にドジですよね〜えへへ」
それは一発で作り笑いと分かるものだった。その他にもおかしな点がある。それは何故、優梨奈があんな場所にいたのかだ。屋上付近の場所など用のない生徒が立ち寄るよることはほとんどない。ましてや、放課後など尚更だ。だから、あの日霜月は俺と話をする場所として屋上を選んだのだ。そして、他にも解せない点がある。あの時、優梨奈の身体は小刻みに震えていたのだ。まるで直前にとてつもなく怖い思いをしたかのように……………
「……………」
あの時、優梨奈は自分の状況を悟られまいとわざと何でもないフリをしたのではないか、俺にはそう思えてならなかった。現に今、彼女は俯いて俺の質問に答えようとしない。
「………………もしも」
と、そんな中、ずっと黙って俺達の様子を見守っていた霜月が徐に口を開いた。
「もしも自分なんかの為に私達を厄介事に巻き込みたくないとか思っているのだとしたら、私はあなたを買い被りすぎていたってことになるわ」
「っ!?」
霜月から放たれた言葉は優梨奈の身体をビクッと震わせた。そして思わず、俯いていた顔を恐る恐る上げ、霜月の方へと視線を送っていた。
「おいっ!そんな言い方ないだろ」
「あなたは平気なの?」
「は?一体何が」
「こうして正面切って、訊いているのに何も事情を話してくれない。それって私達のことを信用していないってことじゃない」
「だから、それは俺達に迷惑をかけたくないっていう優梨奈なりの優しさで……………」
「そんなの優しさでも何でもないわ!!」
「っ!?」
少し語気を強めた霜月の口調は俺達に次の言葉を許さなかった。どうやら珍しく彼女は怒っているようだった。
「確かに私達は出会ってまだ間もないかもしれない。でも、それなりの時間を共に過ごしたはずよ。その中でも一緒に行った旅行は本当に楽しかったし、私達のお願いも嫌な顔一つせず引き受けてくれて、本当に助かったわ」
「霜月先輩……………」
「あなたは私達のことを友人のように想ってくれているからこそ、歩幅を合わせて寄り添ってくれた。であるならば、私達も同じようにあなたを友人として、あなたに寄り添いたいと思うのはいけないことなのかしら?」
「友人っ!?」
「な、何よ」
「い、いえっ!拓也先輩はともかく、まさか霜月先輩にもそういう風に想って頂けているなんて思いもしなかったので」
「こ、こほんっ……………そうよ。私はあなたのことを友人だと思ってる………………あなたのことは嫌いじゃないし」
「霜月先輩…………」
「っ!?ま、まぁあなたがそう思っているかどうかは別として」
「思ってます思ってます!むしろ、私の方からお願いしたいです!私、霜月先輩とお友達になりたいです!!」
「そ、そう」
俺は二人を微笑ましく見ると共にわざとらしく、ため息をついた。
「はぁ……………お前ら、普段は周りを見ている癖に自分達のこととなると途端に見えなくなる時があるよな」
「「へ??」」
「いや、友達になるもならないも……………お前ら、とっくに友達じゃん」
「「えっ!?」」
揃って呆気に取られる二人を見ているとまるで仲の良い姉妹のようだと思った俺は続けて、こう言った。
「せっかくだからさ、友達だと認識した記念にお互いを下の名前で呼び合おうぜ」
「っ!?あ、あなた何を言って」
「クレア」
「っ!?」
俺が名前を呼んだ瞬間、顔を赤くするクレア。おい。そんな反応をされるとこっちの調子も狂うぞ。
「あっ、拓也先輩ずるいです!!私も呼びたいです………………クレア先輩!!……………どうです?」
「っ!?そ、そうね…………ま、まぁまぁかしら」
「おい。次はお前の番だぞ」
「そうです。お願いします!」
俺達の期待するようの眼差しを見て、包囲網から逃れることはできないと悟ったのか、クレアは諦めたような表情を見せると意を決して口を開いた。
「はぁ…………それじゃいくわよ?」
「お、おぅ」
「ごくり」
「た……………拓也」
「っ!?」
「ゆ、優梨奈」
「はひ〜〜〜!!!」
それから俺達は少しの間、顔を赤くしながら黙々と食事を続けたのだった。




