第二十話:一触即発
「はぁ〜気が重い」
俺は靴箱から上履きを取り出しながら、ため息を吐いた。せっかく楽しいはずだった旅行があんな形で終わったのだ。俺は気まずさから、今は誰とも顔を合わせたくなかった。しかし、現実とは非情なものである。大抵、自分の願い事など叶わないのが常だった。
「あ、拓也先輩!!おはようございます!!」
聞き覚えのある元気な声が突然、真横から聞こえたのである。なので俺は思わず、驚いてその場から逃げようとしてしまった。
「さっ!今日も元気よく過ごしましょう!!」
ところが、そんな俺の行動は阻止され、元凶である優梨奈によってズルズルと引きずられてしまった。
「久しぶり……………相変わらず、優梨奈は元気だな」
「それが私の持ち味ですしね……………私、あれから家に着いて考えたんです。起きてしまったことは仕方ないですし、それぞれの想いもきっとあると思います。でも、ここでいつまでもくよくよしているのは私らしくないなって」
「優梨奈……………」
「ほら、私が元気にしていることで少しでもみなさんが元気になるのであればいいなって……………私はみなさんともっと楽しく学園生活を送りたいですから」
「…………そうだな。俺もその方がいいと思う。よし。そうと決まれば、即行動だ!!優梨奈、俺に着いてこれるか?」
「当然!いつまでもお供致しますぜ!!」
「んじゃ、歯食いしばっていくぞ!!」
★
と、俺達のそんな勢いも教室の扉を潜るまでだった。
「何?文句があるのなら、直接言えばいいでしょ」
「別に。そんなのないわ」
「嘘つきなさいよ。登校早々、私の顔を見てため息吐いてたじゃない」
「ああ。今日もまたつまらぬ者を見てしまったなと思っただけよ」
「何ですって!!」
周囲の奇異なものを見るような視線の先は霜月の座る席へと注がれており、そこでは長月が凄い剣幕で霜月へと噛みついているところだった。
「拓也先輩!」
「あ、ああっ!!」
俺は優梨奈の期待の眼差しを受けて、教室へと足を踏み入れ真っ直ぐと霜月の席へと向かった。
「おいおい、ガール達。一体全体、どうしたっていうんだい?」
「何?」
普通にいっても駄目だと思った俺は海外のコメディ番組に出てくるような俳優の口ぶりで絡んでいったが、結果は長月にキツく睨まれるというものだった。しかし、こんなところでめげる俺ではない。俺は懲りもせずにこのスタイルを貫くことにした。
「あ、朝からそんなにカリカリしてちゃいけないぞ?朝は本来、清々しいものさ。ほら、小鳥だってチュンチュンと鳴いて…………ありゃ、どうやら君の怒声で何処かへと行ってしまったようだ」
「ふざけないで!!私は真剣に…………」
と、その時だった。長月の側まで近付いていた俺は長月が拒絶するように振り払った手を避けようと態勢を崩してしまった。
「っ!?」
「如月!!」
珍しく焦ったような霜月の声を聞きながら、俺はどこか他人事のように後ろへと倒れていくのを感じていた。
「っと!危ないところだったな」
しかし、床に衝突する前にどこから現れたのか圭太が俺の身体を支えてくれた。
「圭太…………ありがとう」
「親友なら当たり前のことだ」
そう言って、微笑みながら俺を立たせてくれた圭太は今度は軽く怒ったような表情で長月を見て言った。
「さて、その親友にこんなことをしてくれた馬鹿に言いたいことがあるんだが」
「っ!?」
「お前、自分が何やってるのか分かってるのか?」
「…………あなたには関係ないでしょう?」
「目を逸らしながら言うってことはやましいことがあるか、自覚があるかのどちらかだ」
「……………」
「とある筋から聞いた。お前、ゴールデンウィーク中、拓也に散々迷惑かけたらしいな」
「っ!?」
「図星か」
「め、迷惑なんてそんな!?如月くんは進んで私に協力を」
「それは勝手にお前が思っているだけだ。大抵の男子はお前に頼まれたら、断れないだろうよ。美人ってのは得だな」
俺は驚いた。圭太がここまで怒っているところは見たことがないからだ。それに圭太はイケメンや美人がただ楽して生きているだけの存在だとは思って欲しくないと考えているはず。それが何だって、"美人は得"だなんて言い方を…………
「何が言いたいの?」
「つまり、お前は拓也の厚意に甘え自分の願望の為に拓也を利用したんだ。そのくせ、一度たりとも礼を言わなかったそうじゃないか」
「っ!?そ、それは……………色々とあって忙しかったし、精神的にもそれどころじゃ」
「それは言い訳だ。お前は結局、最初から最後まで自分のことしか考えてない。拓也がどんな想いでお前に協力してたか、考えたことすらないだろ」
「っ!?それは………」
さっきの勢いはどこへやら。長月は項垂れてしまって、言葉も尻すぼみになっていった。そして、圭太の方は最後にこう締め括った。
「覚えておけ。俺は自分の親友がこんな目に遭わされるのは絶対に許せねぇ。もしも次、同じようなことを拓也にしたら、お前にも同じ想いを味わせてやる」
「っ!?」
その言葉を聞いた瞬間、長月は一目散に教室の扉目掛けて走り出した。すると、ことの成り行きを見守っていたクラスメイト達は咄嗟に横へずれて道を開け、まるでそこの部分がモーセの十戒のようになった。
「……………」
俺はというとしばしの間、開いた口が塞がらず、そのまま立ち尽くしていた。
「いい友達を持ったわね」
そして、俺が再び動き出せたのは霜月にそう言葉を投げかけられてからだった。




