第十九話:旅行4
「あ〜あ。やっぱり駄目だったか」
私はまたもや旅館の廊下を歩きながら、一人呟いた。昨日に引き続き、夜風を浴びながら自販機へと向かう私。綺麗な満月が照らすそこはどこか違う世界だと錯覚してしまいそうなほど現実離れしている。いっそ、私をどこか別の世界へと連れ出してくれたらいいのに……………
「はぁ…………」
私はため息と共につい数時間前のことを思い出していた。
★
「好きです!私と付き合って下さい!!」
一日目に訪れた公園で私は神無月くんへとそう告げていた。昨日の夜の件もあり、焦っていたということもあるが一番はやっぱり如月くん達に協力してもらったからというのもある。今は二日目、最後の行程。この後は旅館へと帰るだけ。どこかで如月くん達も私のことを見守ってくれているはずだ。そんな中でいつまでも彼らにおんぶにだっこじゃ申し訳がない。結果がどうなろうとも当たって砕けろだ。
「……………」
私は勇気を振り絞って想いを伝えた。真っ直ぐと相手の目を見て……………そうしないと神無月くんはこのままどこかへ消えてしまうんじゃないか、そんな恐怖があったのだ。だから目を瞑ったり、頭を下げたりはできなかった。
「……………」
それに対する神無月くんの反応は目を大きく見開いたことから見て、驚きで間違いないだろう。まるで自分が好意を向けられているとは露程も思っていなかったかのようだ。そして、そこからはしばらく沈黙の時間が続いた。
「…………まず、率直に言うと長月さんの気持ちはとても嬉しいよ」
どれくらいの間、そうしていただろうか。真剣な表情をした神無月くんは私の目を見つめて、口を開くとそう言った。
「っ!?じ、じゃあ!!」
「でも、ごめん……………今は君の気持ちに応えることはできない」
「……………えっ」
続く彼の言葉を理解しようとしたが、私の頭は真っ白となり、それも叶わなかった。と同時に咄嗟に昨日の夜のことが思い浮かぶ。まるで密会のようなことをしていたあの場面が……………
「……………理由を訊いてもいいかな?」
それが私に残された唯一の突破口であり、頭に浮かんだ言葉であった。返答次第ではいくらでもやりようがある。もしも私に悪いところがあるならば直すし、神無月くんの好みのタイプでないのなら、それに近付けるし、とにかく神無月くんに好きになってもら……………
「ごめん。今は話せそうにない」
……………また"今は"って言った?じゃあ一体いつになったら話してくれるの?どうするの?その頃まで待って、結局私なんか見てなかったら。私はどうすればいいの?そんなの、そんなの、私は……………
「日が沈んできたし、そろそろ帰ろうか」
「う、ん」
もしかしたら、こうなるかもしれないと思ってはいた。昨日の件がなくとも彼は時々、どこか遠くを見るような仕草をしていることがあり、おそらくその瞳に私は写っていなかっただろう。そして、そこに込められた感情も私には到底理解できないようなものだった。
「本当にごめんね」
彼は去り際、私の耳元でそう呟いた。私はそれに答えず、彼の後ろを少し離れて歩いた。気持ちを落ち着かせる時間が私には必要だったからだ。
★
そして、気が付けばもう夜中である。あの後、どんなことをしたかはまるで記憶にない。うっすらとだが、如月くん達の方もどことなくテンションが低かった気がした。あっちでも何かあったのだろうか。
「ふぅ」
自販機で買った飲み物を軽く飲んで一息ついた私はなんとなく、ある場所へと足を向けた。
「何やってるんだろう、私」
そこは昨日の夜に神無月くんを見かけたロビーだった。何故、そんな場所に足が向いたのかは本当に気まぐれでしかなかった。
「っ!?」
そして、そこで見た光景により、私達の旅行は最悪な形で最終日を迎えてしまうのだった。
★
「さっきから私のことを睨んでるけど言いたいことがあるなら、言ってちょうだい」
旅行三日目、つまり最終日。旅館のロビーに集合した俺達が全員揃ったのを確認し出発しようとしたまさにその時、事件は起きた。霜月が鋭い視線で長月を睨みながら、そう言ったのだ。
「霜月さんの方こそ隠していることがあるなら、先に言いなよ」
「隠していること?」
「とぼけないでよ!!私、見たんだから……………あなたと神無月くんが夜な夜な密会をしているところ」
密会?……………ああっ、昨日の夜のことか。確か旅館の中で別れる直前、霜月が言っていたな。"今回の旅行の件で神無月に話がある"と。おそらく俺達の事情とかも上手く説明してくれていたんだろう。それを密会とは……………長月も随分と大げさだな。
「しかも一昨日の夜と合わせて二回も!!あなた達、一体何をしていたの!!」
……………ん?二回?つまり、何だ?霜月は昨日だけじゃなく、一昨日の夜も神無月と会っていたってことか?俺達に内緒で?
「………………」
霜月は長月の問いには答えず、ただ黙って長月を見つめていた……………おい、何で答えないんだよ。何もやましいことはないはずだろ?ただ旅行のことで話し合っていただけだよな?そうじゃなきゃ、あの神無月と霜月が夜な夜な会うなんて、そんな逢い引きみたいなこと……………
「確かにあなたの言う通り、私は夜な夜な彼と会っていたわ」
「っ!?」
長月は霜月の言葉を聞いた瞬間、顔を固くしてより鋭い視線で霜月を睨んだ。俺はというと内心、心臓が早鐘を打ち、それと同時に少しモヤモヤとしたものが広がっていくのが分かった。
「あんた、何隠れてコソコソと!!」
「コソコソしていたら、何?それがいけないのかしら?」
「っ!?そ、それは」
「何故、いちいちあなたの許可を得て行動しなければならないの?あなたは私の親か何か?」
「っ!?こんのっ!!」
「………………」
その瞬間、思わずカッとなった長月は以前のように霜月へと手を上げようとした。しかし、すんでのところで横から伸びた手に掴まれ、それは叶わなかった。
「は〜い。ストップ〜。喧嘩は駄目よ。せっかく最終日なんだから、気持ちよく終わりたいじゃない?」
間一髪、この危機を救ってくれたのは柚葉先生だった。情けない話、俺はまたもや止めることができなかった。
「霜月さん、色々と言いたいことはあるでしょうけどやめなさい。こんな人と同等にはなりたくないでしょう?」
「……………はい」
「よろしい!!それで長月さん……………」
「っ!?」
「あなた、人として最低よ」
「くっ…………」
それは今まで見た中で最も冷たい表情の柚葉先生だった。冷たいなら、まだいい。だが、どちかというとそれは無関心という表情にも受け取れ、どっちにしろ自分の受け持つクラスの生徒をそんな顔で見る先生に驚くと共に恐怖を覚えた。
「はい!!じゃあ、帰りましょう!!言っておくけど、家に着くまでが旅行ですからね!!」
直後、振り返り俺達に笑いかける顔はいつもの柚葉先生のものだった。こうして、なんとも後味の悪い旅行は幕を閉じた。全員がどこか浮かない表情で帰路に着き、結局道中も楽しんでいたのは柚葉先生ただ一人だった。ところが、先生の明るさに救われ、家の最寄り駅に着く頃には普段の調子を俺達は取り戻していた………………約数名を除き。
「は〜い!!解散!!気を付けて帰ってね〜!!」
柚葉先生の言葉を背に受けながら、それぞれが家路を急ぐ。俺達の空気を明るくしてくれたのは先生であり、先生がいなくなってしまえば後は地獄のような空気が待っているだけだ。結局、家に着いたのは昼頃だったが疲れていたのか、到着早々に寝てしまった。そこから残りのゴールデンウィークをダラダラと過ごし、いよいよ休み明けの日を迎えた。
「はぁ……………」
俺は相変わらず変化のないスマホを見ながら、ため息をつく。あれから霜月からのメッセージが届くことはなかったのだった。




