第二十話:扉
あれから、どのくらい時が経ったのか……………五年?いや、十年くらい?……………かつて学生時代、一緒に楽しく過ごした仲間達は今や、それぞれの道に進み、毎日忙しくしていた。かくいう私もその一人で念願だった教師になって早三年。母校である蒼最学園で教鞭を振るっている。今は五月の中旬。新入生は別として、二年生や三年生はそろそろ新しいクラスに慣れ始める時期だった。
「そういえば、葉月先生のクラスに今度、転校生が来るそうじゃないですか」
そう声を掛けてきたのは学年主任の先生だった。この先生には在学中もお世話になっており、未だに頭が上がらない。ちなみに現在は教師による飲み会の真っ最中だった。
「そうですね」
「こんな中途半端な時期にってのが珍しいですよね」
「はい」
「確か、前にもこんなことが……………ああっ、そうそう。葉月先生が在学中だった時にいたじゃないですか、ちょうど同じ時期くらいに転校生が」
それは……………桃香のことか。懐かしいな。そうか。あの子もこんな時期だったか………………まぁ、あの子の場合は理由が理由だけどね。
「なんか、どうも匂うんですよね」
「?」
「ほら、家庭の複雑な事情とか、はたまた本人の抱える何らかの問題とか………………私は教師です。いつだって生徒のことを想い、相談されたなら、それがたとえどんなことであれ力になりたいと思っているんです………………っていってもこんなおじさん相手には話すことなんて何もないと思いますが」
「いいえ、そんなことありません。だって私は在学中、先生に何度も助けて頂きましたから。それに私以外にもそういう人は多いと思います」
「葉月先生……………」
「まぁ、でも今回の転校生はきっと大丈夫ですよ。親御さんからも仕事の関係でこっちに引っ越してきたと伺ったので。おそらく、先生の考えすぎだと思います」
「そうですか。それなら、良かったです。取り越し苦労なら、それに越したことはないですからね」
そう言って、安心した笑みを見せながら、他のテーブルを回っていく先生。おそらく、他の先生方への気遣いでそうしているのだろう。昔から変わらず、いい人だ。
「ふぅ……………そういえば、拓也さんもそろそろ仕事終わる頃かな?」
その後、ジョッキに入ったお酒を飲み干した私は連絡を取ろうと携帯へ手を伸ばした。
★
週末、私の姿はとあるお墓の前にあった。
「念願だった教師になって、三年………………また、担任を持つことができました」
私は何かがあると必ず、ここを訪れては様々な報告をしていた。ここへ来ると不思議と力を貰える気がするのだ。
「今度、うちのクラスに転校生が来ます。その転校生が上手くやっていけるよう、どうか見守ってあげて下さい」
別にその子に桃香を重ねて見ている訳ではないし、学年主任のあの先生に言われたからでもないが、誰だって新しい環境は苦労するものだ。願わくば、その子には楽しい学園生活を送っていって欲しいと思っている。
「では……………また来ます」
私はしばらく目を瞑って手を合わせた後、ゆっくりと一礼してから、その場を離れる。その墓石に刻まれた名前のほとんどは太陽の光やそれによって照らされた木の影で隠れ、よく見えなかったが唯一………………"月"という漢字だけがはっきりと見えた。
★
「あとは…………あっ、そうそう。緊張しないでいいからね?みんな、凄くいい子だし」
私は転校生に向かって笑顔で話しかける。今はホームルームが始まる少し前で職員室にて、転校生の子とこれからの流れについて話している最中だった。とはいっても事前に親御さんと一緒の訪問があり、その際に色々と説明はしているのだが、念の為にもう一度おさらいしておこうということになったのである。
「はい。知ってます」
「知ってる?」
まだ、クラスメイトとは一度も会ってないはずなのに何を言っているのだろうか?………………私は目の前の無邪気に笑う女の子を見て、思わず首を傾げた。
「はい!だって、葉月先生のクラスの人達でしょ?じゃあ、いい子に決まってるじゃないですか!!」
「あ、そういうことね……………でも、それは私を過大評価しすぎよ?」
「いいえ!まだ数回しか会って話していませんが、私は葉月先生が凄くしっかりとしたいい大人だって分かってますから!そんな先生のクラスなんて、ちゃんとしてるに決まってるじゃないですか」
「うっ…………プレッシャーが」
「あ、そろそろ時間ですね。じゃあ、行きましょうか」
「うん。全然緊張してないや……………あと、先を行かないように。教室、分からないでしょ?」
「知ってますよ」
「その言葉、好きね〜」
私の心配もなんのその……………終始、マイペースな転校生に若干振り回されつつ、私達は教室へと向かった。
私達が教室に入ると全員の目が一切に彼女へと向く。特に男子達の目力の方が強い気がした。転校生の噂はとっくに学園中へと広まっている為、転校生が在籍する予定のクラスの生徒達が何も知らないということもなく、どうやら性別だけは既に伝わっていたみたいだ。だから、男子達は迷わず視線を彼女へと向けてきたのだろう。
「はい、静かに…………なってるわね。ちょっと不気味なくらいだけど……………まぁ、いいわ。じゃあ、紹介するわね。既に知ってるとは思うけど、この度、このクラスに新しい仲間が増えます………………じゃあ、自己紹介お願いね」
「はい」
私が教卓から離れると代わりに彼女がそこに立つ。その瞬間、生徒達が一斉に緊張するのが分かった。ちょっと、あなた達が緊張してどうすんの。
「本日から、あなた達のクラスメイトとして一緒に過ごすこととなる……………」
彼女の言葉を聞いた男子達はまるで何か特別なことでも言われたかのように恍惚とした表情を浮かべていた。女子達は女子達で憧れのようなキラキラとした視線を向けていた。あれ?まだ声を聞いただけだよね?……………しかし、この後の私にはそれ以上のことが起きてしまうのであった。
「"利持恩ゆり"と申します。どうぞ、よろしくお願いします」
おかしい。彼女の名前を聞いたのはこれが初めてじゃないはずなのに、一体私の身に何が起きたというのか……………なんと彼女が自分の名前を告げた瞬間、
「「「「「先生っ!?」」」」」
気が付けば、私は涙を流していたのだった。そして、しばらく、その涙が止まることはなかった。
今までご愛読下さった皆様、本当にありがとうございました。これにて、この物語は完結でございます。ここまで書き切ることができたのは間違いなく、読者の方々のおかげです。本当にありがとうございました!




