第十九話:ホワイトデー
3月14日、ホワイトデー。これは主にバレンタインデーの時にチョコを受け取った者がその贈り主に対して、お返しを渡す文化である。義理チョコならば同じく義理チョコで返すだろうが、本命チョコをあげた者からするとこの日が相手から返事が返ってくる運命の日なのである。おそらく、バレンタインのチョコを受け取った側もそれが本命かどうかは察するところだろう。そこでもしも同じ想いを抱いているのなら、ホワイトデーに自分の気持ちが伝わるように想いを込めたものを渡すはずだ。
「……………」
そして、かくいう俺もその一人だった。既に付き合っていて、お互いの想いは知っている。しかし、それでもこればかりは緊張することだった。ならば、付き合う前の男女はより大変なものだろう。
「よし……………」
俺は気合いを入れ直すと家を出た。勝負は放課後……………学園が終わってからだ。
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「わぁ〜……………凄〜い」
「……………」
放課後になってすぐ、俺が優梨奈を連れてきた場所は最近できたばかりの展望台だった。展望台とはいっても別に外にある訳ではない。高さ400メートルのタワー、その頂上付近の階にあるガラス張りのところである。上下左右が透明でまるで空の上を歩いているような感覚に陥る為、高所恐怖症にとっては涙目なのだが、優梨奈がそうでないことは屋内プールの際にウォータースライダーを楽しそうに滑っていたことで実証済みであった。
「ここってさ……………カップルに人気の場所なんだよ」
「へぇ〜……………そうなんですか」
「ああ。何でも"ここの展望台からの景色を一緒に眺めたカップルは永遠に結ばれる"とかなんとか」
「拓也…………先輩」
「………………優梨奈」
そこで俺は徐に鞄から真っ白なハート型の箱を一つ取り出した。そして、それを優梨奈に向かって差し出す。
「……………これは?」
「バレンタインのお返しだ………………受け取ってくれ」
優梨奈は俺の言葉に静かに頷くと俺に確認を取ってから、箱をゆっくりと開けた。中から出てきたのは歪な形をした、これまた真っ白いハート型のチョコレートだった。
「っ!?これっ!!」
「ごめん。一応、手作りなんだけど、今までそういうの作ったことがなかったら、何度も失敗しちゃって……………その中でも一番出来のいいのがそれなんだ」
「………………」
「その……………お口に合えば、いいんだが」
「合うに決まってますよ!!」
「うおっ!?」
チョコを手にして、黙っていたかと思うと急に勢いよく喋り出した優梨奈に俺は思わず、驚いて仰け反った。
「拓也先輩が気持ちを込めて作ってくれたものですよ?美味しくない訳がないです!!」
「お、おぅ。そうか」
「はい!!」
「でも、まだ食べてもいないのに…………」
「じゃあ、頂いてもいいですか?私の言ってることが本当だってこと証明したいんで」
「えっ、今からここで?」
「はい。今からここで」
「俺の見てる目の前で?」
「はい。拓也先輩の見てる目の前で」
「……………」
「駄目ですか?」
「い、いや。考えたら、俺も優梨奈のチョコを目の前で食べたもんな……………うん。いいぞ……………じゃなくて、よろしくお願いします」
「ふふっ。何ですか、それ」
「緊張してんだよ。こちとら、人生初のお菓子作りだぞ!」
「大丈夫ですよ!私を信じて下さい!!」
そう言って、チョコの山なりになっている部分をガリッと勢いよく噛む優梨奈。その後、彼女はまるで小動物のようにモキュモキュと口を動かし、よく味わってから飲み込む。俺はというとその間、酷い緊張で生きた心地がせず終始、不安な顔で優梨奈を見つめていた。
「ほら、やっぱり私の言った通り」
試食を終えてから、しばらく目を瞑ったままだった優梨奈はこれ以上、この空気に耐えられそうにないと俺が痺れを切らそうとした瞬間、ゆっくりと目を開けた。そして、俺が最も安心する言葉をくれるのだった。
「拓也先輩、ありがとうございます。とても美味しいし、嬉しいです!!」
その時の優梨奈の笑顔は今までのどの笑顔よりも輝いて見えた。この笑顔の為ならば、俺はどんなことでもできる。それこそ、彼女の周りから人がいなくなり、世界中が敵になったとしても俺だけは優梨奈のそばにいて支え続ける…………そう自信を持って言える程に。それと同時に俺はこの先の人生も優梨奈と共に歩いていきたいと強く思った。
「俺はな、優梨奈…………」
そこから先の言葉は花見の時に止めていた言葉の続きだった。




