第十話:三人
「私としたことがまさか、風邪を引くなんて」
そう不満気に呟くクレア。昨日、学園を休んだ理由をこちらから訊くよりも先に説明してくれるあたり、気を遣ってくれていることが窺える。だからこそ、余計にクレアの話してくれた理由が本当なのか、どうか……………そこもあえて気を遣って嘘をついている可能性も十分に考えられた。
「嘘じゃないわよ」
「えっ!?」
「この間、長月さんも体調を崩したでしょう?劇って思ったよりも疲労が蓄積するのよ。だから、当然免疫力も下がってくるし、あとは季節的な問題もあるんでしょうね」
「確かに……………もう十月だもんなぁ」
感慨深げに俺はそう頷いた。本当に今年は色々なことがあったな。まぁ、っていってもまだあと二ヶ月くらいは残ってるんだけど……………思えば、四月にクレアと関わり出してから、怒濤の毎日だった。そこで起きた出来事、発生した出会い、積み上げられた思い出………………どれもこれもが俺にとってはかけがえのないものだ。そんな大切な日々は全て、クレアのおかげといっても過言ではない。だから、俺はクレアにはめちゃくちゃ感謝して………………
「何?もしかして、また優梨奈のことでも考えてたの?」
「はぁっ!?何でそこで優梨奈のことが出てくるんだよ………………しかも、"また"って何だよ」
俺は思ってもみないことを言われ、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「だって拓也、最近はずっと優梨奈のことを目で追ってるじゃない」
「っ!?そ、そんな訳ないだろ!!だいたい、証拠もないのにどうしてそんなこと分かるんだよ」
「分かるわよ……………他ならぬあなたのことなんだもの」
「っ!?」
クレアのその一言はとても小さく呟かれたものだったが、俺の耳にははっきりと届いた。そして、その時の彼女の憂いと悲しみを帯びたその表情にまたもや俺は胸が苦しくなるのを感じた。
「ここにいたんですか!拓也先輩〜……………あ…………クレア、先輩」
「優梨奈……………」
俺がそんなことを考えていると少し離れたところから声が掛かった。よく見ると優梨奈がこっちへと向かってきていた。そして、近くまでやってきたところでクレアも一緒にいることに気が付いたのだ。
「「……………」」
二人が揃うのは当然といえば、当然だった。なんせ、夏休みや文化祭のことで忙しくなるまでは今まで三人での昼食が当たり前だったのだから。
「ど、どうも」
「え、ええ。昨日はごめんなさい。風邪で休んでしまって」
「へ、へ〜そうだったんですか」
「そ、そうなのよ」
「「………………」」
だから、こうなるのは予想できたのだ。なのに俺ときたら、楽観視していた。いくら、あの劇でのことがあろうと俺達三人は以前のように付き合っていける、大丈夫だとたかを括っていた。だが、そんな甘い見通しをしているのはどうやら俺だけだったようだ。二人の表情を見ているとよく分かる。二人はここへある種、強い覚悟と希望を持ってやってきたのだ。それは以前のようにまた三人で楽しく過ごしたいという想い。しかし、現実はそう甘くはなかった。いざ、こうして会うと二人とも色々と思うことがあるのだろう。
「さ、さぁ。今日は何を食べようか二人とも」
「「……………」」
本当に人間関係とは難しいものだ。その日、食べた昼食の味は俺にはよく分からなかった。




