第九話:文化祭2
二日目の文化祭が終了した。生徒達は明日の文化祭に向けて居残る者や用事があって足早に帰宅する者、特に用事はないがどこかの教室で友人と駄弁る者など様々だった。ちなみに何故、文化祭の最中の部分が割愛されているかというと………………正直、忙しすぎて昨日みたいにのんびりと出し物を見て回る余裕がなかったからである。
「拓也先輩のところも忙しかったんですか?実は私も受付やったり、裏で料理作ったり、少しだけ接客したりとかなり忙しかったです」
「そうなんだよ。劇自体は午前しかないから、裏方もそこまで忙しくないんだけどさ……………その劇終わりに長月が体調を崩したから、帰らせてその後の委員の仕事を引き継いだんだ」
「へ〜長月先輩、文化祭実行委員だったんですか」
「ああ。それをやりながら劇だもんな。そりゃ、疲れも出るか」
「大丈夫なんでしょうか?」
「ああ。少し前に連絡が来て、数時間寝たら大分良くなったらしい………………まぁ、本当はこのことをみんなには黙っていて欲しいって言われたんだけどな。心配かけたくないからって………………でも、流石に同じクラスのクレア達には遅かれ早かれ伝わっちゃうと思う」
「そうだったんですか」
「ああ。でもさ、後で知った方がより心配するんじゃないかって思って、今言ったんだ……………あとは単純に優梨奈には隠し事をしたくないと思ってな」
「そうですね………………あと、みんなが知っていて自分だけが知らないとなんだか仲間はずれにされたような気がして、ちょっとショックかもしれないです」
「だろう?……………まぁ、でも自分のせいで誰かに心配かけたくないっていう気持ちは分かるけどな〜」
「はい。なのでこの間の看病も断ったんですけどね」
「そ、それは!………………優梨奈に少しでも何かあったらと思うと居ても立っても居られなくなるんだよ」
「っ!?」
夕暮れが差し迫る中、俺達はそこからしばらくの間、動けなかった。しかし、俺にとってはそれが好都合だった。なんせ、その場にいれば、夕焼けで顔の火照りを隠せるからだ………………そう思って、チラリと横を見ると優梨奈の方は俯いていて、その表情がよく見えなかった。ところが、俺と同じように顔が赤くなっていたことだけは確かだった。
「「………………」」
果たして、それが夕焼けのせいか否か………………俺には判断がつかなかったのだった。
★
文化祭三日目。俺はどこか緊張しながら、列の整理をこなし、たった今それが終わったばかりだった。というのもこれが最後の公演であり、この列整理が終わったと同時に俺は優梨奈と一緒に劇を見ることになっていた。理由はクレアに是非見て欲しいと言われたからである。確かにクレア達が一生懸命に練習していたのは把握しているし、流石に一回ぐらいはちゃんと見ておきたい。これを見終わった後はとてもいい記念になるだろう………………俺はそう感じていた。しかし、一方で俺に見て欲しいと言った時のクレアはなんというか………………覚悟を秘めた瞳をしているような気がした。いや、まぁ俺の気のせいだとは思うんだけど………………
「拓也先輩?」
「っ!?な、なんでもない。ごめん。少しぼ〜っとしていたみたいだ」
いけない。せっかくの記念なんだから、しっかりと見ておかないとな。俺はそこから劇の開始を今か今かと待っていた。
他はどうか知らんが、俺達の"ロミオとジュリエット"では最初、ロミオとジュリエットそれぞれの独白から物語は進行していく。そこで各々の家の問題やロミオ達の抱える感情、二人の間に一体どんな壁があるのかが描かれ、中盤へと突入していくこととなる。ロミオとジュリエットが初めて出会うシーンに差し掛かるまではお互いが交互で舞台へ出ていくという構成であり、どちらかが舞台に上がっている時、もう片方は舞台の裏で休んでいるという仕組みだった。その際、演技をよりリアルなものにする為にロミオ役とジュリエット役は舞台上以外では接触しないようにし、演者が役の中へと入り込めるよう気遣いがなされていた。
「ああ、ロミオ…………どうしてあなたはロミオなの?」
しかし、これはいくらなんでもおかしい。今はロミオとジュリエットの二人が舞台に上がっていなければならない状況。にも関わらず、ロミオは舞台に上がる気配もなく、ジュリエットは………………クレアは明らかに俺に向けて言葉を発していた……………これは何かのトラブルか?
「他にも色々と言いたいことはあるけれど……………」
は?クレアは一体何を言おうと……………
「今まで私を助けてくれて、ありがとう」
「っ!?」
クレアのその表情を見た瞬間、胸がキュッとなるのを感じた。
「あなたと初めて出会った時、私は衝撃を覚えた。あなたは私にはないものを沢山、持っているし知っている。そして、あなたはそれらを私に教えてくれる。私の日常は知らないことが多い日々から、徐々に知らないことが少ない日々へと変化していった……………でもね、それでも最近どうしても知らない……………分からないことがあるの」
やめろ。やめてくれ………………何故かは分からないがクレアのその言葉を聞いていると段々と胸がとても苦しくなっていって……………
「それはあなたの……………あなた自身のこと。私はあなたのことをもっとよく知りたいの……………拓也……………ボソッ」
「くっ……………」
俺は思わず、声に出してしまった。そう。なんとなく、この先の展開が読めてしまったからだ。彼女が一体何を伝えたいのか、彼女が俺に対してどんな想いを抱えているのか……………
「ロミオ、私はあなたのことが…………………」
「ごめん」
「っ!?」
そこから先は言わせまいと俺は静かな声で制した。それは静寂の教室の隅々へと響き渡り、結果……………その声の出所である俺へと注目が集まることとなった。
「俺は君の気持ちに応えることができない」
俺はそう言うと共に横に立つ優梨奈の肩を強く抱いた。それは俺なりの意思表示。つまり、俺は今この場でクレアのことを………………
「ううっ………………」
途端に涙を流し、倒れ込みそうになるクレア……………しかし、
「おっと!危ないところだったね!誰だい?君みたいな可憐なお嬢さんを泣かせる悪い奴は」
袖から舞台上へと上がってきた長月……………もとい、真のロミオが間一髪、そこに滑り込み、クレアを抱き締めたことでなんとか劇にメリハリがついた。
「っ!?」
そして、長月の顔を・・・出口へと向けるような仕草を見た俺はその意図を理解し、優梨奈の手を引いて慌てて外へと飛び出した。
「拓也、先輩………………あの」
「言うな。これ以上、あの場にいたら、俺は彼女をさらに傷付けてしまうことになる」
「そう……………ですね」
何かを言いたげな様子の優梨奈だったが、俺の言わんとすることが理解できたのか、それきり黙ってしまった。それで結局俺達はその後、会話もあまりないままに帰路に着くこととなった。そして、休みを挟んで通常授業に戻った初日………………いつも通りの教室内において、しかしクレアの姿はそこにはなかった。




