第八話:喪失
「ちょっと待ちなさい!」
「お母さんは無理しないで家にいてよ!大丈夫!僕、すぐに帰るから!」
「そんなことも言ってられないでしょう!」
「お兄ちゃん、待って!私も今、行く!!」
「こらっ!あなた達、いい加減になさい!!」
「だって!僕、見たんだよ!丘の上に向かって歩いていくお父さんを!そしたら、丘の上が光ったんだよ!これは絶対にお父さんに何か起こったんだよ!!」
「何かって何よ」
「きっと超能力か何かに目覚めたんだよ!絶対そうだよ!!」
「そんな非現実的なことが起こる訳ないでしょ」
「とにかく、神様的な何かが現れたのは確定だよ!!だから、僕はそれを確かめに行くんだ!!」
「私も!!」
「あっ!!こらっ!!待ちなさい!!」
★
「お願いします……………家族だけはどうか」
「なりません」
「私にとって、家族は全てなんです。それを奪われたら、私は………………」
「では、あなたはその代わりに何を差し出すんですか?言っておきますが、何の対価もなしに私が許すと思わないことですよ」
「………………」
「あなた達、人間は本当に自分勝手ですね。私が色々と力を貸してあげたにも関わらず、こうして裏切って私から色々なものを奪っていって………………なのに自分達からは奪わないでくれと言う」
「そ、それは……………」
「はっきり言っておきますよ?私が現れなければ、あなた達は百年と保ちませんでした」
「そ、そんなっ!?あんなに頑張って助け合いながら暮らしていたのに……………」
「頑張ったからといって必ずしも結果がついてくる訳ではないでしょう?むしろ、こんな環境でよく保ってた方ですよ。それほど、蒼最は人が暮らすのに適さない環境なんです」
「な、なんてことだ………………じゃあ、私達の今までの努力は」
「無駄ではないですよ?あなた達が頑張っていたからこそ、こうして私が現れ、今日まで保っていたのですから…………まぁ、それもあと数時間で終わるんですけどね」
「っ!?ほ、本当に何とかなりませんか!?このままでは本当に蒼最が…………」
「完全に終わる訳ではないでしょう?自然の方は維持し続けていれば、何とかなるんですから」
「でも、能力を取り上げられたら、人々の反乱が……………そうなると自分達の手で蒼最を終わらせることになってしまいます」
「そんなの……………能力を取り上げられたこと自体を黙っておけばいいんですよ。あなた達、人間は馬鹿なんですから。口八丁手八丁で簡単に騙せるでしょう?第一、あなた達が能力者じゃなくなったことなんて誰も気付きませんよ」
「それじゃ、みんなに嘘付いてるみたいで……………」
「如月、あなたも本当に大馬鹿者というか、馬鹿正直というか………………一時の嘘と蒼最、気にするべきはどっちなんですか?」
「………………」
「大切なものの前でそんなこと気にしている場合じゃないでしょう?………………あっ、大切なものといえば……………」
リジオンが不意に一点を見つめたまま動かなくなった為、不審に思った如月が彼女の視線の先を見てみた。すると、そこにいたのは………………
「「お父さん……………」」
「あなた……………」
不安そうに如月を見つめる妻と子供達だった。
「なぁんだ……………ちゃんと連れてきてくれたんじゃないですか」
その瞬間、身体中に悪寒の走った如月は今まで出したこともないような声を家族へ上げて、こう言った。
「お前達、何故ここへ来た!?早くここから離れろ!!」
そんな如月の只事ではない様子を見た妻と子供達はこう言った。
「ぼ、僕、お父さんのことが気になって……………」
「私も。お母さんに止められたのに来ちゃった……………ごめんなさい」
「あなた、この子達を責めないで。私がいけないの」
泣きながら言う子供達。それに対して、妻は彼らを抱き締め、寄り添っていた。
「"離れなさい"」
すると、そこへリジオンから声がかかる。彼女の放った一言。それによる強制力により、子供達と妻は引き剥がされてしまった。
「あっ!!」
「「お母さんっ!!」」
距離にして、約五メートル程か。すぐにでも駆けつけたかった妻だったが身重だった為、それも叶わなかった。
「こんにちは、坊や達♪」
「「っ!?」」
そして、子供達の元へ一瞬で移動するリジオン。彼女が冷たい笑顔で挨拶した次の瞬間……………
「そして、さようなら」
瞬い閃光が子供達へと降り注いだ。それは時間にして、約五秒程。その後、光が消えるとそこには地面に空いた大きなクレーターがあるだけで他には何も残っていなかった。
「やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ………………」
リジオンが目の前から消えてから、ずっと如月は同じ言葉を繰り返して言っていた。それは如月の悲痛な願いだった。自分にとって、それしかないかけがえのない最も大切なもの…………………それだけはどうしても失う訳にはいかなかった。
「………………」
だからこそ、その光景は彼にとって受け入れたくないものだった。というより、到底受け入れられるものではなかった。たった数秒でこれまで自分の守ってきた大切な存在が消えてしまったのだ。この時、彼の中で何かが壊れる音がした。
「うわああああっ!!!!!!!」
「恨むのなら、私を裏切ったあの人間になさい……………それとまだ終わってませんよ?」
そう言うと次は妻の元へ瞬間移動するリジオン。
「っ!?そ、それ以上は本当にやめてくれ!いや、やめろ!!これ以上、俺から何も奪うな!!」
しかし、すんでのところでどうにか意識を保ち、声を荒げる如月。子供達を失った今、妻まで失う訳にはいかなかったのだ。しかも妻にはお腹に宿る新たな生命もある。絶対にリジオンを止めなければならなかった。
「奥さんは特別に範囲の狭い閃光にしてあげましょう」
「あなたっ!!お願い、この子だけは!!」
ところが、妻は自分の運命を受け入れていた。それでもお腹の子は違うのだろう。妻は如月へと精一杯叫んだ。そして、その内容は他の誰が聞いても訳が分からないものだった…………………如月以外は。
「っ!?"光速進行"!!」
「何をしようとしているのかは不明ですが、無駄ですよ」
妻の願いを瞬時に聞き届けた如月はこれまでに一、二回しか使ったことのない自身の能力を行使した。それはこの窮地で覚醒し、限界を超えて作用した。
「"穿て"」
それとほぼ同時にリジオンの指から放たれた一条の光は如月の妻の喉へ向かって一直線に突き進み………………貫通した。
「かはっ!?」
その結果、声にならない声を上げて地面に倒れ伏す妻。如月はそれを見て、涙を流しながら狂いそうになる感情をどうにか鎮めていた。何故なら、まだ完全に終わりではないからだった。
「ほぅ?」
妻へ向かって放たれた光。その最中、妻のお腹も同じように光っていたのだ。しかもそれはリジオンの攻撃によるものではない。如月が能力を行使した為に起きた光だった。なんと如月は妻のお腹へ向けて能力を行使したのだ。如月の能力は"時間"。それによって、妻のお腹の時間を早送りにしたのだ。不幸中の幸いとはこのことだった。もし、リジオンのミスがなければ彼は"時間"の能力を授かってはいなかった。それとリジオンの攻撃が妻の全身へ向けて放たれていた場合も同じ………………
「すまんお前達……………だが、この子だけは守ったぞ」
泣きながら妻の近くまで走った如月はそのまま、彼女の脇に放り出された赤子を強く抱いた。赤子はというとこの状態を全く理解できておらず、目を閉じたまま眠っていた。
「まさか、能力をそう使うとは……………驚きました」
「……………リジオン………………お前だけは絶対に許さない………………この子だけは俺の命に代えても守ってみせる」
「だから、恨むのなら、あの人間にしろと……………はぁ。それと勘違いしているようですが、もうあなた達は狙いません」
「………………信用できない」
「以前のお人好しなあなたでは考えられない目をしていますね………………本当ですよ。あなたとあなたの家族の絆に免じて、私はここで手を引きます。ですが、さっき言った残り三つの天罰は続行しますから…………………あ、でも如月・睦月・皐月・霜月・師走、この五名の能力に関しては返さなくて結構です」
「………………」
「では……………まぁ、私が言うことでもないですが、精々頑張って下さい」
そう言って煙のように消えていったリジオン。後に残されたのは静かに嗚咽を漏らす男と何も知らず眠り続ける赤子だけだった。




