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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【短編】女神様の言うとおり【国外追放された悪役令嬢(仮)は二度目の最愛を見つける】

作者: 嘉幸

短編です。この後連載版にするかもです




 巨大な学園の中の一室、一等広い教室の教壇に、おおよそ只事では無い雰囲気を纏った男子生徒が立っている。


 男子生徒はブロンドの髪を靡かせ、堂々とした出立ちで、ギロリと正面に立つ女子生徒を睨みつけている。女子生徒はぼんやりと床を見つめ、ただ、そこに立っている。透き通った肌に、涼やかなプラチナブロンドがサラリとかかる。


 ざわざわと騒がしさが増した頃、男子生徒の口から「カルティ」と女子生徒を呼ぶ声が響いた。


 空気を震わすような怒気を含んだ冷ややかな声色に、周囲に集まっていた生徒達の声がピタリと止んだ。教室内や、廊下から覗き込む人々もあまりの緊張感に息を潜めている。


「......はい。なんでしょうか、アズール殿下」


 幾許か時間が経って、ゆっくりと女子生徒が口を開いた。そこにはなんの感情も無く、実につまらなさそうな音を発している。


「君の度重なる横暴な態度は見過ごすことはできない......君との婚約を破棄し、このジャンヌを我が婚約者に迎える事とした。異論はないな?」


 


 その状況を見守っていた生徒たちからは小さな悲鳴が漏れ出る。無理もない。こんなにも非公式かつ公の場で婚約の取り消しなど不名誉の極まるところである。

 肝の弱い女生徒達なんかは、パタリパタリと気を失う者すら出始めた。それほどに恐ろしい出来事がこの教室内で起こっている。

 


 まるで鋭く突き刺すような刺々しい言葉に、女子生徒はゆっくりと顔を上げた。


 その顔に張り付いているのは、喜びも、怒りも、不安さえも、何もうつし出してはいない。


 見た者全てがゾッとする程の、なんの感情も持たない表情だった。


 その視線は、男子生徒に、では無く近くに立つ小柄で可憐な女子生徒を捉えている。


 ピンクの髪の可憐な女子生徒は「あ、...っ」と声を発するも、もどかしそうにグッと唇を食いしばった。


 カルティと呼ばれたプラチナブロンドの女子生徒は、それを見ると、幸福そうに、まるでうっとりとするよう、また満足そうに微笑むと、完璧なまでに屈膝礼の形をとった。


 誰もがその堂々とした優美な礼に見惚れ、息を呑んだ。教室内には衣擦れの音だけが静かに響いた。それほどの静寂に包まれている。


「異論などございませんわ。承りました」


「君が彼女に対して行った罪の数々も認めるな」


「もちろんでございます」


「この国の第一王子の名の下に、ジャンヌを貶めようとした罪で君を国外追放とする。心優しいジャンヌの慈悲の心で十分な資金は持って行っても構わない。しかし二度とこの国に踏み入ることは許さない。異論は?」



「もちろん、ございませんわ」



 キャア、と悲鳴をあげる女子生徒達、その瞳は信じられないとでも言うように、揺らめいている。

 次々にショックで倒れる女子生徒を救護する男子生徒達の焦る声で学園の中は、嵐の晩に段々と波が高くなっていくように、荒々しく騒々しくなっていく。


 けれども、カルティがこの学園で発した最後の言葉に乗った声色は、喜びと幸せに満ちた、明るいものだった。






 



 この国の第一王子の婚約者に選ばれた感想は、「ああ、そうなの」だった。


 御伽噺の登場人物のような美しい王子様に選ばれたと言うのに、それはわたくしの期待するようなトキメキや、書物や使用人に聞くような胸が躍るようなものではなかった。


 お互いに家のため、国の為と割り切った関係だったように思う。きっとそこに好きや嫌いは関係なく、ただ成立さえしていれば問題はない。そういうものだった。


 書物に書かれているようなロマンスなど一欠片も無い。

 幼少期こそアズール第一王子殿下と語り合い、子供らしく戯れ、遊ぶこともあったが、年を重ねるにつれてその関係は冷たく、石のように重いものに変わっていった。狩猟の腕も、乗馬も、剣術も昔から得意であったが、アズール殿下の面子のために一緒にはしなくなった。そうして共通の話題は無くなっていったのだ。


 別に寂しくはない。

 今まで誰かに恋焦がれるようなことは無かった。

 そんなものは許されもしなかったし、書物や演劇の中で十分だ。そこに愛はなくとも、繋がりや血さえ入れば何ら問題はない。

 幾人もの中から家柄と素行で偶然選ばれただけのわたくしの代わりは、実はいくらでもいるのだ。





「ハジメマシテ。あー、ジャンヌです。ジャンヌ・ノアです。よろしく」


 随分とぎこちなく挨拶をしたのは、入学から何ヶ月も経ったタイミングで入学してきた少女だった。

 なんて不恰好でぶっきらぼう。

 とてもじゃないけれど、よくこの学園に入れたものだと逆に感心してしまうほどのぎこちなさ。

 まるきりマナーのなっていない挨拶に、つい眉を顰めた。


 どうしてそうなった。

 足は大きく広がり、がに股。その上にはちょこんと乗せられた、あまりにもミスマッチな可愛く可憐な顔。

 腰に手を当て、気だるそうに首に添えられた細い腕は、時折ガシガシと頭をかきむしる。


 ローズピンクの髪は肩につかないくらいで綺麗にまとめられ、まるで可愛いを人間にしたらこんな感じだろうな、が現実に舞い降りたような姿をしている。


 ジロジロ見過ぎていただろうか。

 しかしどうにも視線を外すことができない。

 これが釘付け......?

 書物の中でいつしか見た文言が頭をよぎる。まさしく文字通りだと感心する。

 この文字を考えついた人は天才でしかない。

 バチリと視線が噛み合うと、天使のような少女はプイ、と視線を逸らした。


 どきりと高鳴る胸は、初めて感じた感情だった。

 胸騒ぎだろうか?あまりのレディらしからぬ彼女の態度の悪さに何か起こるのではないかと感じているから?

 ドキドキと動悸のする胸を押さえ、首を傾げた。


 一見大人しそうで、可憐な少女は、日を増すごとに大胆な行動をするようになって行った。


 ジャンヌという少女の目に余る行動を心配した友人たちがこっそりと教えてくれたのだ。


 わたくしの婚約者である、アズール殿下に色仕掛けをしている、と。これは一大事である。世間体的に。


「ジャンヌ様、少しよろしくて?」

「んおっ、は、喜んで!」


 何故か青い顔をしてアズール殿下の腕にへばりつくジャンヌ様に声をかけると、ビョンと飛び上がり嬉々として着いてきた。アズール殿下はムスッとして不機嫌そうに私を睨んでいる。

 おおよそ婚約者に向ける目ではない。

 いけませんよ。

 親の目が届かないとはいえ、世間体的に。

 そう言いたいのを飲み込んで見ないふりをする。ここで言い合ったとて、良い事など微塵もない。女のいざこざは女同士で速やかに、静かに終わらせなければならない。


「ジャンヌ様、わたくしの言いたいこと、お分かりですか?」


「ああ、いや、うーん?」


「それはどっちですの?」


「あっはい!」


 人気の無い裏庭に連れ出すことに成功し、彼女に問いかけると、歯切れの悪い返事をして、何故かモジモジとし始めた落ち着かない様子だ。

 どうしたのかしら。


「婚約者の居る殿方に言い寄るのはマナー違反だと聞いたことは無いのかしら?」


 ジャンヌはその可愛らしい顔を申し訳なさそうに歪めたと思ったら、所在なさげにキョロキョロと忙しなく地面を眺めてはわたくしの顔を見て、また地面を見てを繰り返し、顔をどんどん青くしている。

 そうやって、ようやく口を開いたかと思えば、小鳥の囀りの様な声色が耳に届いた。


「う、あ、すまない。そうか。や、えーっと、そうですよね。でも、私はどうしてもアズール殿下と、その、こ、こ、こ、恋仲にならなくてはいけなくて」


「まぁ」


「あっすま、すみません...事情があるんです」


「どんな事情があるというの?」


「それは、はっう…...」


「まぁ、どうしたというの?」


 胸を押さえて苦しそうにする姿に、思わず駆け寄り背中を支えてやると、その潤んだ瞳がわたくしを見上げる。


 途端に跳ね上がる心臓に、はっと息が詰まり、呼吸が止まりそうになる。頬に熱が集まるような不思議な感覚。


 見つめ合った瞬間に、ばっと跳ねるようにしてジャンヌは飛び退いてしまった。


 ああ、もう少しだけ見ていたかったのに。

 自分の手に残った温もりを名残惜しく感じ、そっと手のひらを閉じた。


 汗をかき、真っ赤になったジャンヌ様ははくはくと魚のように口を開いては閉じを繰り返し、そして俯いた。


 そのあまりの可憐さに、きゅうっと心臓が縮むような感覚がする。それと同時に、今まで開いたことのない感情の扉が少しばかり開いた気がした。パァと視界が開けるような、そんな感じだ。


「私は、訳あって、どうしても王子と結ばれなくてはならないんです。貴女には、その」


 ジャンヌ様はひどく言い辛そうに、言葉に詰まっている。

 ああジャンヌ様。この先はきっと言えないに違いない。大丈夫。大丈夫よ。


 何故だか、どうしても助けてあげなくてはいけない様な、そんな気分になってくる。大事なことなのでもう一度言う。どうしてもだ。


 こんなにも、しっくりとくるほどの強い使命感は、おそらく神様の思し召しなのだろう。先日読んだ書物に書いてあった。そういう風に思えば、こんなにもざわつく胸の騒がしさにも納得がいく。


「貴女の、命に関わる様な事なのね......?」


 何とか言葉を出そうとしているのか、言葉に詰まり、ゼェゼェと肩で呼吸するジャンヌの体を抱き寄せれば、その体は尋常ではない汗でしっとりと濡れていた。額に浮いた大粒の汗を指でそっと拭ってやる。


 コクリ、と頷いた小さな頭にくっつく大きな瞳には、髪の色とお揃いのローズピンクの中にギラギラと輝くアメシストのような輝きが浮かんでいる。


 高貴なその色は、あまりにも強い意志を発していた。


 これはとても重大な事に違いない。

 わたくしも強く頷き返す。

 

「協力致しましょう。わたくしはジャンヌ様の味方ですわ」


 両手でジャンヌ様の手をしっかりとつかむと、ほんの少しばかりの力を込める。


 反応をじっくり見たいがために、つい近くに顔を寄せてしまった。

 この距離感に今気がついたジャンヌ様は、顔を真っ赤にさせて茹蛸のようになっている。

 可愛い。






 現状を整理すると、現時点でのジャンヌ様に対するアズール殿下の印象は上々で、世間知らずで少々粗雑な素行が新しく、新鮮に感じている様子だった。

 さらにいえば、ジャンヌ様は小さく可憐で柔らかな色合いの髪に、とろんと垂れた大きな目も、小さな唇もまさしく少女の中の少女。まさにこれぞ少女といった容姿をしている。


 わたくしはと言うと、どうにも大きく育ち過ぎた様で、アズール殿下を追い越してしまった。女にしては高い身長は、アズール殿下をイラつかせる要因の一つだろう。釣り上がった目に、シルバーの髪。可愛いからは随分と遠い。


 この学園にいるのは、特別目をかけられている平民、例えば代々執事として勤めている家系の息子や、数年後に養子として貴族になるなど計画が持ち上がっている人物などである。


 貴族階級の12歳から18歳までの子供達だ。

 調べてみると、ジャンヌ様は伯爵家の養子となっていた。歳は17とあるが、実際の歳はもうすこし幼い気がする。そこも事情と絡むところなのだろうか。

 流石に何の下調べも無しに協力をすれば、万が一何らかの陰謀が潜んでいて、王族に近づく暗殺者であったならば内乱罪となる場合もあるので、しっかり調べた。

 突如現れた不思議な存在ではあるものの、天涯孤独の身の上を憐れんだ老夫婦によって育てられているそうだ。怪しい点といえばそれくらいのもので影の者を数日付けたが、変わった動きも無かった。


 ここからわたくしができる事といえば、ジャンヌ様の加護欲を煽る作戦一択だった。こんなにも可愛いジャンヌ様が、嫌味な婚約者から除け者にされたと知ればアズール殿下は気の毒に思い、情を移すはずだ。実際わたくしはしっかりジャンヌ様に情が移っている。こんなにも百戦錬磨の様な魅力的な顔をしておきながら、レディのマナーなどどこ吹く風な野生児じみた仕草に骨抜きである。

 これはもう患っていると言っても過言ではない。



「いいこと?ジャンヌ様。貴女はわたくしに虐められたと触れ回りなさい。わたくしは確認されれば全て肯定いたしますわ」


「ええっ、それは...」


 そう。題して悪役令嬢の婚約者から王子様を救う作戦である。

 シナリオとしては、ジャンヌ様がしっかりと今までアズール殿下に大胆なアピールをしていたので、それを咎めるところから始まり、段々エスカレートしていく予定だ。何をするかはまだ未定である。何せわたくし、演劇のような破天荒者に憧れはあれども、何をすれば良いのかわからないんですもの。


 言い淀むジャンヌ様を木陰に連れ込み、誰にも見つからないようにグッと奥へ押し込んだ。押し込んだ拍子に、ジャンヌ様が地面に尻餅をつく形となったが、大丈夫。寸前でわたくしがハンカチを敷きましたもの。

 他の生徒たちに見つかったりしないように、覆い被さる形をとれば、ジャンヌ様の顔に影がかかる。わたくしの髪が一房その愛らしい頬を撫でる。それを指でハラリと払うと、花のようにうっすらと赤らんだ頬を撫でた。弾力のある白く艶々とした肌に指が吸い付くようだ。


「ちょ、カルティ...!」


 肌の弾力を楽しんでいると、耐えかねたジャンヌ様が焦ったように声を上げた。同時にわたくしの手は払い除けられる。残念。


「あら......まぁ!わたくし呼び捨てにされたのは両親とお兄様以外おりませんのよ」

「えっすま、すみませんカルティ様」

「嫌だわ。ふふ、カルティで結構よ。わたくしもジャンヌと呼ぶわ」

「はは、君は、変な御令嬢だな」

「あら、ジャンヌには言われたくないわ」

「なんだと? これは...! っち、今だけだ......」

「うふふ。本当に貴女ほど見た目と中身がチグハグな方見たことないわ。神様の悪戯ね。きっと」


 ジャンヌはギョッと、その大きな目玉が転げ落ちそうなほど目をまんまるくさせ驚いた表情をしていた。


「神様、か。そうかもしれないな......」

 

「ジャンヌもそう思うのね。きっとアズール殿下にもジャンヌのような女の子が必要だと思うのよ」


「そんなことは...」


 ジャンヌは納得いかないように眉を顰めた。

 

「いいえ。わたくしもそう思うもの。アズール殿下にとってきっとわたくしは退屈な置物のようなものなのだわ。感情なんて一つも動いていないのよ。それって、すごく寂しいことだわ。アズール殿下にとって、この国にとって。そんな事が良い事とはとても思えないのよ」


「そう、なのだろうか」


「そうよ」


 不安なのか、納得がいかないのか、はたまた重すぎる話なのか、ジャンヌはやはり怪訝そうな顔のままだ。


「大丈夫よ。わたくしにお任せなさい」





「まぁ、わたくしがジャンヌ様の制服を汚した...ですって?泥棒猫らしく斑模様をつけてあげたのですわ。お似合いではなくって?」

 

「あら教科書が無いと。その辺の池にでも探しに行かれたらいかが?」


「階段から落ちた?わたくしの前を歩くからです。次からは端に避けなさい」


「食事がないならお菓子でも食べていればいいのです」



 勝手に転んで泥んこになったジャンヌに私の仕業だと言わせたり。


 教科書を忘れれば池に沈めたことにして。


 何故かヒールの靴を履けば子鹿の様に震えるジャンヌをハラハラと見守っていれば、カクカク震える心許ない足のせいで蹴つまずき転んだところをさもわたくしのせいだと言わんばかりに登場したり。


 昼寝でもしていたのか食事を逃したジャンヌに冷たく言い放ってみたり。


 心を痛めながら辛くあたってみた。


 その効果は抜群で、日に日にジャンヌとアズール殿下の距離は近くなっていった。

 何故かジャンヌは嫌そうな顔をしていたけど、照れ隠しであんな表情になるものなのかしら。


 まぁいいわ。


 とても順調に進んでいて、良い塩梅にわたくしの悪役令嬢レベルも上がってきている。


 そして、ついに事が起こった。



「この国の第一王子の名の下に、ジャンヌを貶めようとした罪で君を国外追放とする。心優しいジャンヌの慈悲で、十分な資金は持って行っても構わない。しかし二度とこの国に踏み入ることは許さない。異論は?」


 冷たく、憎々しげに告げられた言葉に、「もちろんございませんわ」と答え、学園を出た。

 門を出たところで、空気を大きく吸うと、何故だか随分と気分は軽く感じた。胸いっぱいに吸い込んだ空気はとても美味しい気がするし、肩にのしかかっていた何かから解放された様な、そんな気分だ。

 わたくしは幼い頃に諦めた剣術も、馬術も、狩猟だって好きだった。淑やかに殿下の後ろをついて回るのも嫌いではなかったが、何故か解放感の方が強かった。



 家に戻るための馬車を用意してもらっている間、ぼんやりと空を眺めていると、ジャンヌが息を切らしながら駆けてきた。


「まぁ、どうしたのジャンヌ」

 こんなところを見られては、一芝居打った甲斐もない。そう思い、ジャンヌの手を引き門の影に身を潜めた。


「はぁ、は、カルティ、クジャに、クジャという国に向かってほしい。どうか、お願いだ」


「クジャに?」


 クジャという国は2つ国を超えた先にある、小さな国だったと記憶している。


「わかったわ。ジャンヌ。お別れね」


「いや、また、だ。カルティ。必ず、また」


「うふふ、なんだか演劇のようね。素敵な挨拶だわジャンヌ、またね」




 馬車に乗り込み、急ぎ家に帰ると、何故かすでにお父様とお母様が2人揃い家の前で待っていた。

 心配そうに顔を青くしていた、お父様が一通の手紙を取り出した。


「カルティ、先程アズール殿下の使いの方がお前との婚約を破棄し、国外追放とすると通達に来られたよ......国民の追放権は殿下には無いはずだが何がどうなっているんだい?」


「お父様...申し訳ありません。こんなことになってしまって...お父様やお母様、そしてお兄様にお咎めがなかった事にホッとしております。ご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありません」


 驚くことに、お父様とお母様は心配こそすれど、咎めてくる事はなかった。今から国外へ追放される娘に持たせるには過分すぎるお金を持たせてくれたことに感謝し、クジャに向かう事を伝えた。

 必ず無事だと知らせる手紙を書くことを約束し、また家の馬車に乗り込んだ。



 馬車に乗り込んで、いく時間か過ぎた頃、随分と不思議な事が次々と起こった。


「え?これをわたくしに?お金はいらない?」

「はい!私どもはもう料金はいただいております」

「えぇ?お父様かしら...?」


「この宿屋をお使いくださいませお嬢様」

「御者のお方もお部屋を用意しておりますので」

「?」


「国境でございますね。申請は通っております。お通りください」

「?」


 全てがすんなりと行き過ぎて、おかしい。

 遠い道のりだったにもかかわらず、なんの不自由もなく順調にクジャにたどり着いた。もうハテナしか浮かばない。


 クジャに着いた途端、わっと馬車の外から歓声の様な声が響いてきた。

 馬車の中にまで響いてくるその歓声や喜びの声は、この馬車を歓迎しているわけではなさそうで、別の何かに向けて贈られている。


 馬車から出るべきか、出ない方がいいのかわからないまま、馬車の側面にくっついている小さな窓のカーテンすら開けられていない。

 しかしいつまでもこのままでは、この馬車と御者を家に戻してあげられない。


 小さくまとまった荷物を持ち、覚悟を決めて、扉に手をかけた。その時。


「あー、良く来てくれた。歓迎する。カルティ」

 

 突如、扉のすぐ近くで若い男の声が聞こえた。


「......誰ですの?」


「ああよかった!やはりカルティ、君だな」


「は?何故わたくしの名前を知っているの?」


「何故だと思う?」


「さっぱり。もしかして......ジャンヌのお知り合い?」


「惜しい。神様の思し召しかな」


 神様。その名前は最近良く話した。それはジャンヌとだ。


 それに、ジャンヌを知っている口ぶり。

 これは一体どういうことだろうか。


 恐る恐る扉を開いていくと、眩しい陽の光と、ふわふわと風に舞う美しい花びら。

 ふわりと鼻に届いた香りは花の良い香り。

 

 そこにいたのは、褐色の肌に、黒に近い髪。垂れ目の優しげな瞳はアメシストの輝きを放っている。

 一歩近付けば驚くほど大きな身体がこちらを見下ろしている。差し出された手を取り、馬車から降りると、良くその表情が見えた。

 赤らんだ頬。肌が触れ合った途端にキョロキョロと視線の合わなくなる瞳。頬に触れようとすればキュッと唇を噛んで恥ずかしそうに手が触れるのを待つところ。


 そこでふと、初めて会う男性に触れようとするなんて、なんて失礼な事をしようとしていたのかと我に返り、パッと手を下げた。


 しかし手を引いた瞬間に、パシリとその手が掴まれ、そろりと男性の頬に誘導されていく。


「もう、こうして触れないのですか?」


「わたくしは殿方にこのように触れたことなどございませんが」


「いいえ、あるはずです。良く思い出して」


「いいえ。無いですわ」


「あるはずだ」


 強い言葉に、どきりとする。

 声は違えど、この言葉遣い、態度、どれもとても身近に感じる。とても似ている。わたくしのかわいいジャンヌに。


「貴方......ジャンヌ?」


「...そうだ、その通り。また会えたな」


 キュッと細められた目が優しく三日月になる。

 どう見たってあのジャンヌとはかけ離れた見た目だと言うのに、どうにもしっくりきてしまう。


「私があの姿だったのは、この国の豊作の女神に交換条件を出されたせいだったんだ。今は制約は消え、自由に喋れるようになったが、本当にどうしたものかと頭を悩ませていた。あのジャンヌという女は女神のお気に入りだったみたいでな。物語のようなハッピーエンドを強請られた。私は体から魂を抜き取られあの体に入っていたんだ」


「そんな事があるのね...とてもじゃ無いけれど信じられないですわ」


「国が違えば、願いを叶えてくれる神様も違うものだ。カルティの国の学園制度も実に興味深かったよ」


「この国には無いのね」


「あるにはあるが、文字の読めない子供たちのみ無料で入学できるものしか無くてな」


「まぁ。それは素晴らしい事だわ...!」


「貴女がこの国に興味を持ってくれて嬉しい。私はどうしても、その...カルティに会いたかったんだ。まさか国外追放だなんて...あの王子は狂っている」


「わたくし、なんとも思っていませんのよ。国外追放だなんて驚きましたが、恥ずかしながら、解放されたと感じましたわ。狂っているのは私の方でしょう」


「そんなことは」


「わたくし、きっとあんなにも胸が高鳴ったのも、ジャンヌのために何かしてあげたかったという思いも、全ては貴方に繋がっていたのですね。貴方がわたくしのジャンヌ。わたくしのプリンセス」



 両手を取り、きゅうと握れば、真っ赤に染まった顔がそこに。それは見慣れた顔そのもので。

 わたくしの大好きな可愛い可愛いプリンセス。


「女神様の思し召しですのね」

「癪ではあるが、豊作の女神に感謝しよう」


 周りに集まっていた人たちは口々に祝福の言葉を投げかけ、手を取り合う2人に花びらのシャワーを振らせた。いつまでも。







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カルティがヒーローです。それは譲れません。

そしてジャンヌの中身は姿形は違えどヒロインです。

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